2−10 選択
■モモ視点
エリゼさんの提案が少し面白そうだと思ってしまったのは事実だけど、ついていくんじゃなかった。
さくら様とお父さんの話がよほどショックだったのか、途中で固まって動かなくなってしまったので、背負って部屋まで戻ってくることになった。
さくら様は私達の存在に最初からわかってて話を続けたんだと思う。個人的にはお父さんに余計な負担が掛からなくなったのでよかったとは思うけど、エリゼさんは少し可哀想だとは思う。でも恵まれた環境で生まれて努力を怠ったのは自分の責任だとも思うので全面的に同情もできない。
「モモ、私は……どうしたらいい」
「私だってわかりませんよ。エリゼさんはどうしたいんですか?」
「わからないから聞いてる」
「エリゼさんがどうしたいかわからないのに、私が答えを持っているはずないじゃないですか」
「お前は私よりも賢いだろ!」
エリゼさんが起き上がって、襟を掴んでくる。シワになるのでやめてほしいなぁ。
「エリゼさんを騙すかもしれないですよ」
「いいから教えてくれ」
「貴女を騙した人を皆殺しにするんです。そして最後には弟も殺して、また次期当主であると主張するというのはどうでしょう」
「そんなのダメに決まってる!」
「どうしてですか?」
「そんなことをしても私が認められることはない」
「弟さんは貴女を同じように陥れて排除したじゃないですか」
少し意地悪だっただろうか。でも出会った当初なら元気よく頷いていただろうな。
「それは、さくら様が言っていた貴族としての……」
自分で言って改めて整理できたんだと思う。力なく、手が襟からずり落ちていく。
当初は自分を陥れた弟に怒りを覚えたはずなのに、今はそれを納得してしまっている。だからこそ家に自分は戻るべきではない、でもそうしたら自分はどうすればいいのかと、回り回ってまた迷うことになる。
「私は昔、寒村に住んでいました。今考えても思い出したくないくらい酷い環境で、必死に走って逃げて、逃げて、大福さんに拾ってもらってお父さんと出会いました。私にはその時に選択肢なんありませんでした。この暖かい場所にこの人と一緒にいたいと思いました。結果的に自分の選択は間違ってなかったと思います。過去の私と比べたらエリゼさんは複数の選択肢があります。焦ることはないです、ゆっくり眠ってもう一度考えてみたらどうでしょうか」
「モモは元々ここにいたんじゃないの?」
「違いますよ。元々は母と色々なところを転々としていた……はずです。小さかったのであまり記憶がないのですが、母が亡くなって村に拾われて農奴になりました。エルフという特殊な個体だったので、扱いは他の人と比べたら少しはマシだったのかもしれないですが」
「頬にある傷もその時のものなの?」
「そうですね。お皿を割った時に村長の奥さんに切られました」
「復讐したいとか思わないの?」
「思わないと言えば嘘になりますが、今が幸せですから。少しは参考になりましたか?」
私がお父さんに頼んで、エリゼさんをここに置いてほしいと説得することもできる。でも昔、お父さんに言われた通り自分で選択することが大事だ。それにここに残ることが彼女の最善だとも言い切れない。
剣術の腕だってあるし、外で冒険者として生きていくこともできる。考え込んでいるエリゼさんを放置して、乱れた布団を整えて中に入り眠る準備を万端にする。
「エリゼさん、明かり消してもらってもいいですか?」
「うん」
部屋が真っ暗になる。隣ではエリゼさんがガサゴソと何かしている。
少し離していた布団を何故かピッタリとくっ付けて、私の布団に入ってくる。
「なんですかいったい」
「別にいいじゃない」
今日くらいはいいだろうか。突然の話だったので少し寂しいという感情もあるのだろうか。
「怒りが最初でその後は悲しかった。でも弟や家臣を恨むほど彼らとの思い出も、どういう人物だったかも知らない。悲しむほどの父との思い出も思い出せない。考えてみれば私には何もなかったのかもしれない。ただ今は怪我をさせてしまったメイドのことを少し思い出す」
「どんな人だったんですか?」
「モモみたいに口うるさい奴だった」
「きっと、エリゼさんのことを愛してくれてた人だったんでしょうね」
「そうね」
怒りも悲しみも通り過ぎてしまって、残ったのは後悔。エリゼさんがくっつく肩が濡れていて少し冷たい。




