45 卵かけご飯
「コケコッコー!」
「お父さん、鶏さんが鳴いています」
「朝になると鶏さんは鳴くもんなんだよ。卵を回収していこうか、卵は簡単に割れちゃうから優しくね」
ソーズさんも鶏は見たことがないようで、俺達の回収作業を興味深そうに見ている。手伝うと言ってはもらったが、筋肉モリモリの人なので力の調整が効くか不安だったのでお断りした。
「にゃーん」
「卵かけご飯ですか。この卵生食は大丈夫なんですかね?」
「わん」
「にゃーん」
大福が見たところ問題ないという話と姉さんが通訳してくれた。試しに1つは売りに回したいから、残してそれ以外を食べるか。卵焼きとかもいいけどまずは卵かけご飯か、これは奥深い料理であり、趣味趣向が出る料理でもある。
リビングに戻ると全員分の白米と味噌汁、漬物を並べて、9個の卵を用意する。俺以外の4名には2個づつという計算だ。
醤油、胡麻油、ネギ、麺つゆ、チーズ、黒胡椒、塩、おかか、をテーブルに並べて、それぞれの茶碗に卵を1つ落としていく。
「ほう、繊細な技ですね」
「ただ卵割ってるだけですけどね。まずはシンプルに醤油でどうぞ」
どうやって食べるのかソーズさんとモモが様子を伺っているので、姉さんのをお手本として、俺が卵の上に醤油を少しかけてかき混ぜてから姉さんの前に出す。
「にゃーん」
姉さんがガツガツとTKGをかっこんでいく。大福が自分もと興奮し始めたので、用意をしていると、2人は美味そう口を半開きにして姉さんの様子を見ている。早く食べればいいのに。意を決したのか、それぞれに卵かけご飯をかきこみ始める。
いい勢いだね、どれどれ。うん、卵が濃厚で美味いー。高い卵って感じでいいな。
おかかとネギ、胡麻油を追加してみる。これもなかなか良いぞ。
「にゃーん」
「はいはい、トッピングと卵の追加ですね」
「お父さん! 卵割ってください!」
「自分もお願いします!」
「はいはい」
俺のトッピングを見て、2杯目をモモもソーズさんも真剣に考えている。そうなんだよね、これが卵かけご飯の楽しいところなんだ。
ソーズさんはシンプルに塩と胡麻油で勝負している、悪くはないけど、卵かけ道はもっと奥深いぞ。
モモといえばチーズをご飯に突っ込み少し溶かすと、醤油に胡麻油を追加している。流石は我が娘、良いチョイスだ。
「モモ様、それを自分にも一口いただけないでしょうか……」
「だめ」
「ソーズさん、行儀が悪いですよ」
「も、申し訳ございません。ぐぬぅ」
人の食ってるものって美味しそうに見えるよね。また来た時にでも出してあげるか。
朝食が終わると、ソーズさんはトレーニングの一環? で畑を耕したこともあるとのことだったので、お手伝いに言葉に甘える事にした。
モモには変わらず、動物達の面倒を見てもらう。それぞれに動いてもらっている間に朝の洗い物を済まして、外に出る頃には作業はほぼ終わりかけだった。
ソーズさんにはツナギを私ていたが、上半身まで着ることはなく上部分は腰に巻き付けていた。それは別にいいんだけど渡したはずのインナーは着ておらず、なぜか上半身が裸だった。
「いいぞ! ヘラ、クレス! アレスとナタリーも素晴らしい!」
誰もいないはずなのに誰かと話しながら鍬を動かしている。ちょっと怖い。
「えっと、ソーズさん?」
「ああ、これは悠殿! もうすぐ耕し終わりますよ」
「それはいいんですけど、誰と話してたんですか?」
「はっはっは! 悠殿は面白いことをおっしゃる! 筋肉とです」
面白いことなんてなに1つ言っていないのだけど。その眼は曇りない、一切の曇りない眼だった。曇りがなさすぎて、やっぱりビクドの連中はちょっと危険なのではないかと思ってしまう。
「そうですか……」
「他にお手伝いできることはありますか?」
「それなら木を切るの手伝ってもらうことは可能ですか?」
「木を切る……トレーニングですね!」
「いえ、ただ木を切るだけです」
「では行きましょう!」
基本的にはいい人だと思うのだけど、どこかぶっ飛んでる気がしてきた。
俺の担いで、伐採する木の前までくると、まずはやってみてくださいとソーズさんに促される。言われなくてもやるがこの人はどんな立ち位置なんだろうか。
いつも通りに木に切れ込みを入れ始めると、ソーズさんがふむふむと頷いている。
「悠殿、一度止まってください」
「はい……」
「なるほど、良いトレーニングですね。ただ足の角度はこう、もっと振りかぶる時の筋肉の動かし方も意識してみてください」
「え、はい」
「ではもう一度、お願いします」
これは木こりに関するアドバイスなんだろうか? ソーズさんのアドバイスに沿ってやっていると、筋肉がいつもよりも酷使されているのがわかる、簡単に言えば辛い。なんか効率悪くなってないか? 少し休みを入れてもいいかな。
「悠殿! いい! いいですよ! あと5回頑張ってみましょう!」
ソーズさんは笑顔ではあるが目が笑っていない。この人やっぱり常識人の部類ではないだろ。
なんとか4回、斧を振って、5回目が終わる頃には俺の後ろにピッタリとくっついている。
「いいですよ! あと5回、行きましょう!」
「でもさっきはあと5回って−−」
「−−チャレンジしましょう! 悠殿ならできます! 筋肉の喜びが聞こえないんですか!」
俺の腕や足をモミモミと揉んでくる。こ、怖い。
仕方ないので、もう5回振り終わると、なぜか追加でもう1回振らされた。疲れたー。
「悠殿、ナイスファイトでした!」
「え、ありがとうございます」
「次は自分ですね。行きます!」
ふんふんと言いなが斧を振っていく。頭は筋肉寄りだけど斧を振る姿は不覚にも美しいと思ってしまった。
ん、そろそろ逆サイドを切っていかないとこっちに倒れてこないか?
「ソーズさん、そろそろ逆に切れ込み入れないと」
「ふんふん!」
「ソーズさん!」
ダメだ、聞こえてないのか。ちょっと離れておこう。
離れて眺めていると案の定、ソーズさんに向かって木が倒れてきてしまう。
「ふん! これは良いトレーニングですね!」
片手で大木を受け止めると、頭の上に持ち上げてスクワットを始めてしまう。これ、俺もやらされないよね。
余計に疲れてしまった。
「これは悠殿には難しいと思いますので、もう1本いきましょう!」
「いえ、今日はもう大丈夫です」
「そうなんですか……」
そんなにショボーンとしないでほしい、俺が悪いみたいではないか。
「そろそろお昼にしましょうか」
「お昼までいただくわけには」
「遠慮しないでください、畑も伐採も手伝ってもらったんですから」
家に戻っている途中で、ソーズさんが足を止めて空を見上げる。
モモや大福、姉さんもこっちえ駆け寄ってくるが、同様に同じ方角の空を見上げている。
「みんなどうしたんだ?」
「あれは竜ですね」
ソーズさんがそう呟いた後に、映画で見るようなドラゴンが真っ直ぐにこっち向かってくる。




