5ー1 チャンス
★エリゼ視点
第三皇子、ハル・バランが皇帝になることが決まった。
さくらさんの後ろ盾、各要人を呼べるようなコネクション、寝返る貴族も多かったが軍人や平民からは特に熱烈な支持を受けることになり、内乱も終結へと風向きが変わっているが、ハルの2人の兄が行方不明となっているのは気になるが、私にとっては些細な問題である。
「お前が焦っても仕方がないだろ」
さくらさんは帝国に来てからも、用意された屋敷で食っちゃ寝を繰り返し優雅に過ごしている、もうパーティーも終わったので帰ってもいいわけだが、父が持たせてくれた酒が切れるまではここでゴロゴロ過ごすつもりなんだろう。
サトウ家には一度伺って以来、行けていない。
私や、さくらさんといった、貴賓が何度も政治とは距離をおいている、サトウ家に私達が行くのはレイヴィの妊娠とも紐付けられてしまう可能性があるからだ。
「年明けには生まれるんですよ。まだ全然、話もできていないのに。話はすると言ってありましたが、父を迎えに行って連れてくるべきではないでしょうか」
「最善としては生まれた後に落ち着いてから、悠のとこに連れて行くのが良いと思うがな」
「子供の誕生に立ち会えないのは可哀想だと思いますけど……」
「それも悠の決断と脇の甘さだろうに。子供が産まればレイヴィも心境が変わって改めて悠と話す気になるかもしれない。我々としてできるのは生還することだ」
さくらさんは伊達に年を重ねてはいない。実に落ち着いている。
このことを知っているのは本当に一部だけで、カレン様やソーズさん達にも伝えられることはなかった。
「お待たせしてしまったでしょうか。エリゼさん」
部屋に満面の笑みでハルが入ってきて手の甲にキスをしてうっとりとした表情を浮かべる。周りにいるメイド達は声こそ出さないが、口元を押さえて、心の中でラブラブだとか、黄色い歓声をあげていることだろう。
貴賓は私やさくらさん、一部を除いて国に帰国している。
さくらさんはともかく、その中で私だけが残るのは色々と違和感があるので、ハルの提案で恋人を演じるという話になった。当然、ハルの下心からくる提案なのは私だってわかっているが、違和感なくレイヴィの側にいれることと、彼女の妊娠について注目がズレるという点に置いても最良だと思い、承諾をした。
「おおー、熱いねお二人さん。私でよければいつでも祝福するぞ」
「さくら様、直ぐにでも祝福をお願いします!」
「あらやだー、ハルったら、お互いによく知る時間は必要でしてよー」
姑息には外堀を埋めようとする、ハルの頭を鷲掴みにして、言葉を発せないような痛みを与える。
その姿がなぜかメイド達の琴線に触れるのか知らないが、心の中に留まらず、キャー、素敵ー、などという歓声が湧き上がる。
さくらさんにも調子に乗ってふざけないように釘を刺しておかないと。
恋人との甘い時間を過ごすとかふざけたことを、ハルが言ってメイド達を下がらせる。
当然、2人きりにはできないので、さくらさんという保護者同伴ではある。さくらさんがいれば護衛を置く意味もないので余計なことを言われることも楽な仕組みとなっている。
これが3人で今後のことを話し合うスタイルだ。
「それで、モモにはこのこといつ伝えるんですか?」
「産まれてからではダメか?」
「モモ、怒ると思いますけど」
「モモさんならわかってくれるとは思いますが、父親を取られたとこかでレイに怒りの矛先向けたりしませんよね?」
「モモだって大人だし、そんなことはないと思うけど。レイヴィのことを認めるか、認めないかは別の話になってくるかも。とりあえずは手紙を出すってことでいい?」
「エリゼからの話であればモモも聞く耳を持つだろうさ。その辺は一任する」
さくらさんは一任するとか言って、面倒なだけだろう。
話をしながらモモへの手紙をしたためていると、部屋がノックされる。
「陛下、レイチェルです」
「どうぞ」
レイヴィのお母さんだ。来るなんて話は聞いてなかったけど。
「僕が正式に皇帝になることは決まりましたから、帝国の剣であるサトウ家に護衛をと思って」
惚れ直した? みたいな視線を向けてくるが、別に惚れてはいない。
「レイヴィは元気ですか?」
「ええ、母子ともに問題はないです。最近は散歩や素振りをしたりもしています」
「素振りって大丈夫なんですか?」
「私もしていましたが、我が家の子ともなれば素振り程度で、落ちることもないでしょう」
このお母さんも大概、脳筋だと思う。
「あの子は父親のことはずっと黙り。強引に聞き出そうとすればあの、強力な黒猫が守ろうとしますし、話を詳しく聞ことができません。陛下からは直接、回答を頂戴しておりませんが、さくら様やエリゼさんが介入していることから、父親はかの森の賢者でよろしいんですよね」
「そうだねー、日数を考えても間違いはないと思うよ。ただレイのことは責めないであげてよ、変な権力が絡まないように、子供やユウさんを守る意味もあったとは思うから」
レイヴィは母親にも黙っていたんだ。父のことも考えていたと言うことであれば、嫌いってわけではやっぱりないんだよね?
「ですが、今後はどうすればいいでしょうか」
「レイチェルが決めかねたり、不安を覚えるなんて珍しい」
「相手が相手ですから」
「最終的には当人達次第、どちらかといえばレイヴィ次第だろう。ユウはいまだにレイヴィのことを情けなく忘れられないようだし、レイヴィがユウとは一緒にならず、自分で育てるとなればそれまでだ。ただ形はどうあれ、ユウの子供ではあるから、優遇しろとは言わないが、普通の子供と同じく接して、育ててやってほしい。手に余るようなら私が預かってもいいぞ」
さくらさんが預かるとか言うとは思わなかった。できることなら、レイヴィの決断前にもう一度、父と話をしてほしい。
「できることなら、父には、森の賢者にはもう一度、レイヴィと話すチャンスを与えてほしいです。その話を私からもさせてもらいたい」
「今はデリケートな時期です。娘には私からも落ち着いたタイミングを見計らって話してみます」
「お願いします」
恐らくは出産後になるんだろうな。その時にはモモもいるだろうし、少し相談をしてみよう。




