いつか見ていた虚像
彼女といろいろな場所を取ることが楽しくなり、日々の風景にいつも以上に色を感じられるようになってきていた。
そんなある日、いつものように景色の良いところに足を伸ばしてみようと考えていたとき。
ネットで色々と情報を集める中で、最近話題になっている美人写真家の個展に行きついた。
興味本位で詳しく見ていくうちに衝撃の事実を突きつけられた。それはこの美人写真家の正体が、昔の彼女だということだった。
顔写真と、「姫野 シオン」そこまで見てやっと彼女の事を思い出した。
活動のためなのか、名前をカタカナにしていたことで直接記憶と繋がらなかったのだ。
昔の縁もあることだし、せっかくだから個展を覗きに行こうと思い、準備を始める。
自宅からそう遠くない場所で開催されているようで、早い時間から向かう行程に自然となっていた。
電車に15分ほどすると最寄りの駅に到着した。駅の構内にも個展のポスターがデカデカと掲載されており、人気の高さがうかがえた。
会場に近づくにつれて、少しずつ人口密度が上がってきているような気がした。
そして会場に着いた時にはまだ開場してから時間が経っていないはずなのに多くに人が訪れているのが視界に入ってきた。
どうやら周りの人の話を聞いた感じだと、今日は姫野シオン本人が来てトークショーをするようだった。
当日にいきなり来た身では流石に厳しいかと思っていたが、早めに家を出ていたのが功をそうして当日券を買うことができた。
しばらくの間列が消化されるのを待ち、中に入ると入口に大きな写真が見えてきた。
展示されていた写真は満点の星空の写真だった。それを目にした時、迫力と意外性から衝撃を受けた。
世の中には数多く、それこそ星の数ほど似たような写真がある中で、シオンの撮っていた写真は夜の闇に引き込まれながらも星の声が聞こえるかのような魅力を持っていた。
それにネットで調べた範囲では、人と自然の風景の調和をうまく切り取っている写真が多かったのだ。
加えて、昔一緒に大学の写真サークルで活動していたときは人物をモデルにした写真しか撮らなかったのもその衝撃を大きくしていた。
初っ端からどこか自身の不甲斐なさを訴えかけられる様な写真を見てから、他の写真を流れるように眺めていった。
夕陽と犬だったり、森と人だったり、清らかな川だったり、澄んだ空に浮かぶ虹だったり、そのどれもがどこか物語を聞かされているような引力を持っていた。
展示を眺めて呆気に取られているうちに、最後の写真がある場所に行き着いた。
その写真を遠目ながら視界におさめると、自然と足が一歩一歩自分の意思ではないかのように動き出した。
その写真は、白く可憐な花の花畑の写真だった。タイトルは「本物になれないヒメジョオン」。
きっと彼女の名前の由来にもなっているであろう花の写真だった。
風が吹く丘で、ただ静かに揺られているその花畑を切り取った一枚。胸の奥がどこか疼いたような気がした。
そうして食い入るようにその写真を眺めていると、当たりがざわついてきた。
あたりを見回すと、近くの特設会場でトークショーが始まるようだった。
挨拶なんてするわけでもないが、彼女が何を話すのか少し気になり後ろで立ち見でその輪の中に加わった。
司会の人がマイクを片手に口上を述べていた。
その言葉に少し恥ずかしそうに出てきたシオンはあの頃のままのようであり、どこか知らない人のようにも見えた。
トークショーが始まり、司会といろいろなことを話しながら参加者とも交流をしていた。
最後の質問のコーナーになり、ある一人が彼女に「どうしてカメラマンになろうと思ったんですか?」と聞いた。
彼女は自嘲するように軽く笑った後、こう続けた。
「私は昔から写真が好きな子供だったんだけど、それ以上に負けず嫌いな性格の子供だったんですよ。」
「そんな私にも昔ライバルとも言えるような人が居まして、彼の視線を向けさせるために意地を張り続けていたらいつの間にかね、なってたんです。」
そう答える彼女の視線がこちらを向き、視線が交わった。
それから特に問題もなくトークショーは終わり周りの人の波に押されるように、会場を後にした。
会場の外に出てから、スマホに通知が来ていることに気づき、メッセージアプリを立ち上げてみた。
