30 決意
■モモ視点
お父さんの畑仕事を手伝って、和牛のお乳を絞らせてもらい、お礼にブラッシングをしていると小屋の中にさくら様が入ってきた。
特に話すこともないので、和牛のブラッシングを続けていると壁に寄りかかってずっとこちらを見てくる。嫌だなぁ。
「さくら様、何か御用でしょうか」
「そうだね、少し話をしたいと思ってね」
和牛は雰囲気を察したのか、1人で外に出て行ってしまう。2人だけにしないでほしい。
「どんなお話でしょうか?」
「モモ、君は父親である悠のことは好きかい?」
「もちろんです」
「そうかあのお人好しはこれからも意図しない形で人と関わり、面倒ごとを背負いこむことになっていくと思う。知識があれば解決されることもあるだろうが、時には力も必要となる。でも君の父は暴力自体を否定する、よく言えば優しい、悪く言えば生ぬるい男だ。外の世界で生きた君ならわかるだろう?」
さくら様の言うとおりお父さんはとても優しい。私のこともそうだし、何かを背負いこむことはこの先あるかも知れない。
外の世界の事、あった出来事、嫌な記憶。自分に向けられたナイフ、頬の傷に触れる。
「杏殿も大福もいるが、もっとわかりやすい抑止力が必要だと思わないかい?」
「さくら様が抑止力になっていただけるのですか」
「私は過去の人間だよ? そこまでの抑止力があるかどうかも微妙だね。それにこれはあの子を中心とした君達、家族の問題だしね。そこまでおんぶに抱っこをするつもりはないよ。私も暇ではないしね」
だらしない方ではあるけど、ガンジュ様も言っていた、さくら様は力を持った方だと。
この方は私に何かさせたい、させる事が目的なんだと思う。
「君は外の世界を十分に知っているだろう? あの狂気が君の父親の優しさに漬け込んで襲ってきたらどうする? 今はなんの力も持たないモモ君。お父さんを守り、助けてあげたくはないかな? 私ならその力を与えられるよ」
「さくら様にどんなお考えがあるか知りませんが、だったら、私を強く。誰よりも強くしてください」
「おお、即答だね。たった数ヶ月しか一緒にいない人間をなぜそこまでして守れるのかな」
「ミルク粥の味が忘れられません。杏お姉ちゃんのお腹のいい匂いも、大福様のふかふかの毛皮もお父さんが優しく撫でてくれる手の暖かさも。ここが天国なら私が前にいた所は地獄でした。さくら様にとっては、他の誰かにとっては些細な幸せかも知れませんが、私にとっては一生をかけて恩返しをしたい方々なんです。そもそ覚悟もなしに神様の手を取ったりはしないです」
さくら様が何を考えているのかはわからないけど、お父さんを家族を守れるなら、力になれるならどんなことだってしたい。
「確かにモモの言うとおりだね。愚問だったね、それなら明日からは私のことは師匠と呼びなさい」
「わかりました。でも自分の食器は自分で片付けてくださいね」
「そこは弟子である君が−−」
「それとこれとは別です」
★★★
「やれやれ、可愛げのない弟子ができてしまった。あと少しだけ私って嫌われてる気がするんですけど」
「にゃーん」
「知らんですか。あと裏切りなんてしませんよ、少しは煽らないと本人だってやる気にはならないでしょ」
「にゃーん」
「本当に怖いお人だ。あ、猫だったか」




