再び火因村編-3
翌日朝の礼拝を終えると、さっそく隆さんとハンスさんと火因村の向かった。
川沿いの道をひたすら歩く。
秋とはいえ、日差しは強く汗ばんでくる。一応奥様と絵里麻を看病するために、手拭いや下着、果実や野菜、味噌や塩などもカゴに入れて背負っているので、少し重い。
「志乃、ちょっと重そうだな。味噌や塩なんか重いのはよこせ」
「いいの? ありがとう!」
重い荷物は隆さんが途中で半分持ってくれた。そんなちょっとした事が嬉しくて、ちょっと笑ってしまう。
「ハンスさんも今日、ありがとう。日曜日なのに」
私は一緒に来てくれたハンスさんにもお礼を言った。
「いやいや、良いんですよ。私も新婚でちょっと浮かれていますし」
そういえばハンスさんは、終始顔が緩んでいた。やはり初美姉ちゃんとの新婚生活が楽しいようで、ハンスさんは惚気ていた。
「結婚は良いものですよ。特に神様を中心に、神様に言われた通りに結婚する事は」
幸せそうなハンスさんを見るとこれ以上の説得力はない。
「隆は誰か良い女性はいないんですか?」
そんな質問をハンスさんがするものだから、私の顔は強張ってしまう。確かに隆さんは、龍神のような美男子ではないが、誠実そうな良い外見の男性だ。西洋人のハンスさんと同じぐらいの背丈だし、何より性格はとても優しい。隆さんを慕う女性が何人かいてもおかしくはない。
「いや、そんな女はいないよ」
なぜか隆さんは、私の方を見ながら呟くように言う。
「まあ、隆。結婚は神様がお決めになる事ですしね。独身も独身の賜物がありますしね。別に聖書では結婚は薦めてはいないです」
「ま、そうだな」
こうしてしばらく聖書の事を話しながら、火因村につく。火因村は、以前と違って雰囲気がおかしかった。
野菜畑はほとんど何も育っていない。水たまりがいっぱいで、土もぐちゃぐちゃだった。家屋も人気がなく、全体的にうらぶれた空気に覆われていた。
「どう言う事だ、これは」
「おかしいですね、隆」
隆さんもハンスさんもこの状況に渋い顔をして、辺りを見回していた。
まず奥様の家に行こうとしたが、その途中の太郎くんの家・藤沢家もみた。
以前の様に野菜畑はなにもなっていなかった。火因村の他の野菜畑と同じように水でぐちゃぐちゃである。
おかしいのはそればかりではなかった。
家には、「疫病を広げるな!」「子を捨てた親!」などと悪口も書かれた紙も貼られている。子を捨てた事は事実であるが、この家にはますます太郎くんを返す事はできないだろう。
「この様子だと太郎くんは、ずっと教会に置いておいた方がいいね」
「そうだな、ハンスさん。まあ、もともと太郎にはずっと居てもらう予定だが」
他の二人も私と同じ意見である様でホッとした。太郎くんは教会から追い出される不安も持っていたようなので、この事は後で教えてあげよう。ただ、自の家がこんな状態になっている事は言わない方が良いかも知れない。
ちょうどそこの一人の村民が通りかかった。
「左端さんちの志乃ちゃんじゃないか」
奥様の家の近所に住む鈴木という村人だ。
奥様や絵里麻にいじめられていた私に時々お米や卵を分けてくれた親切な老人でもある。ただ、西洋の疫病騒ぎを怖がっているのか、口の周りに分厚い布を巻いて防御をしているようだった。その姿はちょっと異様で、私の住む江田町ではあまり見かけない種類の人間にも見えてしまった。
「鈴木さん、久しぶりです」
「志乃ちゃん、この背の高い西洋人と若い男は誰だべ?」
「実は、この方に今、教会でお世話になっているの」
鈴木さんは、二人を見て相当驚いているようだ。確かにこの村の人たちからすれば、二人の体格はかなり珍しいと言えよう。
「そうか。まあ、志乃ちゃんもだいぶ健康そうになったじゃないか。よかった、よかった」
驚いてはいたが、今の私の姿を見て何か感じ取ったらしい。
「ところであの藤沢の家はどうしたんですか?」
隆さんが鈴木さんに質問した。
「そうですよ。あの家は嫌がらせでもされているんですか?」
体格の良い隆さんと西洋人のハンスさんに問い詰められ、鈴木さんはすっかりタジタジになっていた。
しかし、どういう事が教えてくれた。
この村は風邪で体調不良になるものが続出し、藤沢さんが西洋の疫病を持ち込んだと噂されている様だった。それは藤沢さんだけではなく、奥様の家もそうらしい。
「私は医者ですが誰か風邪の菌を持って広めたとかは、はっきりと照明できる事ではないですよ。というか、その人の免疫力が落ちると風邪をひくだけなんですが。体調不良を誰かのせいにするものじゃないですよ」
医者であるハンスさんが冷静に説明しても鈴木さんは頑なに意見を変えず、藤沢さんや奥様が疫病を持ってきたと主張していた。
「やっぱり龍神様を怒らせたのが悪かったんだべ」
そして、鈴木さんの結論はそんな所へ飛躍する。
「どう言う事だ?」
鈴木さんのこの言葉に食いついていたのは、隆さんだった。
「実は、ずっと藤沢さんちも不作でな」
「うそ、一時期豊作になっていなかった?」
私は驚いた声を出してしまう。
「いや、それがだんだん不作になっていって、怒った藤沢さんちの連中が神社をめちゃめちゃにしちまったんだよ」
「え……」
私は言葉を失うが、隆さんやハンスさんは冷静だった。
「それはいつの事かわかるから?」
隆さんはなぜかそんな事を聞いていた。
「確か2週間ぐらい前の…」
鈴木さんは答えた日付は、龍神が家にやってきた日の翌日の事だった。
「ま、障らぬ神に祟りなしって事か」
鈴木さんは、身をプルプルとさせながら私達の前から去っていった。




