4ー4 おにぎり
「ああ、私は今、生きている」
大袈裟な奴だ。一日ビールは一杯までというルールから、自分には体のサイズにあったジョッキが必要とマジ泣きして、訴えた結果、見事に大ジョッキを勝ち取った女、レイヴィ・サトウ。
身長が190センチ近くあり、髪が短いのと胸も控えめなこと、あとは割れた腹筋が女の子要素を少し少なくしている。年齢は22歳らしく、年相応ではあるし綺麗なんだろうけど、俺の琴線には触れない。簡単に言えば好みではないが、アホのように明るいのもあって良い友人関係は築けている。
姉さんもそこまで飲まないし、1人でも晩酌も寂しかったので、相手がいるのは悪くない。
基本的にはたわいも無い話をする。お互いの家族の話や、その愚痴から始まって、レイヴィのハル様は如何に素晴らしいかの演説でだいたい終わる。
この世界では22歳で独身と言えば十分に生き遅れの部類になってしまうようで、もう結婚は諦めているらしい。男で50になっても金さえあればいくらでも嫁のもらいようはあるから頑張れと、なんか逆に励まされてしまった。
ハル・バラン、こいつはなんか掴みどころがないに尽きる。
16歳とのことだが、年齢以上に落ち着いて見えるのは王族として生まれ、色々な経験をしてきたからのか。その割には偉そうに振る舞うこともないし、達観している印象だ。
さくらさんは何のためにここに誘導したのだろうか。話の流れを聞けばモモなら、俺に頼んでみてはと提案するとわかっていただろうし、面倒なことを後回しにしたのは確実だとは思うけど、考えがなかったってことはないはず。
モモもエリゼも自分で選択して、自分で変わっただけだし、俺に何か期待しているのであればこちらはえらい迷惑な話である。労働力として、いてくれるのは嬉しいけどさ。
9月が終わって10月になれば麦に加えて田んぼの管理も増えるので大忙しになる。ハルは今のところ文句を言わずに黙々と働いてくれている。
彼にはカリスマ性があるのか、人に好かれるたちなのか、信者である勇者の末裔以外にイールにも懐かれている。
「今日はハルとお風呂!」
「今日はハルと寝る!」
「ハルとお昼寝!」
「ハル、本読んで!」
「動物のお世話、手伝って!」
「父、ウザい!」
お、お前、まさかイールを狙ってるんじゃないだろうな? 少しハルにべったりじゃないかと、たまには父とお風呂に入って一緒に寝よう。本の読み聞かせまでつけちゃうぞ! ってな話をしたら渋い顔された上にウザいと言われて、昇天しかけてしまった。
落ち込みながら、田んぼへの田植えを頑張り、作業が終わって、水面から少し顔を出す苗を座って眺める。
本日は晴天なり。気持ちいい天気だ、横には手伝ってくれていたハルに田んぼを眺めていた姉さん。
「にゃーん」
「子供は大人になるというのは早いと言いますけど、突然じゃないですか。モモもそうだったなぁ、ガンジュさんや他の人と会って、成長したもんなぁ。イールももうパパ断ちかな。おい、ところで少年よ。本気でイールを狙ってないだろうな?」
「勘弁してください」
「イールじゃ不満だって言うのかね!」
「そういった意味じゃないんですけど。どちらかと言えば、僕はエリゼさんが……」
エリゼ? 道中で助けらたんだったけか。正直エリゼはどこに嫁に出しても恥ずかくないとは言い切れない。勿論、悪い意味ではない、アグレッシブで少し独特だしね。
モモとは違って専業主夫をしてくれるような相手の方がいいと思うんだけど。
「エリゼも立派な大人だし、そこは自由だけどさ、どんなとこに惚れたんだ?」
「カッコいいとこです!」
ああ、エリゼはカッコイイよね。ヒーロータイプだし、颯爽と助けられれば惚れもするのか?
