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思ってた婚約破棄イベントとちょっと違うんですけど

作者: いか人参



王宮内に造られた豪華絢爛の舞踏会ホールに大勢の貴族達が集まっていた。

王宮主催の建国記念パーティーに参加するためだ。


今宵のファーストダンスに選ばれたのは、公爵令息であるファニシエルと公爵令嬢であるフィオリアだ。二人は婚約者同士であり、学園を卒業と同時に結婚することが決まっている。


見目麗しい二人は理想のカップルとされ、同じ学園に通う生徒達を中心に絶大な人気を誇っている。



他の参加者に見守られる中、ファニシエルのエスコートで二人はホール中央へと歩み出た。


位置に着くと金髪碧眼の彼は騎士の礼を取る。プラチナブロンドの髪が美しい彼女もまた、呼応するかのように美しいカーテシーを返した。互いに見つめ合い、熱っぽい視線を交わす。


そして、二人の息の合ったファーストステップを合図に宮廷楽団の演奏が始まる…


はずだったが、ここで予想外の出来事が発生した。



「フィオリアとの婚約を破棄する!」

「ファニシエル様との婚約を解消させて頂きますわ!」


二人の声が重なった。


会場からどよめきの声とガラス片の飛び散る音が響く。衝撃のあまり、手にしていたグラスを落とす者が何人かいたらしい。


だがその驚きは本人達も同様だ。



「は!??どうして君が婚約解消を望むんだ!」

「ファニシエル様の方こそ、なぜ婚約破棄などと…まずは理由から話すべきではありませんこと?」


互いに望んだことのくせに、相手からどう思われていたのかは気になるらしい。


長い睨み合いの末、最初に口火を切ったのはフィオリアの方であった。



「ファニシエル様は私のやることなす事全て否定したではありませんか。そのことに私はもう嫌気が差しましたの。」


「私が君のことを否定しただと!?そのような事実は一切ない。濡れ衣も甚だしい。愚かなことを…」


「公爵令息様がしらを切るおつもりですか?あぁ嘆かわしい…良いですわ。私が思い出させて差し上げましょう。」


フィオリアはどこからともなく扇を取り出すと、片手でパサりと開いて口元に当てた。


(長くなりそうだから楽器置いていいかな…)

楽器を構えていた団員達は、チラチラと視線を交わし合った結果、一旦足元に置くことにした。


一人また一人と膝を抱えて座り、大人しく行末を見守る。



「以前私が学友達に手製のアップルパイを振る舞ったことがありましたでしょう?その際、なんとおっしゃったか覚えておいでですか?」


「………『こんなに美味しいアップルパイは食べたことがーー』」「いいえ」


「『このようなこと二度とするな』確かにそうおっしゃいましたのよ。女が余計なことをするなとそう言いたかったのでしょう。」


「それはちがっーー」


「ああ、こんなこともありましたわね。学友達と談笑していた際、通りかかった貴方から『外でそんな顔を見せるな』と。完璧な公爵令嬢を求められて息が詰まりますわ。」


目を細めて勝ち誇った笑みをファニシエルに向ける。完全に勝者の振る舞いだ。それでいて追撃の手を緩めることはしない。



「何か異論がございまして?」


こてんと首を傾げて敢えて愛らしく微笑むフィオリア。カールされた長い睫毛がシャンデリアの光を受けてキラキラと輝く。


その息を呑むような天使の可憐さに、会場内からため息が漏れ出る。


(ふふふ、これは私の完全勝利よ。せいぜい皆の前で恥をかきなさい。)



「だから外でそういう顔をするなと…」


「あら?また否定しますの?」


(さぁ挑発に乗ってどんどん否定なさい。私はここにいる全員を味方につけてやるわ!)



「この際だから言わせてもらうが…」


怒りで震える拳を握りしめ、怖い顔をしたファニシエルが一歩前に出た。



「あのアップルパイは他の者に食べさせたくなかった。」


「私が作ったものなど不出来とおっしゃりたいのですね。まったく…貴方の理想には敵いませんわ。」

(やはりそういう理由だったのね。貴方の意地の悪さ、白日の元に晒してやるわ!)


「私だってあの日が初めてだったのに、同じタイミングで他の男も口にするなど耐えられると思うか?いや無理だろう!」


「は?今なんて……………??」


フィオリアの手から扇がすべり落ちた。阿呆みたいに半開きの口が露わになる。

そしてまた会場内にグラスの割れる音が響いた。今度はまた違った衝撃が走ったらしい。



「愛しい相手からのプレゼントはただでさえ嬉しく天高く舞い上がるというのに、手作りだぞ?しかも私の好物ときた。それを独り占めしたいと思って何が悪い!」


「…………アップルパイ、好物だったのですわね。」


言葉の意味を捉えきれず、ついどうでもいいところを拾ってしまった。



「皆と談笑してた時のことだって、君の笑顔が可愛すぎるのがいけないんだ。あんな顔俺以外の人間に見せてたまるか!普段の貴族令嬢の君とは違う一面を見れるのは恋人の特権だろう!」


「…………本来は一人称『俺』でしたのね。」


またもや本質を避けてどうでもいいことを拾ってしまう。だが、ファニシエルによる断罪という名の愛の告白は止まらない。



「令嬢らしい君も、同世代と同じように笑う君も、俺を陥れて饒舌になっている君も、そのどれもが素晴らしくて俺を惹きつけて離さない。こんなにも魅力的な女性を他に知らないんだ。それなのに君は…一向に俺のことを愛称で呼んでくれない。それどころか敬称すらつけてくる。この温度差に耐えられると思うか…!!?そんなの無理に決まっているだろう!だから婚約破棄しようと思ったんだ。この俺の気持ちが分かるか?こんちくしょう!」


後半は公爵令息らしさなど殴り捨て、清々しいほどに本音がダダ漏れであった。

会場内がなんともいえない空気に包まれ、憐んでいる視線が増えた。



「私…だって…」


フィオリアはいつの間にか床に落ちた扇を拾い上げており、みしみしと音がなるほど両手で力強く握りしめる。



「初めて顔合わせをしたあの日、貴方に一目惚れだったのよ!それからどうやって気を引こうか毎日毎日悩んで…なのに貴方はそっけない態度ばかりで…そんなのもう脈なしって思うじゃない。今更なによ!この鈍感男っ!!」


「それは君が硬派で大人っぽい人がタイプって言ったからじゃないか!こっちは君のことを甘やかしたくて仕方ないのに、どんな想いでクールなキャラを演じていたと思うんだ!」


「……………それ本当なの?」


「ああ本当だ。俺はいつだって君に好かれることしか考えていない。だから君が望むならどんな人格だって演じて見せよう。例え誰にも道化と言われようとも。」


「ファニシエル様…いいえ、ファニー」


「あぁ、愛しのフィー」


ハートマークを瞳に浮かべて見つめ合った二人は、吸い寄せられるように顔が近づき、熱い口付けを交わした。


(((((なんなんだ、この茶番はっ!!))))


この場にいる全員の心の声が被ったことなど、絶賛お花畑満喫中の二人は知る由も無かったのだった。



お読みいただきありがとうございました!

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