2−11 友達?
「姉さん、重いです」
俺の胸の上で丸々姉さんがチラリと見てくる。起きているはずなのに退ける気配がない。重いと言ったのが癪に触ったのかもしれない。
朝食の良い香りが俺の部屋まで匂ってくる。早く起きて行かないとモモに遅いと怒られてしまう。
「姉さん、重くはないのですが動けないので避けてもらえますか?」
「にゃーん」
仕方ないと姉さんが退けてくれた。昨日は少し飲み過ぎた、頭が痛い。こういう日は美味い味噌汁が飲みたくなってくる。
リビングに行くと珍しく、エリゼちゃんも配膳を手伝ってくれている。相変わらず危なっかしいなぁ。
さくらさんは布団を片付けられた名残なのか、枕を抱きしめたまままだ寝ている。
「お父さん、おはよう」
「おはよう……ございます」
「おはよう。少し寝坊しちゃったかな」
平静を装ってはいるが、エリゼちゃんが敬語を使っている。配膳といい、どんな心境の変化があったのだろうか。
「さくら様もいつまで寝てるんですかご飯ですよ」
「にゃーん」
「んぁー、起きるので猫パンチはやめてくれ、杏殿」
厚焼き卵にウィンナー、それに納豆とサラダに漬物、味噌汁はなんとあさりである。流石はモモ、わかってるねー。
珍しく、ウィンナーと厚焼き卵が焦げている。
「今日はエリゼさんも手伝ってくれたんですよ」
「にゃーん」
「そうなんだ! そうですね、いただきましょう。うん、美味しいよエリゼちゃん。ありがとう」
「別に、ほとんどモモが用意してサポートしてくれたし」
味噌汁もいい出汁が出ている。
納豆も食卓に出るのは久しぶりだな。モモはそこまで得意じゃないしなぁ。
手慣れた様子で寝ぼけながら、さくらさんが納豆をかき混ぜる。エリゼちゃんも見よう見まねで同じ動作をする。
「エリゼちゃん、納豆苦手そうだったら残してもいいからね」
「大丈夫よ」
匂いを嗅いで嫌そうな顔をしていたが、一口目を口にするとご飯を行儀悪くかっこみ始める。
さくらさんは昔を思い出しているのだろうか、うんうんと頷きながら箸を進めている。
「エリゼちゃん、いける口かい?」
「美味しいわ!」
そうか、そうか。モモとは共有できなくて少し悲しかったからな。ここは俺のお勧めの食べ方も教えてしんぜよう。
卵とネギを更にトッピングして食べてみせる。
「美味い!」
「そんなに豪勢な食べ方もありなの」
「食べてみなさい」
ふふふと、卵とネギを差し出す。
「お父さんはまたそんなに豪勢に卵を使って」
モモのお小言も挟まれてしまったが、たまにはと言うことで、エリゼちゃんも同じ食べ方を教えてあげる。
エリゼちゃんの茶碗の上に新しいご飯が盛られたが、あっという間に白米が消えてしまった。こんな美味い食べ物まであるのかという驚きの表情をしている。いいリアクションだぜ!
「朝からそんなに食べて動けるんですか」
モモが呆れ気味に食べ終わった、茶碗類を片付けていく。
ここでも、これまで片付けなんて積極的に行ってこなかったエリゼちゃんもチャキチャキと動く。
さくらさんはと言えば満足げにローソファの上で、寝っ転がっている。この人はうちに寄る度にゴロゴロと、ここは実家じゃないんだぞ。
自分の分は自分で片付けようと、立ちあがろうとするとモモに片付けるので問題ないと言われて、食後の麦茶を楽しむ。それにしてもエリゼちゃんの件はどのタイミングで話すべきかなー。
朝からってのも気持ち的に整理がつきにくいし、今日の夜かな? さくらさんは流れに身を任せろ的なことを言っていたけどなあなあにしておく訳にもいかないだろうし。
「お父さん、エリゼさんが話たいことがあるみたいなんだけどいいかな」
「ああ、いいぞ。どんな話かな?」
2人が揃って横並びに座ると、モモが頭を下げて、それに習うようにしてエリゼちゃんも遅れて頭を下げる。
何か壊したりでもしたのだろうか?
「さくらさんとお父さんの話を盗み聞きしてしまいました」
「え!」
「待ってほしい。私が言い出したことだし、モモは許してやってほしい」
エリゼちゃんが、モモの謝罪に被せて謝ってくる。と言うことはエリゼちゃんは自分が死んだことになっているということを知っているってことか?
おおっと、俺が焦ってどうするんだよ。なんだかエリゼちゃんは腹は決まったみたいな表情をしている。
さくらさんがニヤニヤしていることを考えば、この人が盗み聞きに気がつかないはずはないし、知ってて昨日の話をずっとしていたんだろう。
それにしてもきた当初のエリゼちゃんであればモモを庇うことなんてなかっただろう、彼女なりに思うところがって変わりはじめてるのかもしれない。
「私は家を家族失った。でもモモという生涯の友を得ることができました。だから今しばらくモモと共にここで、学ばせてほしいの。だからここで働かせてほしい」
本当に彼女は変わった。きっとモモとも色々と話したのだろう。
エリゼちゃんがここでの暮らしを望んで勉強をしたいのなら、俺はそれを応援したい。
「わかった。エリゼちゃん、今まで通りにお客様扱いはできないからね」
「うん、じゃなくてはい」
彼女の目は真っ直ぐに前を見ている。とても良いことだ。
少しモモがきょとんとしているけど、ここはこれからも頑張ろうねって抱き合うシーンじゃないのかな?
「私達って友達だったんですか?」
「「え?」」
俺と、エリゼちゃんが同じリアクションで、モモを凝視する。
さくらさんが後ろで爆笑していて煩い。




