3ー39 ご挨拶
見慣れた道を進む。虫や鳥、獣の息遣い。帰ってきたんだなぁって実感ができる。
「モモ様、こんなに辛いなんて……」
「だから言ったじゃないですか。ついてこない方がいいですよって」
夏休みになって家に帰る途中の森でルルイゼとサイラ君は地面にへたり込んで、弱音を吐いている。
ルルイゼはともかく、サイラ君は卒業後に旅をするならもうちょっと鍛えた方がいいと思う。今回は夏休み期間は丸々、家にいられるし、イールを鍛えるついでにサイラ君も鍛えてあげよう!
「モモさん、なんか怖いこと考えてない?」
「怖い? 考えてないけど」
「サイラ様、モモ様の感覚は常人とは違いますからそんな聞き方では、明確な解答を得られませんよ」
「誰が常識がないって言うのよ」
「そこまで言っていませんよー」
2人のペースに合わせながら休み休み、森を進んでいくと草むらから白い毛玉が飛び出してくる。
「大福様!」
「わん!」
今回も迎えにきて来れたんですね。
大福様を体全体で受けてともて、モフモフと揉みしだく。
見たことのないルルイゼに反応してか、鼻をひくつかせながらジッと見つめる。
「初めまして、大福様。ルルイゼ・ソードと言います」
無言のまま見つめる大福様。
「わん」
「そうですよね、ルルイゼは心根が腐ってますから」
「ここまで来てダメだってことですかそれは!」
ルルイゼが珍しく心の底からショックを受けている。何を企んでいるのか知らないが、大福様の中でも危険な人物の判定らしい。
「今回限りでもダメですか? 私がちゃんと監視しておきますから」
「わん」
「ルルイゼ、物を盗んだり、変なことを画策しないことを約束できるなら、ここから先に進むことが許可されました」
「モモ様に誓って約束します!」
性格はひんまがっているけど、殺意があるわけでもないし、基本的には理性的な人間だから大丈夫だとは思う。
大福様に先導されて森を進む。今回はなんとかサイラ君も最後まで完走をしていた。
ルルイゼについては家が見えた瞬間にもう歩けないと倒れ込んでしまったので、仕方なしに背負って運ぶことにする。
「モモ、おかえり」
「お父さん、ただいま」
「ももーねー! んっ?」
イールが抱きついてくるかと思ったら、背中に背負う異物を警戒している。
嫌いとも好きとも反応できない微妙な顔をしていた。イールもこんな顔するんだね。
「イール、渋い顔してるけど、大丈夫か?」
「たぶん、ルルイゼを警戒してるんだと思います。腹黒女ですから」
「あの、義父さん!」
「誰が義父だ!」
「もう、戯れてないで、家に行くよー」
お父さんとサイラ君が早速仲よさそうにしててよかった。
今回、サイラ君は客間使うだろうし、ルルイゼは私の部屋でいいかな。部屋に担いで持って行くと、部屋着を貸して、布団を敷き、寝ているように話しておく。まだ昼間だし、お風呂とかも夜でいいよね。
リビングに行くと、既にお茶が出ていて、サイラ君の上に座るイールと対面には杏お姉ちゃんとお父さんが座っている。距離は少し近い気もするけど、いつの間にそんなに仲良くなったんだろうか。
「にゃーん」
「確かにモモが選んだことですからね。俺らがとやかく言うことではないですけど。ただ国のためとは言えもう1人、嫁を作るって言うんですよ?」
「にゃーん」
「世界観での違いはありますけどねー」
どうやら、ルルイゼの件で話をしているようだ。
「僕だって不本意なんです。種馬みたいな扱いで」
「そうだったの?」
「モモさん!」
「私はどうとも思わないし、サイラ君が本当に嫌なら断ればいいよ。最悪は私が守るし」
「やだ、うちの子がイケメンすぎ!:
私の感覚では特に問題はなかったけど、サイラ君はそうでもなかったようだ。相談してくれればよかったのに。
「それに最終的には自分の子供を生贄にするみたいで嫌なんです」
「だったら、ちゃんと王様をやればいいんじゃない?」
「自信がない……です」
「私もいるし。どうせ、寿命は長いから少しくらいなら付き合うよ」
サイラ君の隣に座って、背中をさする。話していると、いつの間にかお父さんも杏お姉ちゃんも、縁側や台所に行ってしまった。
悩むサイラ君を一旦、イールに任せて台所でお父さんの手伝いをする。
今日の夜ご飯はなんだろうか? コトコトと音を立てている鍋を覗き込むと角煮がぎっしりと詰まっている。美味しそう。
「サイラ君も難儀なことだな」
「うん、優しい分、割り切れないんだろうね」
「モモは抵抗ないのか? 別の女性と子供をもうけるんだろ?」
「うーん、全然知らない人だったら嫌だけど。性格は悪いし、ムカつくことも多いけど、ルルイゼならまぁいいかなって」
「思ったより、エリゼの従姉妹のこと気に入ってるんじゃないか」
「お姉ちゃ−−エリゼ程じゃないよ」
「無理せずお姉ちゃんと言っておけばいいんじゃないか? 要はエリゼ程ではないけど、最終的には家族になってもいいくらいに認めてはいるんだろ」
家族になってもいい。そこまで考えたことはないけど、そうか。そのくらいには思っていたのかな。
角煮がトロトロに煮詰まる頃に、ルルイゼが部屋着のまま、寝ぼけ眼でのそのそとリビングにやってきた。




