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洗礼編-4

 この家の台所は、女中の仕事で使ってたいたので、ここの来ると実家の帰って来た様な安心感がある。


 まな板や包丁もやっぱり牧師館のそれとは違い、手に馴染む感覚が強い。


「この台所、ちょと臭いな」


 隆さんはちょっと顔を顰めた。


「そうね。流しに洗い物がいっぱい溜まってるのが原因みたいね」


 流しは汚れものでいっぱいだ。あとで掃除もした方が良いだろう。しかし、以前この家に置いて行った食糧の一部がここに置いてあり、どうやら活用したみたいである。


 隆さんに林檎や葡萄を洗ってもらう。


 私は切ったり、盛り付け係だ。林檎はウサギの形に切る。昔、絵里麻がワガママを言った事を思い出し、この切り方をした方が喜ぶだろうと思った。器用にウサギの形に林檎を切る私をみて、隆さんはちょっと感嘆していた。


「へぇ、うまいもんだな」

「一緒に働いていた女中頭の真野さんって人の教えて貰ったのよ。女学校に行けばもっと料理の事も学べるんでしょうけどね」


 無意識に声に羨ましいという気持ちが滲んでしまう。


「そうだろうね。うちの学校ではカレーやコロッケなんかの西洋料理も習うらしい」


 その発言は失言だったと気づいたのか、隆さんはちょっと気まずそうな顔をしていた。


「まあ、西洋料理も気になるけれど、和食もちゃんと出来るようになりたいわね」

「今のままでもかなり美味いぞ」

「そんな」


 不意打ちで褒められてしまい、私の顔はちょっと熱くなってしまう。


 そんな褒められてしまうと、女学校に通えない現状もどうでも良くなってしまうではないか。


 包丁の切れ味は良くないので、完璧に綺麗に切れたわけでもないが、なんとか林檎や葡萄を皿に盛り付け、絵里麻の部屋に持っていった。


「わぁ、かわいい!」


 意外にも絵絵里麻にウサギ林檎は好評だった。


 奥様は部屋の隅で仏頂面をしていたが、絵里麻は笑顔でパクパク食べていた。意外と元気そうだった。この様子だと体調不良も回復していくだろう。


「おい、お前。食べるだけ食べてそれだけか? お礼の一つぐらい志乃に言ったらどうなんだ」


 隆さんは、意外と教師の様な顔をし絵里麻を叱った。絵里麻は肩をすくめて、頭を下げた。


「志乃、ありがとう」


 私は驚いて目が飛びでそうだった。あの絵里麻はお礼を言っている。思えば、絵里麻が誰かにお礼を言っているのは初めて聞いた。


 もちろん、私にお礼を言う事も無かったはずだ。確かにちょっと怖そうな隆さんに叱られたから言ったという面も強いと思うが、やっぱり絵里麻は以前と少し変わってきているのかも知れないと思った。


 奥様も、この絵里麻の変化に居心地が悪そうだった。


「あんた達も、こんな家にいていいわけ?」


 奥様の言いたい事がすぐには分からず、私と隆さんは首を傾げる。


「私達といたら風邪がうつる。西洋の疫病かもしれない」


 奥様は泣きそうに顔を歪める。私はこの表情で奥様の言いたい事を理解した。私達に冷たいあたっていたのも、疫病を気にしていた結果なのだろう。思わず、私と隆さんは顔を見合わせてしまう。


「私は、自分に風邪をうつされても隣人の面倒は見るぞ」

「私も!」


 私達の神様がして下さった事を考えたら、それぐらいどうって事はない。それにイエス様の命令はただ一つ「隣人を愛しなさい」。


「私は神様が守ってくれているから、風邪ひかないのよ」

「私もそうだな」


 私の言葉に隆さんが頷く。この言葉は、初美姉ちゃんや太郎くんも言っていた。なぜそう言ったのか、今の私にはとてもよくわかってしまった。


「へぇ。耶蘇教のところの神様って強いのね。私も何か興味持ってきたわ」


 絵里麻はそんな事を言い、私と隆さんは重わ顔を見回せ、笑ってしまう。


「だったら教会通うか? というかうちで暮らすか? 部屋は余ってるぞ」

「二人が耶蘇教を信じてくれたらとても嬉しいわ!」

「ちょっと、あんた達何を言ってるんだ…」


 奥様は呆れていたが、なぜか涙をこぼしていた。


「良い提案だと思うのですが…」


 私はおずおずと言う。


「何言ってるんです。私はこれでもこの家を守らなければ」


 その言葉には、奥様の苦渋が滲んでいてこれ以上そんな提案する事ができなくなってしまう。


「でも、うちに教会はいつでも来て良いからな。神様は待ってる。あんた達が戸を叩くのを」


 隆さんのこの言葉のせいなのか、奥様のつられたかはわからないが、絵里麻も少し目に涙が浮かんでいた。


「辛かったな。私達の神様は、弱いものに優しいぞ」


 奥様も絵里麻も声を上げて泣いていた。何が悲しいのか、何の為に泣いているのかはわからないが、ただ、今は涙を流す時間が必要なのかもしれない。


 一歩間違えれば自分もこんな状況になって居たかもしれない。そもそも龍神の殺されtていてもおかしくなかったのだ。奥様や絵里麻の今の姿は、自分の未来だったかも知れないと思うと涙が出そうになる。


「おいおい、なんで志乃まで泣いているんだよ」


 隆さんは苦笑していたが、呆れる事はなかった。


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