4−17 元彼
★エリゼ視点
訓練を重ねること1カ月、基礎訓練と実践訓練、特に実践の方では参加者が非常に増えた。
最初のうちは私憎し、どうせ当主の座を狙ってるんだろと、懲らしめてやろうと参加する連中も多かったけど、全員負かしているうちにどんどん参加者が増えていった。
最終的には共に酒や飯を喰らい、同じ目線の団員になれはじめていると思っている。
今では20名だった人員もベテラン連中も追加されて40名の部隊になっている。
リリアについていた女騎士のリーズを副官につけてもらい、この度正式に遠征に出向くことになった。
冒険者で対応しきれない大規模な魔物の群れであったり、盗賊団の殲滅、捕縛が主な任務となる。
「隊長、設営完了いたしました」
「わかった」
被害の報告があった村に出向くと、既に半壊しており、ゴブリンやウルフ、オーガの集団に襲われたとのことだった。
救護所を設置して、パスルを中心に治療魔術が得意な人員2名をサポートにつけて村人や冒険者の治療に当たってもらう。
「隊長様、村が襲われた影響で蓄えもなく、治療の代価をお支払いすることができません」
「そこまで高額な治療費は払えないが、仲間を助けてくれるのであれば、奴隷にでもなる」
町長や村を防衛していた冒険者達からの陳情が上がってきた。
普通は治療費をもらうのが一般的だ。ただそれも状況による。
「問題はない、今は非常時だ。それに冒険者がいてくれたおかげで全壊とはならずに住んだ。うちの回復役は聖国出身なので少し説教が挟んだりされることがあるが我慢してくれ」
「これはノワール様のお導きなんですよ。そして現代に舞い降りたモモ様の−−」
−−まぁ、大丈夫だよね。どうしよう、傷ついたもの達が目を輝かせながら話を聞いている。
パスルが優秀な狂信者であることは知っていたけど、信徒をどんどん増やしてしまうかもしれないな。
モモが苦い顔をするのが目に浮かぶ。
「10名は私について来い、魔物を相当する。残りの人員は村の復興に手を貸してやってくれ。雪が降る前に最低限の住居は必要になる」
「我々は騎士団です。土木作業が仕事ではありません」
「私達の仕事は民を守ることが仕事だ。土木作業が守ることに繋がるなら、それもやるだけだ。民があっての騎士団であり、領主であり、国だ。それを忘れるな」
「はい、エリジェしゃま!」
不満を口にした騎士を他の連中が引きずって連れて行ってしまった。
なんだか気持ち悪い連中が増えてきてるけど、うん、きっと問題はないよね。
「エリゼさんにも狂信者が増えてきてますね。ソード家の騎士団は実力主義で平民出身も多いですから」
「狂信者ねぇ、宗教なんて立てた覚えもないんだけど。エリンには雑用ばかりしてもらって悪いけど、魔法で土木工事の手伝いとかお願いできる?」
「はい、エリゼさんもお気をつけて」
戦闘能力が高い、新人を3名、ベテランを7名選抜して森の中に入る。
魔物も集団での移動だったので痕跡は多く残っている。跡を追うこと1時間ほどで魔物集団を発見した。
「妙ですね。ゴブリン、ウルフ、オーガだけでなく、魔獣系、様々な魔物が混在している」
ベテランの騎士が言う通りだ。
ここまで種族が違う魔物が一箇所に固まり群れを作ることはない。
それに加えて数が減っても魔物が一度引いて戦力を立て直そうとするのもおかしいと思っていた。
「裏で糸を引いてるものがいるはずだ。全員、罠には気をつけつつ、殲滅に移る。5名一組で動くように私の援護は不要だ」
数こそ200ほどいるがさほど強い魔物は多くない。十分にやれるはずだ。
さくらさんから与えられた聖剣が反応することはないので、例の黒いもやの魔獣はいないと考えていいだろう。聖剣が限定条件化でしか抜けないのか、今回は別の剣を使用するしかない。
「行くぞ!」
「「おう」」
■■■■
「それは改めて調査が必要ですね」
無事、遠征が終了後にリリアとルルイゼに呼ばれて、雪を見ながら暖かい温室でお茶を飲む。実に贅沢な環境だ。何故かパスルも同席している。
「エリゼお姉様、聞きましたよ。兵士の数名をボコボコにしたとか」
「どうせその理由までお前のことだから知っているんでしょ」
ルルイゼが悪戯を発見した子供のようにニヤニヤしているので内容まで知っているのだろう。
あれからルルイゼと関わっているうちにだいぶ気やすい関係になった。裏がある子ではあるけど接しやすい子だ。
兵士の一部が私こそ当主に相応しいみたいな話をし始めて、騎士団だけでなく平民や一部の有力者を巻き込んだ一団が出来上がった。
それを手勢を引き連れて壊滅させたって話だ。正確には兵士だけなく、有力者もボコボコにしてやった。
