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再び火因村編-1

 初美姉ちゃんが嫁いでしまったので、牧師館の中は空洞が出来てしまったようだ。


 隣町に住んでいるので、いつでも会えるわけだが、聖書では父と母と離れて結婚出来る。これから初美姉ちゃんの優先順位の一番はハンスさんに変わる。そう何度も気軽には会えないだろう。


 とはいえ、いつまでも寂しい気持ちを抱えていても仕方ない。


 私はこれから初美姉ちゃんがやっていた分の家事もやる事になるし、忙しくなる。いつまでも寂しんでいるばかりでは居られないようだ。


 今日も朝早く起きて朝食の準備だ。釜で米を炊き、おむすびを作る。手に水と少量の塩をつけ、三角形に握る。太郎くんもこの作業がなぜか好きなようで率先して手伝ってくれた。


「そういえば、うちの父ちゃんは手で握ったおむすび好きじゃなかったな」


 何か思い出したように太郎くんが呟く。


「素手で握るなんて汚いんだってよ」

「そう? 逆に手で握った方が美味しいのに」


 太郎くんは両親の事を思い出すと、顔が暗く曇っているようだ。


「火因村に戻りたい?」

「嫌だ!」


 太郎くんは大きく首を振る。


「自分を捨てた家なんてさ」

「そうね」


 太郎くんの心中を察すると、これ以上聞かない方が良い話題かも知れない。


「でも、僕はこの教会でとても良くして貰っているけど、いつまで居られるか」

「え? どうして?」

「僕はお金を稼げるわけでもないし」


 珍しく後ろ向きのようだ。


「牧師さんや隆さんが太郎くんを追い出す事なんて無いわよ」

「そうかな」

「イエス様に見習っている人がそんな事すると思う?」


 太郎くんはハッとして顔を上げる。


「それに追い出されるとしたら、私の方が先よ。大丈夫」

「志乃姉ちゃんの方が出ていくの?」

「そんなわけじゃないけれど」


 自分は太郎くんと違って大人に近い。世間では自分と同じ歳にぐらいの娘が嫁いでいてもおかしくない。


 確かにこの教会で追い出される事はないが、食い扶持は作る必要はあると思う。女性の働き方なども世間では報道されているが、何もない女性には厳しい。たぶん運が良ければ金持ちの家の女中にはなれる。運が悪ければ、遊女か、娼婦になる可能性もある。


 ここでの生活はとても平穏だったが、いつまで続くだろうか。すでに世界大戦や西洋の疫病の噂が流れている。新聞によると経済的にも不況で、野菜や米も不作で食糧も減っていると言う。


 そんな事を考えていると少し憂鬱になってしまったが、朝ごはん作りは意外と大変で、バタバタと台所を動いていたら、憂鬱な事も忘れてしまいそうだった。


 魚を焼き、味噌汁を作る。味噌汁は見た目は簡単な料理に見えるが、出汁をとったり野菜を刻んだり意外と大変だ。


 包丁の切れ味が悪く、ついネギも繋がってしまう。今の教会の家族は誰も野菜の切り方のついては、文句つけなかったが、奥様の家で働いていた時は、似たような事をやって注意を受けていた。


 当時は理不尽な気持ちになったが、仕事の雑さに目が余っていたのだろう。確かに自分が逆の立場だったら、一言言ってみたくなるかもしれない。当時の一方的に理不尽な気持ちになっていた自分のことを思うと少し恥ずかしい。


 聖書に書いてある通り、義人は誰もいないのかもしれない。正しい方は神様だけだ。


 そい思うと、やっぱり誰かを一方的に責める気持ちや理不尽に思う気持ちも冷めてくる。


 私はなるべく丁寧の野菜を刻み、味噌汁の鍋に入れる。この家では誰もそんな事は気にしないが、神様は見ていると思った。


 こうして順調に朝食ができて、みんなで食前の祈りを捧げ、「いただきます」と言い食べ始めた。


「初美が嫁いで志乃がご飯作るようになってから、味噌汁が味変わった?」


 味噌汁を啜ると、隆さんは首を傾げていた。


「初美のも志乃のも味噌汁も美味しいですよ」


 牧師さんはそう言って、おにぎりをかぶりつく。


「おにぎりは僕も握ったんだよ」

「おお、えらい」


 牧師さんは太郎くんの頭を撫でる。


「まあ、志乃の味噌汁は美味い。もう一杯くれ」

「はい」


 茶碗を隆さんに差し出され、おかわりを注ぎにいく。


 理由はわからないが、自分が作ったものを気に入ってくれる事は悪い事では無いと思った。

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