子供のしたこと
「辻村さんは奥さんに『死体』とは言わなかった。
土に埋もれた幼児服から連想した『幼児の死体』
彼にとっては、実存しない幻覚。つまり『幽霊』だった」
「そん時は幽霊みたいなモノだったのかな。写真で確認して、ハヤト君が着ていたと分かって……その後『悪戯は幽霊の仕業』と怯えていたのは? 死体の仕業って意味?」
「『死体のせい』って意味かも。悪質な悪戯は死体の上に車を停めていたせい、だと思った」
「それって、ハヤト君を殺した犯人が、死体埋蔵場所から自分を追い払おうと嫌がらせをしている、って事?」
「突飛な推理では無いでしょ?」
「それって、生徒の悪戯では無く、犯人が学校の中に居るってワケ?」
「今、まさか、そんなって、思った?
辻村さんも同じように、まさか、と思った。
……小学校に28年も前に失踪した子の服があったなんて、事が大きすぎる。
似ているだけの別の服でないとは限らない。手作りだと知らなかったかも。
思い悩んでる間も、悪質な悪戯は続く。
やはり死体があるからか、疑いは日増しに濃くなり怖くなり、
……カオルさんに全て話そうと決心した」
「けどさ、ハヤト君の遺体は無かったんだ」
「そうね。なんで服だけ学校に埋めたのか……セイはどう思う?」
「そこが一番、謎だよ。証拠品だろ。犯人は処分したいだろ。燃やすとか山の中に埋めるとか、バラバラにしてゴミ箱に捨てるとか、するだろ。なんで小学校の動物墓地に埋めたのかな」
「子供がした事、とは思わない?」
「小学生が?……犯人が落っことしたのを拾ったとか?
一旦子供の手に渡れば、その先は大人には想像が付かない展開にはなりそうだ」
「そうよ。大人には想像が付かない。子供が手にしたカバーオールの行き先は、無限かも。けど、セイ。大人の犯人が被害者の服を無造作に捨てるかしら。……不注意で無くすかしら……ハヤト君の服と知らなければ、ただの着古した幼児服でしか無い。そんなの、小学生が拾うかしら」
「マユは、……ハヤト君の事件は、子供がしたこと、だと言いたいんだね?」
「ええ」
大人では思いも寄らぬ出来事で
ハヤトは消え
ハヤトの服が校庭に。
「犯人は子供だったとして。……今は大人だよな」
「そう。……ねえ、辻村さんには、お兄さんが居るんでしょう?」
「うん。写真で見たよ」
「何歳違い?」
「えーと。7、8才かな」
「事件当時、辻村さんは3才か4才ね。お兄さんは10才位。記憶がハッキリしている年頃だわ。会って当時の話を聞けないかしら?」
「お兄さんが覚えている些細な事実が手がかりになるかも知れないと? 分かった。カオルに話してみるよ。奥さんを通じて連絡が取れるんじゃないかな」
「弟の死が、ハヤト君事件と関係があるのか、お兄さんも知りたいと思うわ」
聖は早速、マユの提案を薫にラインで送った。
翌日、
(大晦日に辻村の兄ちゃんに会いに行くで。19時に西大寺駅前ロータリーにロッキーで迎えにきて下さい)
と返信があった。
辻村の兄は、(奈良県南部国道沿い)ファミリーレストランの店長だった。
(何時とは言えません。手が空いたときに時間を取ります。
都合の良い時間に食事しに、来て下さい)
との事だった、らしい。
それで、夕食客が減ってくるであろう午後8時に、客として行った。
「アンチョビピザ、ムール貝、白ワイン。まず、こんだけ」
薫はメニューも開けずに注文票に、さっと書く。
「安いのに、ここのワインは美味しいねんで」
嬉しそうな顔して、
メニューと注文票を聖に廻す。
「へえーっ。知らなかった」
「セイ、覚えといて、また、飲んでみいや」
聖の車で
聖の運転で、と指定された理由が見えてきた。
今晩の薫は公務外で、自分だけ酒飲むらしい。