「真にお姉様を崇拝するものであれば、そんな愚かなことはしません。ただお姉様を利用しただけに過ぎませんよ。お姉様を利用しようと暗躍するものは、この妹であるパスル、パスルが許しませんから!」
妹を強調しなくていい。パスルはともかく、最近私には妹が増え過ぎてよくわからなくなってきている。
モモにリリアにルルイゼにだ。
そんな問題もあったからということもあるけど、昨今の状況を鑑みて、父が本格的に裏方で動きルークが表舞台へと立つことになった。新当主の誕生と結婚が発表された。
「今日はそんな話じゃないでしょ。改めておめでとう、リリアさん」
「ありがとうございます。私もエリゼお姉様とお呼びした方がいいでしょうか」
「好きに呼んでよ」
リリアさんは小動物のようで可愛い、頭を撫でたくなる。撫でちゃうんだけどね。
「早く跡取りを作ってくださいね。まぁ言われなくても直ぐにできるんでしょうけど」
リリアさんが顔を真っ赤にしている。可愛い。
「ルルイゼ、そういう話を直接するのはやめなさい。リリアさんが恥ずかしがっているでしょう。それよりもあんたのお腹にいる子は誰の子なの?」
ルルイゼは会った当初から妊娠していたらしく、最近になってお腹が大きくなり、一部の人間には周知の事実となってきている。
「この子はこの国の未来ですよ。まだ誰の子かは話せませんけど」
未来ねぇ。先にこの子の主導で第3王子を探していたし、導かれる答えはそこまで難しくはない。
ルークや父上もなんとなくわかっているんだろう。ただまさかこんな手で来るとは2人とも冷や汗をかいていた。
「そんなことよりもですよ、エリゼお姉様。今は女だけでリリアさんのお祝いをしてるんですから、ドレスはルーク兄様が選んでくれるらしいですね。良いセンスだといいんですけど、本当にリリアさんにはメロメロですよね」
「そんなことは−−」
−−っつ! 聖剣が反応した。何が来る。
聖剣を抜き、温室を割って落ちてきた物体に剣を振るうが容易く弾き飛ばされた上に、蹴り飛ばされた。
同じく直ぐに反応してくれたパスルがリリアさんを守ろうと結界を張ってくれたが、それも容易く腕を一振りだけ割られ、リリアさんを守ろうとしたルルイゼを更にパスルが庇おうとして、2人が吹き飛ばされてしまった。
「パスル、ルルイゼ!」
パスルがルルイゼを庇ってくれたんだろう、パスルの腕が変な方向に曲がってはいるけどルルイゼは擦り傷程度しか見てとれない。
リリアさんは眠らされてしまったのか、真っ黒な人間に抱かれている。
「その人を離しなさい。ソード家の当主の奥方になる人よ」
「わかっているさ」
真っ黒な人間の全容が見えてくる。
黒い翼を持った男、顔だけはやけに整っている。そして強者ということがわかる。
聖剣が私の思いに呼応してくれ、強い光を放つ。まずはリリアさんを抱いて片手が塞がっているので、もう一方を切り落とす!
全力で放ったはずの剣戟は容易く男に受け止めらてしまった。
「先の邪魔をしてくれた者はお前か、私に傷をつけることができるとは厄介な剣だな」
擦り傷しかつかない? 自分の実力を過信していたつもりはない、けどこの聖剣は黒い魔獣だって退けた。エクスカリバーを使う? だめだ、リリアさんも巻き込んでしまう。
「俺の花嫁に傷でもついたら大変だ。ここは下がらせてもらおう」
「その子はルークの花嫁よ」
「ククク、俺の花嫁となる。心配ない、今夜初夜を迎えて俺の子を成したら返してやると伝えておけ」
こいつは何を言っているの? 理解が追いつかない。
「この世界、王国でも良心と言われるようなソード家の新当主が壊れる様、そしてこのように純粋な娘が壊れる様はさぞ愉快だろうな。そしてソード領は闇に包まれ、より上質な負の感情を産むだろう」
「あんたは何者なの?」
「俺は元神だ。今は堕天使のツバサと名乗っている。この世界を管理している女神に裏切ら、その復讐のためにこの世界を闇に落とす!」
サイゼ様が裏切った? あの人は少し抜けているとこはあってもそんなことをする人ではない。
「あんた、まかさサイゼ様を騙そうとした元彼?」
「は? ちげーし! あんな女、彼女とかでもなんでもねーし! 誰が元彼だ! 散々いい思いをさせてやったというのに恩を仇で返しやがって」
やっぱりそうなんだ。なんだか急に三下感が増した。
「そういういざこざにリリアを巻き込まないで」
「煩い! 俺は人の物を奪うのが大好きなんだ。ただ女には優しくしてやる一晩かしてくれたら返してやるから安心しろと、ルークとやらに伝えろ」
「待って!」
黒いモヤと共に男が消えてしまった。
三下感のある男だけど、実力だけは腐っても元神、本物だ。
蹴られた箇所も傷が響く。それでも早くリリアさんを助けに行かないと。




