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第57話 最強の援軍。

 

 懐かしい感覚だった。

 胸の中にある温かみを感じて目が覚めた。


「お兄さん……」


 俺のシャツを掴んで寝息を立てる様子は、天使のように可愛らしく、実に安心しきった表情だ。


 夜中のうちに殺されるんじゃないかと少し焦っていたけれど、好感度システムの恩恵は敏感に殺意を感じる。


 いくら暗殺者とてそれは欺けなかったのだ。


 日は完全に昇りきっていないようだ。

 どんどんと空が白む様子を窓から眺めていた。


「……もう、朝?」


 瞼を擦りながら、ユエも目を覚ました。

 ああ、起こしてしまったか。


「おはよう」


 どことなく漂う『事後』感。

 誓って言うが、本当に俺は何もしてない。



 チュンチュンと鳥が鳴いている。

 穏やかな朝日が射し込む心地の良い朝を、男女二人が同じベッドの上で迎えたのだ。


 乙女的反応の一つを見せるかとも思われた。

 だが、俺の浅はかな想像等、暗殺者ユエは容易く凌駕するのである。ユエはずいっと身を寄せて俺に抱きつくと。


「ちゅーしてくれたら起きるー」

「面倒可愛い付き合いたての彼女かよ」


 なんて事だ。

 まさかユエが壊れていたなんて。


「ユエ、起きろ」

「んんっ、やぁー!」


 ジタバタジタバタ。


「……」


  誰だこいつ。


 自分で吹き飛ばした布団を探して、おろおろと辺りを見回すユエはあまりにも滑稽だった。次第に身体が冷えて、ようやく目を覚まし始めたのか、微睡んでいたユエの双眸が開かれていく。


 完全に起きた時が、今からでも少し怖いな。


 □■□


「忘れてください」

「いいや、末代まで語り継ぐ事にする」

「死にます。さようなら」


 案の定だった。

 ユエは虚ろな目で窓に手をかけた。


「はっ、そうだ。ここから飛び降りれば……」


 それはまるで迷いのない、英雄のような立ち姿。

 死線をさまよった暗殺者たる『黒精種(ダークエルフ)』の見せる、そのあまりの完成された美貌は、この世の多くの男性を虜にさせる事は間違いない。


「ここ二階だけど」


 だが、やろうとしている事はあまりにもアホで、見るに堪えないというか頼むから落ち着いてくれ。


 てか、()()()()()()がもっと懸念すべき事項だろうに。


「落ちても多分軽い捻挫で終わると思う」

「じゃあどうすれば!」

「忘れればいいと思う」


 ジロっと俺を見た。

 なんでそこで俺を見る。


()()()()()()()()()()

「ダメだからね?」


 ルナに似て、生意気な奴隷だ。

 思わず俺の口から自然と笑みが零れていた。


 □■□


 ()()を済ませた後、冒険者ギルドへと赴いた。向かったのは俺一人だ。


「ランドルフ?」

「遅かったじゃねぇか」


 待ち合わせした彼女みたいな挨拶をするのは、ここから少し離れた店を経営する店主。只者ではないと感じさせる巨躯で乱暴に椅子に腰掛けた。


 俺が怪訝に見ていると、ランドルフは「ふんっ」と荒く鼻から息を吐く。なにか不満か、と言いたげだ。


「俺は冒険者って言ったろ。なら、来ない訳ねぇじゃねぇか。それともなんだ、知人を見捨てる薄情やろうとでも思ったのか」


「いや、そんな事はないけど……」


 思いかげない助っ人にただ困惑していたのだ。

 俺は満を持してランドルフを『視る』。


【ステータス】

 名前:ランドルフ レベル:82 

 HP2382/2382 MP1450/1450

 称号:【王家の御旗】

 ギルド:《月杯の盃(オリオン)

 ユニークスキル:【風林火山(アーレース)

 EXスキル:《限界突破》A《武術家》S《全体強化》SS

 スキル:『威圧』B『敵感知』B『剛腕』S


「(シンシアよりレベルが上……!?)」


 シンシアが王国最強じゃない……どういう事だ。


「俺のステータスを視たのか」

「……お前は何者だ?」

「元冒険者。『プラチナ』のな」


『プラチナ』。冒険者界の最高階位……ッ!!

