エピローグ
ミッションスクールの受験の結果が出た。
合格だった。
しかも学力が一番だったので、特待生として学費も半分以上免除されてしまった。これは嬉しい誤算だった。最初は特待生になるのは難しいと考えていたので、余計に嬉しかった。
隆さんはまるで自分の事のように喜んでいた。
「よし、頑張った志乃にご褒美をあげよう」
「本当?」
翌日の土曜日、半ドンと言うこともあり、東京に連れて行ってくれると言う。
「東京のデパートいこう。帯でも着物でも何でも買ってやるぞ」
珍しく隆さんは上機嫌で、顔もちょっと赤かった。
「いえ、そこまでして貰うのは。それに着物に浮かれて勉強に手がつかなかったら、本末転倒よ?」
「はは、志乃は奥ゆかしいな」
ただ、上機嫌の隆さんを見ていると無下に断るのも違う気がした。ここは、素直に一緒に出かけたいと思った。
「だったら、明日の仕事が終わったら迎えに行くから待ってろ」
自分より嬉しそうにしている隆さんに違和感を持ちながらも、翌朝を迎えた。
朝から落ち着かない。
冷静に考えれば男性とどこかの行くのは初めての事で、世間ではこういう事は未婚の女性がする事では無いと言われている。
隆さんは保護者で兄のような立場でもあるので、牧師さんや太郎くんにも特に違和感を持たれなかったが。
一応、初美姉ちゃんに貰ったお下がりの他所行きの着物に着替えて、髪はマーガレットに結んだ。これは、いずれミッションスクールに通ったら毎日こんな髪型で通うつもりなので、ちょっとした練習のつもりだったが。いつもと違う髪型にして大きめなリボンをつけると、ちょっとだけ気分もあがる。
そういえば龍神の家でもこんな髪型をされたような記憶があるが、当時の記憶はもうあまり思い出せない。
「さあ、一緒に行こう」
昼過ぎ、隆さんが帰ってきて二人で駅まで行き、電車に乗る。
二人で列車の乗るのも初めてだったし、隆さんとこんな風に出掛けるなんて胸はドキドキと高鳴ってしまう。
「東京のどこ行くの?」
「日本橋に行こう。デパートがあるんだよ」
不思議な事に隆さんも楽しそうだった。むしろ私以上に顔がにやけている。
東京は久々にやってくる。受験の時も来たわけであるが、立派な建物ばかりで目が回りそうだ。
人も多い。ただ、人にぶつかりそうになると隆さんがさりげなく庇うように歩いてくれたので、何とかデパートまで到着する。歩調も合わせてくれて、感謝しかない。
デパートは、洋装や綺麗な着物姿の女性が多く思わず気後れするが、やっぱり美しい着物や帯、カバンなどに見惚れてしまった。
隆さんは、何か雑記帳に走り書きをしながらデパートの中を見ていた。
「何書いてるの?」
「これは、小説のネタにする為の雑記帳だ」
「新作順調?」
「ああ、うまく行けば春には完成して、出版社に投稿できるぞ」
その横顔はキラキラとし、眩しかった。
「じゃあ、ご褒美買うぞ!」
「ちょっと待って、隆さん!」
いつもより機嫌のいい隆さんは、財布の紐も緩んでしまったらしい。私の他所行きの着物や帯もいっぱい買ってしまった。
私の方が戸惑うぐらいの大盤振る舞いで、かえって身が小さくなる思いだった。
しかし、何故か機嫌の良い隆さんに否定的な事は言えず、思わず笑ってしまった。
「こんなのいっぱい買っても大丈夫?」
買い物が終わると、デパートのそばにある喫茶店による。こじんまりとした喫茶店だが、メニューは洋食ばかりでちょっと緊張してしまうが、機嫌が良い隆さんは何でも奢ってくれると言う。
何でもと言われると困ってしまうが、とりあえず紅茶とハットケーキというものを頼む。ハットケーキは、厚焼きのパン生地が三枚も重ねられ蜂蜜が滴り、たっぷりとクリームが乗っていた。見た目も一番豪華そうに見えた。図々しいと思ったが、つい気持ちが緩んでいた。
「大丈夫だ。きっと次の小説が出版社に認められて、原稿料も入ってくるだろう」
「本当に?」
「ああ、確証はないが、きっとそうなる」
いつも以上に機嫌の良い隆さんが不思議ではあったが、私も彼の小説は素晴らしいと思う。その可能性だって低いとは言えないだろう。私はすっかり安心してハットケーキをナイフで切り、口に入れる。
夢のように甘く、食べているだけでも頬が緩んでしまった。
「ありがとう。とっても美味しいわ」
すっかり緊張も解けてしまい、思わずそんな事まで言ってしまう。
「それに神様を出会わせてくれてありがとう。神様を知らなかったら、今も悪魔の奴隷だったわ」
ふと、頭の中の数々の映像が浮かぶ。鎖を繋がれ、悪魔達に虐げられている私。そんなボロボロの私を守るように神様に抱きしめられて、天国に迎えられる。
何故こんな映像が浮かんだかはわからないが、今の私の心はとても満たされていて、幸せである事は間違いなかった。本来なら地獄に堕ちてもおかしくない人間だったのに、イエス様が私の身代わりに死んで下さった。
神様を知らなかったら、ずっと悲劇の主人公のままで神様や親や環境を恨んで生きていた事だろう。愛される事ばかり考え、誰かを愛したり幸せにする事など頭にない罪深い存在だった。
「実は志乃…」
「何?」
「学校を卒業したらで良いんだが」
珍しく隆さんは言いにくそうにしている。コーヒーを啜り、息を整える。
「私の嫁になってください。というか嫁に来い!」
緊張しているのか顔を真っ赤にした隆さんは、吠えるように言う。
私はびっくりし、目をパチパチとさせる事しかできなかったが、どうにか頷いた。
「喜んで」
そう言うのが精一杯だったが、私の顔も真っ赤になっていた事だろう。恥ずかしくて隆さんの顔はまともに見られなかった。
本編完結です!
ご覧頂きありがとうございます。次はドロ甘番外編の予定です。




