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今夜の薫は優しい

メリー、クリスマス

と、結月薫からライン。


「あ、そっか。世間はクリスマスイブ、なんだ」

年内期限の仕事が重なり忙しかった。

ここ数日、1日の大半、作業室に居た。


時計を見れば午後4時。

「今日は早めに終了、でいいか。フライドチキンとケーキ買いに行こう。

シロも喜ぶ」

作業室から出る。


すると、美味そうな臭い。

まさにフライドチキンの。


「へっ?……来てたの?」

応接コーナーのソファに結月薫が居た。



「メリークリスマス」

薫はテーブルの上を指差す。


フライドチキンクリスマスセット、の箱

ワインが2本

ケーキの箱。

良いにおいが籠もる辺りを

そわそわ歩き回っているシロ。


「サプライズや。どや? セイ、嬉しいか?」

 優しい目をして聞く。

「うん」


「腹減ったやろ。温かいうちにチキン食べよか」

言って、まずシロにフライドチキンの1ピース与えた。


「グラス取ってくる」

 聖は作業室に戻り

 冷蔵庫の中を物色した。

 チーズとサラミがあるのを見つけ、

 ステンレスのトレイに載せた時に

 (薫は何て優しいんだ)

 と思わず呟き、

 次に疑問が湧いてきた。

 (ちょっと優しすぎないか?

  今夜の薫、なんかいつもと違っているような……)


向き合って座り、ワインを口に含んだ時点で

今夜の薫のどこがいつもと違うのか気付いた。

黒いスーツに黒いネクタイ。

どうやら葬式の帰り、らしい。

服も着替えず此処へ直行。

理由があるに違いない。

 

妙に優しいのは

辛いからか?

大切な人を亡くしたのだろうか?


「誰が亡くなったの?」

単刀直入に聞いた。


「高校の同級生やねんけどな、」

「……若いんだ。事故?」

「……事故らしい」


「友達が事故で亡くなったんだ。キツいな。まあ、飲もうか」

 聖は薫の心情を思いやる。


「うん。これはショックやな。あ、でも、友達ちゃうねんで。正直全く覚えてないねん」

「そうなの?」

 亡くなったのは友人では無いのか。

 では何がショック?


「セイ、死んだのは辻村いう奴でな、職場に電話してきたんや」

3日前の朝10時に警察署に電話してきた。 

高校の同級生、というが記憶は無い。

 (後にアルバムで確かめた。顔を見て思い出すことは何も無かった)


「用件は何だったの?」

「会って話を聞いて欲しいと言うねん。何の話か分からずじまいや。死んでもうたから」

 同日午後6時に近鉄奈良駅前のファミレスで会う約束をした。

 しかし辻村は来なかった。

 30分待った。

 電話は無い。

 架けても出ない。


「すっぽかされたと思った。ちょっと腹立ったけど、どうでもいい事や。

それが、昨日辻村の嫁からの留守電が入っていた」

 

 本人が事故で亡くなった事と

 葬儀の場所(奈良県T市)と時間を知らせるメッセージだった。


「ほんでな、行ってきてん。来る途中で事故に遭ったんかも知れんやん」

 自分に責任は無いが

 会う約束をしていたのだし

 葬式には行くべきだろう、と。


「葬式行って、何か分かった? その人がカオルにどういう話をしたかったのか、推測できた?」

 

 親しくもなかった同級生が

 話を聞いて欲しいといってきた。

 薫が警察官と知ってのコンタクトではなかったのか?

 身の危険を感じていたのかも。

 ならば薫と会う直前の事故が

 事故で無いかも。

 刑事に相談する前に何者かに事故を装って殺されたんじゃないのか。

 

 聖の頭に浮かんだ疑惑を

 薫が考えない筈は無い。

 

「うん。嫁さんが俺と会うことは知ってた。ほんでなコレを渡された」

 上着の内ポケットから折り畳んだ紙を取り出す。

 広げて見せる。


 絵が描いてある。

 子供の絵、だ。


 

「セイ。よおく、見て」

 鉛筆書き。

 色鉛筆で衣服に色を足してある。

 素人が丁寧に書いた絵。

 

「よちよち歩きくらいの男児で黄色いカバーオール、胸にキリンの刺繍、

 髪は薄い。……裸足。セイ、そうやな?」

「そうだけど……この子は何?」


「あんな……聞いておどろきなや、……幽霊、やねんて」

「ゆうれい?」

 また幽霊?