 名実共に最強だとでも言うのか。


「疑問に思っているだろう。何故俺程の実力者が、なぜ引退したのか。そして()()()()()()()()()()()()()()


 ある程度予想は出来る。


「最初の質問の答えは……恐らく足だ」

「ん?」


 店長の横で俺は働いていたから分かる。

 微妙な重心移動のズレ。それが本当に細やかな、取るに足らない違和感だとしても、彼ほどのプロならばそれは明確なラグだ。


「足を怪我して引退したんだろう」


 勿論、そうじゃないかもしれない。

 でも俺は一番可能性があると考えている。


「二つ目の質問の答えは……冒険者時代のランドルフが、今とはもっと別の───例えば顔を隠すような何か。被り物でもしていたんじゃないか? 誰も本当の彼の素顔を知らないなら、『鑑定』系のスキルを持っていない限り、正体を掴むのは難しい」


 体付きや声質も判断材料になるだろうが。

 それだけ英雄的な立ち位置の彼は、皆から羨望を集める反面、孤高という名の孤独を味わっただろう。


「どうだろうか?」

「おしい、な。半分は正解で半分は不正解だ」


 いくら俺でも全てを理解するのは無理だったか。

 ランドルフの席の向かいに俺も腰かけた。



「俺は確かに足を悪くした。だが、それが冒険者を引退する原因になった訳じゃない」


 当時の情景を思い浮かべながら、神妙に呟く。

 それはまるで、己の罪を告白するかのような、後悔を滲ませた表情で。唇を噛み締めて震わせる。


「大切な人を……失ったんだ」

「……」


 そう、だったのか。

 俺を励ましてくれた時のあの言葉。

 他の奴を犠牲にしてでもってのは、ランドルフが実際に経験した忘れられない記憶を元に紡いだ言葉。


 悔しくて、何度も泣き叫んで。

 されど闇に呑まれたランドルフの最愛(大切な人)は。



 ()()()()()()()()()───。



「お前は諦めるな。俺みたいに冒険から逃げるな。必ず自分の手で、その少女を取り戻せ」


 心が瑞々しく震えた。

 本心からの訴えに、じわっと感情が溢れ出していく。


「その為の手伝いなら、俺はなんだってしてやるさ。俺の二の舞になんてさせねぇ……これが俺のケジメだからな」


 ランドルフは立ち上がる。

 そして徐に()()()()()()()()()()()()───。


 ()()()



「……おい見ろ、あの仮面って」

「ああそうだ、間違いない。『御旗』だ!」


 鉄仮面を付けた瞬間だ。

 全員がワッと声を上げた。


 それは通常ではありえない、"魔法的"なナニカが作用した結果引き起こされた事象だ。


「《鑑識眼》」


『英雄の鉄仮面』

 ランク:SS

 スキル:『盲信』


 それから次々と装備を取り付け、最後に旗を肩に提げた。御旗と呼ばれる理由が分かった。


「討伐隊に『御旗』が参戦するんだってよ!」

「本当か!? 数年前に姿を晦まして以来、ずっと現れなくて既に死んだと思われていたというのに」


 だが、当のランドルフは殆ど気にしていなかった。壁に立てかけられて安置されていた装備に目を配ると。


「おい、ここにあるものは自由に使っていいのか?」


 俺に問いかけた。

 指先が指す物───それは。


『グラディウス』

 ランク:S

 スキル:『猛毒』『斬撃』『恐慌』『呪詛』『狂乱』


 純国宝級の武器。俺が盗賊から強奪した代物だ。ジンエイの補修を受けた後に、冒険者ギルドに管理して貰っていたのだ。


 誰もがその禍々しさと圧倒的な威圧に触ろうともしなかった、魔剣とも呼べるそれを軽々しく持ち上げると、肩に当ててひょいっと手にした。細枝を扱うようだった。


「こいつはぁ、いいな……」


 英雄ランドルフ。

 俺はこの日、最強の援軍を味方につけた。

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