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三文小説編-3

 「赤の間」は、とても広い部屋だった。宅の上には豪華な料理や飲み物が並べられていて、私は思わずツバを飲み込んだ。


「おいおい志乃。花より団子か? ここに花がいるのによ」


 食べ物に気を取られていたので、私はこの部屋に龍神様が座っている事を見逃してしまった。


 あの時と同じように紺の着流しで、銀色の髪の毛は一つの括っていて首筋が見える。白い首筋は色気がたちこめ、私は思わず下を向いてしまう。


 しかし、龍神様は私に近づき、頬を触ってきた。これだけでも私の心臓は踊り、顔が赤くなってしまう。


「可愛い、志乃。着物がよく似合っているよ」


 真っ直ぐな言葉で褒められてしまい、私の顔は茹で蛸になっている事だろう。


「あらぁ、良い雰囲気。私はこれで失礼しますよ」


 椿さんはそう居なくなり、部屋に龍神様と二人きりになる。


 至近距離で触られ、見つめられ、私はどうしたら良いのか全くわからず石のように固まってしまうが、龍神様は、なぜかニヤニヤと笑って私を見下ろしていた。


 しかし、間が悪く悪く私の腹がなってしまった。私の顔はさらに赤くなっていた事だろう。


「あはは、可愛い志乃。じゃあ、さっそく豪華なご馳走様を頂こうではないか」


 龍神様は私をあっさりと担ぎ上げ、豪華な料理が載っている卓の前に座らせる。この行動だけでも私の心臓はもたない。


 しかし、こんな時でも腹は空き、目の前の料理が美味しそうだった。


 いつのまにか龍神様は私の隣に座り、味噌汁やご飯をよそってくれた。至れりつくせりで、かえって恐縮してしまった。


 料理も見た事もないものばかりだ。


 可愛らしい手毬寿司に、色鮮やかで新鮮なお刺身。天ぷらというのもある。私は食べた事がないが、絵で見た事があるので知っている。味噌汁も野菜がいっぱい入っていて、やさしい匂いにホッコリとしてしまう。ご飯は艶やかな白米で、ふっくらと炊き上がっている。いつもはパサパサな玄米か麦ご飯だった。しかも片手に乗るほどの量で、冷えていた。


 絵里麻に怒られてそんなご飯も隠された事もある。そんな過去が頭の中を駆け巡り、私は泣きながら「いただきます」と言ってしまう。感謝の気持ちでいっぱいだが、なぜか龍神様は口をへの字に曲げていた。


「志乃、別に感謝の気持ちを持ってそんな台詞は言わなくても良い」

「え、何で?」


 何かまずい事を言ってしまったのか。怒られると思って思わず身を縮めてしまう。奥様や絵里麻に怒られた日々は身体にこびりつき、そう簡単に変えられなようだ。龍神様を怒らせたくないという気持ちもつよまり、こんなご馳走を目の前にしても身体が強張ってしまう。


「おぉ、ごめんよ。志乃。別に怒ってるわけではないんだ。でもそんな謙虚になるんじゃなくて、もっと偉そうにしてくれよ」

「偉そうにって……」


 そんな態度は取れない。一体龍神様の地雷はどこに埋まっているのだろうか。奥様や絵里麻はある程度予想がつき、回避できる事もできたが、この男はいつ怒り出すかわからない怖さがある。むしろ、なぜ自分は殺されていないのか、疑問に思ってしまうほどだった。


「別に怒っていないよ。さあ、ご馳走を食べようではないか」

「え、ええ」


 笑顔で言われたが、怒ってるいるように見えて仕方がない。それでも良い匂いの味噌汁に負け、私は一口啜る。驚いた事に母が作った味噌汁と同じ味だった。少ししょっぱい。健康に良いから、塩やにがりを入れているのだ。


 母の形見のハンカチーフはどこかになくしてしまったようだが、この味噌の味でそんな事はどうでもよくなってしまった。


「母の味とそっくり…」

「喜んでくれたか?」

「なぜわかったの?どうして?」

「俺にできない事はない。望めばなんでも与えてやろう」

「本当に? お母様とお父様は生き返る事は出来る?」


 そこで龍神様は黙りこくってしまった。ちょっと不愉快そうに眉根をよせている。これも地雷だったのだろうか。


「それは、志乃がいい子にしていたら叶えてやろう」

「え、本当?」


 私は笑顔を龍神様に見せる。


「はは、可愛いい志乃。いい子にしていたら、そうするよ」

「本当に?」


 その言葉は私は嘘とは思えず、すっかり安心し切ってしまった。母の味噌汁を再現できた龍神様に、私は彼に心を閉ざす選択肢はなかった。


「どんどん食べろ。いくらでもおかわりしていいぞ」

「あ、ありがとう。でも、そんなに食べられない…」


 ご馳走は本当に美味しかった。味噌汁はもちろん、手毬寿司もお刺身も天ぷらも夢みたいな味がした。


「ところで、龍神様はご飯食べないの?」


 龍神様はこんなに美味しいご馳走も全く箸をつけなかった。ちびちびとお酒を啜っているだけだった。


「俺は『人間の食べ物』は食べないんだよ」


 なぜか「人間の食べ物」という部分を大きな声で言い、強調していた。


「それで生きていけるの?」


 確かに龍神様は、人間では無いのでそうかもしれないが、信じられなかった。


「ああ、別のものを食べるのさ」

「別のものって何?」

「さあ、なんだろうな?」


 龍神様はお酒を飲んで酔い始めたのか、歯をむき出しに笑っていた。


 その笑顔はゾッとするほど美しかった。銀色の髪の毛は光に透け、白い肌は色気に満ちている。やっぱり人では無いものにしか見えないが、なぜ私のような人間を生かしているのか疑問に残った。


「何で龍神様は私を殺さないの?」

「あはは。それは志乃を愛しているからだよ」

「愛してる……。本当に? 愛してくれる?」


 私は龍神様に心を開きかけていたが、心の奥では完全には信じられなかった。理由はわからないが、なぜかあの夢の中で見た男の人の姿が心に浮かんだ。


 ボロボロで傷だらけになったあの男の人がとても傷ついているような気がしたが、私はどうしたら良いのかわからなかった。もしかしたら私があの男の人を傷つけているのかもしれないと思い始めた。

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