 と聖は言いたかった。


 また薫は幽霊話を持って来たのかと。


「これは辻村が書いたんやて」

「この幽霊を見たのか?」

「そうや。暫く前からな」

「暫く前から……って事は、1回見ただけでは無いんだ」

 一度見ただけで、ここまで詳細な絵は描けないか。


「子供の幻覚を見ると訴えていた。職場でトラブルもあった。

嫁さんは精神状態を心配して医者に行くように勧めていたそうや」


だが辻村は医師に会わずに

刑事に会いに行った。 


「カオルとの接触を奥さんは知ってたんだね?」

「そうや。俺の話は聞いてた。同級生が奈良県警におると。最近、知った感じやったと。嫁さんは俺と会う予定やったと知り、最後の所持品にこの絵があったので、俺に渡さなアカンと思たんやろ」

「カオルに見せるつもりだった、奥さんはそう思うよな」


「俺にどうして欲しかったのか分からんが、死んでしもたら助けようがない。幽霊の絵を見せられても、そんなもん辻村の幻覚なら共に消え去ったと思たけど、受け取るのが筋やろうと、頂いてきた」

「貰っても困る、気味悪いから欲しくないです、って言えないよな」

「しやで(そうだよ)」

 薫は新しいワインを開け、聖のグラスに注いだ。


「クリスマスイブに重い葬式に行ってきたんだ。気分転換に此処に直行したんだな」

 今夜のワインはランクが高い。

 ケーキも(バイクで来たから)型崩れしているが高級感がある。

 

 辻村という人が事故死して、その流れで御馳走にあやかって……ちょっと恐縮。

 いや、待てよ。

 薫はまだ、気分転換に此処に来たと言ってない。

 何しに来たか聞いてない。

 

「気分転換、まさにそれや。気分転換にミナミのガールズバーでも行ったろかと思た。ところがや、根は優秀な警察官やから脳ミソの1エリアで幽霊の子と一致するデーターを検索していた」

「な、なに言ってるの?……酔った?」


「良い感じに酒が回ってきたで。……あんな、未解決行方不明案件に、この絵と一致する服装があった気がするんや」

「へっ、そうなの?」

 黄色いカバーオールに見覚えが有り、

 それは行方不明の子だと?


「セイ、行方不明リストのサイト、一緒に見て欲しいねん。マンションに帰って1人で確認するの怖いやんか。辻村が見た子供の幽霊とぴったり同じ服着た子が、ホンマに出てきたら、めちゃ怖いやんか」


ああ、なんだ、そんなコトか。

早々に確認すべきだけど

怖かったんだ


「了解。さっさと済ませよう」

 聖は行方不明子供、と入力し

 警察庁のページへ。

 すぐに

 黄色いカバーオールが出てきた。

 キリンの刺繍もある。


オカ ハヤトちゃん

失踪当時2才

1994年10月1日午後2時頃

奈良県S市、県営住宅内公園

母親が数分目を離した隙に居なくなった。


「これやな」

呟く薫の目つきは鋭い。

メッチャ怖いんじゃないの?


「この子と同じ服着た幽霊、だよね」


聖はだんだん怖くなってきていた。

28年前に行方不明になった子供の幽霊を辻村は見た。

そして死んだ。

この事実が怖い。

なんら関連性がなさそうなのが

反って不気味だ。


「俺の記憶は確かやった。S市の県営住宅やった。セイ、辻村の実家がここやねんで」

「へえーそうなんだ(実家を調べたんだ)……ハヤトちゃん失踪時に彼は県営住宅に住んでたってことだね」

 

「当時4才やな」

「少しは記憶に残るかな。行方不明当時は大騒ぎだったろうし」

「あちこちに看板も立っていた。ポスターも貼っていた。幼い子の目には居なくなった子の絵は怖かったかも知れない」

「潜在意識にずっと残っていたのが幻覚となって現れたのか」


「辻村が書いた幽霊と、この子の服装が一致するオカルトちっくな現象も説明が付くんやけど……ほんでも確認は必要やな。しかし事件性は今んとこ無い。警察は動けん、となると」

薫はここまで喋って視線を聖に。

「何?」


「セイ。助けて欲しい」

「俺が?……カオルを助けるの?」

「そう。辻村がハヤトちゃん失踪時に何かを目撃した可能性がゼロではないやろ」

「当時4才だけど」

「幼いからこそ、目撃した光景の意味がわからなかった。後になって恐ろしいことを自分は見てしまったかもと記憶が再構成された。怖い記憶ほど長く残る。ハヤトちゃんの面影は記憶の隅に有り続け、28年後に幻覚となって鮮明に再現された」


「成る程。それで幻覚があるのに精神科に行かずに刑事に会おうとしたのか」

 で?

 俺は何するの?


「まずは辻村の嫁さんに会いに行くのに付き合って。死亡原因事故の詳細も聞きたいしな。

霊能者やと紹介するから。いいかな?」


 聖の肩に手を置き

 優しい声で言うから

 嫌とは言えない。

   

「セイ、ありがとう。さあ、飲もか」

 カオルは大仕事を終えたように晴れ晴れとした顔。

 

薫は

辻村からの一本の電話で実家まで調べ上げた。

28年前の幼児失踪事件情報も同時に入手しただろう。

辻村の妻に<幽霊の絵>を見せられた瞬間に、オカハヤトだと分かったに違いない。

妻は幽霊、と言ったが、辻村は何と言って薫に見せるつもりだったかは分からない。


知らない子供の幽霊を見ると、わざわざ刑事に話す理由が考えられない。


辻村の目的はなんだったのか。

薫にどんな相談があったのか。

あの絵は、幽霊なのか?

謎を解くには1人では無理、

……そうだ、

聖がいるじゃないか。

早々に確保しとこう


薫の嬉しそうな顔を見て

喪服で駆けつけた理由が読めてきた。


薫は侮れない奴だと、

誰より怖い奴かもしれないと

聖は今更のように思った。


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