「僕は主体性がないですから。ああいう、グイグイ引っ張ってくれそうなとこ憧れちゃうんですよね」
「逆にエリゼはただ引っ張ってほしい、みたいな男は好みではないと思うぞ」
「わかります。そうでしょうね。だから結局は憧れだけなのかもしれません」
思ったよりも客観的に自分を見れているんだな。わかっているなら、変わろうとか、振り向かせてやる、みたいな気概はないのだろうか。
「自分が流されるままで、中途半端なことはわかってるんです。だから自信も持てないし、いっそのこと皇帝にならなくても気ままにまったり暮らせればいいかな、なんてのも思うんです。ここまで来たのもレイや、周りに言われてって感じですから。どうです? 生意気で嫌な人間でしょ」
「そうか? 周りに期待されて、皇帝になってくれって言われてるんだから、それだけ信頼されてて、すげーと思うよ。それに本当にダメな人間ならいくら周りに言われても動きすらしないだろうし。その点で言えば死ぬような思いをしてここまで来てるじゃないか。マイナス思考な奴だとは思うけど、生意気だとか嫌な奴だとは俺は思わないよ。そう自分を卑下するな」
「にゃーん」
えへへ、俺も大人になって、若者に偉そうなことを言うようになったでしょ? でも俺が思ってる本心ですよ。
「俺なんて、誰が何を言ってもここから出るつもりはないぞ。だって外の世界は怖いからな。外で生きているだけで尊敬に値するよ。まぁ食いねぇ」
弁当箱から握り飯を取り出す。個人的には海苔を全体的に巻くよりも、持ち手のところに小さい海苔を巻いている方が好み。
晴天の中で田んぼを見ながら、おにぎりを頬張る。これぞ至高よ!
「これだけですか?」
「ん? 握り飯の美味さがわかってないな? 米はおかずと一緒に食べてもいいけど、単体でも美味いんだぞ」
米の甘さと絶妙な塩加減が最高だ。
懐疑的だったハルも気に入ったのか、あっという間に2個を食べ切ってしまった。
「それで締めはこれよ。少しぬるめの緑茶」
「こんなに暑いなら、冷たいお茶の方がいいんですけど」
「おにぎりも美味かっただろ? これも飲んでみろ」
緑茶、最高。これだよなぁ、米とお茶ってなんでこんなに合うのかな。
「いいですね」
「だろ?」
少しは元気が出ただろうか。
美味いものを食って腹が膨れれば、プラス思考にもなるんじゃないかなって俺的な勝手な考えだ。
偉そうなことを言ったものの、最終的に皇帝になるとか、答えを出すのはハルだ。
別に皇帝にならないって選択肢もあるわけだし、妖精達を連れてきてくれた恩もある。できるだけハルが出した答えを応援してやりたい。
「ハルー」
「ハル様見てください!」
子供が2人、自分の拳くらいの巨大なおにぎりを持ってきた。
イールの手はそこまで大きくないからまだいいが、もう1人のでかい子供が作ったおにぎりは問題だ。
「レイ、大きすぎでしょそれ。自分でちゃんと食べてくださいよ」
「せっかく、ハル様のために握ったのに」
ハルの口にはイールのおにぎりが既に詰め込まれている。羨ましいと思う反面、水多すぎたせいかベチャベチャの米の塊を口にグイグイと押し込まれている姿を見ると、少し申し訳なくなってくる。
「自分で食べるか−−なんか不味くはないがただ米を食べてるだけで、これはなんだか微妙だ」
そう言いながら巨大な米の塊を平らげてしまう。たぶん、デカすぎて塩加減とかのバランスが悪いのだろう。
「うっぷ。イールさんもレイも、バランスと言うのが大事なんですよ。シンプルな料理だとは思いましたが、作り手でここまで違いが出るとは」
「ハル、美味しかった?」
イールが満面の笑みで問いかける。答えなんて一つしかない。気持ち悪くなったのか、真っ青な顔をしたハルは無言で首を縦に振って、イールの頭を撫でていた。