長い間使われていなかった会話履歴の一番下に「30分くらい待たせちゃうけど、もしよかったら近くの喫茶店とかで話さない?」とメッセージが来ていた。
少し聞きたいこともあったからなんて言い訳のようにも聞こえることを心の中で呟きながら、近くの喫茶店を探し幾許かの時間彼女をまった。
30分もたたないうちに、入り口の方から先ほども見ていた顔がやってきた。
「久しぶりだね。」開口一番にそう呟くシオンにああ。となんともいえない返答をする。
あの頃のように、二人で喫茶店に座り、お互いにただ語り合うためにコーヒーを注文した。
シオンは初めから二人の間には何もなかったかのように
「最近の写真、人気になってきたね。」と言ってきた。
自分の現状を知られているとは微塵も思っていなかったので、少し驚いた。
”最近の写真”と表現したということは、鳴かず飛ばずで伸びなかった頃のことも知っているのだろう。
というより多分、シオンはそこまで知った上で尋ねてきた。
言葉を返せないでいると、「初めは似たような写真を撮る人だと思ってたけど、良く調べてみたらいくつかの写真の撮影場所に見覚えがあってね。」と言ってきた。
本当にそれだけでわかるものなのだろうか。そんなことを思っていると彼女は君の写真はわかりやすいからね。と笑った。
「君は昔から人を撮るのが下手だったよね。特に私とかね。」
昔のように笑いながらシオンがそういうので、
「そう言うシオンは昔は風景の写真撮るの上手くなかったのに、個展じゃすごく上手くなってたね。」
と、あの頃のように返した。
「ずっと見てきてたからね。」
何をなのか、誰をなのか、聞く勇気が持てないことを隠すように、昔話を広げる。
そうして愚にもつかないような他愛のない昔話をしていると、いつの間にか話題は対象が時代に追いつき始めお互いの近況についての話に戻ってきた。
彼女は飲んでいたコーヒを一度テーブルに置き、ゆっくりと話しだした。
「前までの写真も好きだったけど、最近上げている画像は特に反響を呼ぶようになったよね」
どこか真剣さを感じられる声音でシオンは続ける。
「でも、最近の写真は被写体がいることを前提にしている様な写真ばかりだよね。」
”彼女”のことに気がつかれているはずなどないのに、喉元をヒヤリとした汗が通り過ぎる。
更にシオンは言葉を紡いだ。
「私も新米とはいえこの道を進んできたからわかるけどさ、最近の写真、誰を撮ってるの?」
咄嗟のことで頭が真っ白になってしまい、「何言ってるんだよ、写真の通りひとりで撮ってるだけだよ」と嘯いた。
そう告げた僕の表情はきっと、親に嘘がバレたような子供のようだったと思う。
「ふぅ〜ん、惚けるんだ。まぁ分かってたけどさ。」
目を細めるシオンから自然と目を逸らしてしまう。
そうして少し長いため息をついた彼女はまた話し始めた。
「私が君と別れ話の時に言ったこと覚えてる?」
もちろん今でも心の奥底にはその記憶がこびりついている。最後にシオンが言った言葉も。
「君のことがわからなくなった。だったよね…」
思い出の中の彼女と言葉を重ねるようにシオンは告げた。そうしてどこか昔を懐かしむように笑った。
「あの時はうまく説明できなかったけど、今なら少しは分かった。あの頃、君から確かに私への好意は感じてた。けど時々、本当に稀に君は私のことを通り抜けてその向こうに誰かを見ているような気がしたんだ。」
追加で頼んだコーヒーを一気に飲み干し彼女は席から立ち上がった。
「きっと今でも彼女には勝てないんだろうね…」
そう呟くように言ってシオンは喫茶店から出ていった。
どれくらい一人でいたのか分からないが、どこか苦味の増したように感じるコーヒーをちびちびと飲み下し外に出た。
無性に写真を撮りたくなり、なんてことないただの街の景色に焦点を合わせた。
白いワンピースの彼女は気を使ったのかギリギリ視野に収まるような範囲で背を向けて空を眺めていた。
なぜだか彼女のことを見ていると、先程の白い花畑の景色が重なって見えた。
彼女といろいろな景色を見て回りたいと、そう願っていた。
この関係性がいつまでも続けばいいと。今はただそんな甘い夢に浸っていたかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
書きたいことが浮かんできてしまって1章増えました。
続けて読んでいただけると幸いです。