ちょっと悔しいがメニューを開けると
気分は上がった。
どれも美味しそうで、安いじゃないか。
外食など年に数回なので、メニューを見るのさえ嬉しい。
(こんど、コレ作ってシロと食べよう)
とか思いながらパスタとサラダとピリ辛チキンを注文した。
「辻村です。弟の葬儀においで下さって有り難うございました」
辻村の兄はワインと共にやってきて、薫の横に座った。
長身で彫りの深い顔立ち。
写真で見ただけの弟より派手で若い雰囲気。
兄は、ポケットから紙キレを、メモを取り出した。
「刑事さん、あの日弟はハヤトと一緒でした。3棟4階のヒラタジュンコが団地の公園から自分の家に連れて帰りました」
「ヒラタジュンコ、報道でハヤト君の母親が声を掛けたAですな」
薫はワインを飲みながら言った。
「ヒラタと5棟のウエダナオミが一緒でした」
「なるほど」
薫は手帳を出し、書き留めようとする。
辻村兄は
「ここに書いていますから」
早口で言い、メモをテーブルの上に。
この会談に長く時間は取れない様子。
「弟とハヤトをヒラタ達が家に連れ帰るのは日常、でした。ペットを可愛がるように、ままごとのように、小さい2人を扱っていました」
そこで辻村兄は、言葉を切り次の言葉を選びながら語った。
「あの日、自分の母もハヤトの母親も、いつものようにヒラタ達が2人と一緒だと思っていました。でもヒラタは知らないと言った。ハヤトの母親がヒラタの家に行ったとき弟だけが居たのです。いつも、いつも、面倒を見て貰っていたので、ヒラタが嘘を付いているとか追求できる立場では無かった」
「そら、そうやな。小学生の女の子に、『なんでうちの子をちゃんと見てなかったんや』と、言えんな。なしくずしに、便利やから小学生に幼児を預けていた、なんてな」
事件当時、団地内では当たり前の事だったかも知れない。
幼児や赤ん坊の無料のベビーシッターとして、小学生を使った。
子供が幼児の面倒を見る。
なんて、危険は無かったのか?
「ヒラタがハヤトを死なせてしまったのではないかと、母は言っていました。団地のオバさん達も言っていました。けど、自分たちは黙っていよう。警察が調べれば分かると」
わざわざ親しい団地住人を警察に売るべきではない。
暗黙の了解が皆の口をつぐませた。
「しやけど(そうだけど)迷宮入りになりましたな」
「ええ。警察が調べてもハヤトは見付からなかった。それならばヒラタは関係ない。他所から来た誰かに連れ去られたんだと。事件は団地の住人とは無関係だと自分も思っていました」
ハヤトの母親は当時、子はハヤトのみで母子家庭。事件後数年で再婚し引っ越した。
自分は高校卒業まで団地におり、神戸の大学に行き就職、たまたま奈良の店に配属。
弟は自宅から大阪市内の大学に通い、東京でサラリーマン数年。
のちに、職を替え奈良に戻ってきた。
と、早口で説明する。
「ヒラタ、とウエダの消息は知ってはる?」
薫も早口で聞く。
話している間にどんどん客が入って来ている。
店長は、そう長く油を売っていられない。
「刑事さん、全然知らなかったんですけどね、2人、弟の葬式に来ていたんです。学校関係者の中に、おったんです」
辻村兄は半分腰を浮かせている。
視線は店内に(仕事の方を)向いているが
声は、押さえ込んでいた怒りと悲しみが溢れたように1オクターブ高かった。
「へえーええ。2人揃って、おったんでっか」
薫は驚きすぎて腰が浮き、
辻村兄の肩を握る。
「お兄さん、1つだけ確認。調べる手間省きたい。お兄さんとヒラタとウエダ、つまり団地の子は、あの小学校やったやね?」
辻村兄は、薫の問いに
しっかりと頷いた。
そして、身振りで
(スミマセン、混で来たので)
と謝り、席を外した。