5ー11 弟
★モモ視点
お父さんはずっと、優柔不断な恋する少女のようにモジモジとしている。
サトウ家に入りレイチェルさんのお父さんやお兄さん、新しい家族なる人達と会い、一悶着ありはしたけど、最終的には私が黙らせた。
今はレイヴィの部屋の前でお父さんが入るのを見守っているが、中々入らないので開けようとすると、手を掴まれて顔を横に振られてしまう。緊張するのはわかるけど、私だって赤ちゃんには早く会いたい。
「お父さん、いい加減に覚悟決めて入ろうよ。どうなっても死ぬ訳ではないんだから」
「また振られたら、精神的に死んじゃう」
我が父親ながら少しイライラしてきた。
こちらからではなく、部屋の中から扉が開き、綺麗な黒猫が顔を出してきた。
「にゃーん」
「杏お姉ちゃん、ただいま。それと煩くしてごめんなさい」
「姉さん、その、俺は」
「にゃーん」
お父さんが何かを話そうとして、涙汲んでいたけど、お姉ちゃんがいいから入りなさいと、部屋に促してくれる。
部屋の奥に行くと、ベットの上で赤ちゃんを抱いていた。赤ちゃんは眠ってるみたい。
「にゃーん」
「レイヴィ、おめでとう。無事産まれたんだね、男の子?」
「そうだ。抱いてやってくれ」
「いいの? ああ、可愛い。お姉ちゃんですよー」
お父さんは私たちのやり取りを少し後ろで眺めている。
「にゃーん」
赤ちゃんを抱いて、杏お姉ちゃんと少し離れた椅子に腰をかける。
お父さんが入れ替わりで、レイヴィのベットの前でしゃがみ、何か言葉を絞り出そうとしているけど、固まってしまっている。
「ユウ、すまなかった。もっと言葉を尽くせばよかったのに、私はお前を傷つけた」
「俺の方こそごめん。ヴィの立場とか気持ちとかも考えてなかった。それに覚悟も……なかったんだと思うんだ」
よしよし、良い雰囲気だ。
「にゃーん」
「えー、もう少し見てたいんです」
お父さんが非常に複雑そうな顔をしている。
「にゃーん」
「はーい。あとはごゆっくりー」
弟を抱いて、外に出ると、解析の勇者である聡介さん夫妻がいた。盗み聞きしようとしてたみたいだ。
「やあ、モモ。元気そうで何よりだ」
「お父さんの救出に参加されなかった勇者様ではないですか」
「俺だって参加したかったさ、意地悪なことは言うなよー」
「わかってます。冗談じゃないですか」
杏お姉ちゃんはこのままお父さん達が出てくるのを待機しているとのことで、レイチェルさんに弟を見せに行くことになった。
食堂にはレイチェルさん家族と、ハルがいた。
「可愛らしい子ですね。男の子ですか」
近寄ってきたハルを無視して、レイチェルさんに弟を抱くように促す。
「私はいい」
「いいから、抱いてあげてください」
「ああ」
レイチェルさんに抱かせると、少し困った様子ではあるけど、弟は居心地がいいのかジッと見つめるだけで、暴れたりもしないが笑いもしない。
「なんだか、レイチェルさんは慣れてなさそうですね」
「赤子のうちは乳母に任せていたからな」
レイヴィも戦うために、厳しく育てられた聞いている。母親であるレイチェルさんもまた同じだったのかもしれない。
「孫は自分の子供よりも可愛いと、さくらさんが言っていました。どうですか?」
「既に孫はいるが、こうやって抱いてやるのは初めてだ」
「これからは平和になるはずです。たまにお孫さんと遊んだり、この子のことも可愛がってあげてください」
心なしか、お兄さん達の目が生暖かく、レイチェルさんの旦那さんに至っては号泣していた。
旦那さんは婿養子だよね? 思っていたよりも人情派なのかもしれない。
お茶をしながら、弟を可愛がったり、いつまでも抱っこしてても負荷がかかってしまうので、どこからか持ってきたベビーベットに寝かせたりしていると、お父さん達の話が終わったのか、杏お姉ちゃんと一緒に食堂に入ってきた。手を繋いでるあたり、上手くはいったんだろう。
お父さんはレイチェルさんと旦那さんの前に立って、頭を下げる。
「今回は沢山のご助力と迷惑をかけて申し訳ありません。重ねて図々しいお願いではあるんですが、お嬢さんと結婚させてもらいたい」
サトウ家の皆さんの表情は固い。旦那さんは泣きながら怒っているようだ。この人だけ、家族でも違う種類の人間なんだなぁーと分かりやすくて面白い。
ハルは私達と繋がりができるためか、いつもの3倍の笑顔でニコニコしている。
「好きにしてもらって結構だ。レイヴィ、お前は先に命令違反をして、我々と敵対をした。離縁をする元娘のことなど知ったことではない」
「母上……お世話になりました」
お父さんと、レイヴィが2人で揃って頭を下げる。
ニヤけていた、ハルが口をパクパクとさせている。
「ちょっと待ってください、レイチェル。これは貴方個人の問題ではないんですよ、それにレイが命令違反をしたのは僕の命令であってですね−−」
「−−皇帝様、これはサトウ家の問題であると私も思いましてよー。うふふ」
権力と腕力なんて、使うべき時には遠慮なく使う。さくらさんに習ったことだ。無理やり皇帝様の口を手で塞いでやる。
ハルも馬鹿ではない、なんでこんなことを言い始めたのか、レイチェルの親御心も理解はしているが、帝国としては納得しがたい部分があったんだろう。だからこそ、私が邪魔をさせてもらう。これは我が家の問題でもあるんだから。
「これは、ハイエルフのモモとして、帝国に貸しを1つで手を打ってください」
聞こえないように小声で、伝えた。首を縦に振ってくれたので、納得はしてくれたんだろう。
「お父さん、レイチェルさんには今回の戦争でも私個人としてもお世話になったし、お父さんだって助けてもらったんだから、年に一回でもいいし、好きな時に遊びに来てもらったり、私もまた遊びに来たいんだけどいいかな?」
「ああ、いいと思うよ」
「ということで、レイチェルさんも皆さんも良いタイミングで遊びに来てください。私もまた来ます、その時は弟も連れて。レイヴィとは離縁したって、遊びに来るのはいいですよね?」
レイチェルさんは少し呆れた後に、薄く笑って、頷いてくれた。
これでこの子はただのレイヴィから生まれたお父さんの子供。建前上という補足がつくけど、その建前が重要なのである。
「小難しい話は横に置いて、さぁお父さん抱いてあげてね」
「ああ! おお、小さい」
「当然だろ、赤子なんだぞ」
お父さんのことをレイヴィと一緒に、弟を抱くのをサポートする。
「ところで私はレイヴィのことをお母さんって呼んだ方がいいかな?」
「好きに呼んでくれいい」
「もう少し時間をもらってもいいかな。その時が来たら呼ぶね」




