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キリストの花嫁編-8

 初美姉ちゃんの結婚式の日がやってきた。よく晴れた秋の日だった。


 奥様や絵里麻の居場所は、まだわからなかったが、その点は隆さんに任せているから安心して任せていた。


 心配事はそれぐらいで、平穏に日々を過ごしていた。私は食事の所作や姿勢もよくなったようだ。食前の祈りをし、「いだたきます」と言えるようになった。箸の持ち方も綺麗になり、それに関しては隆さんの注意される事はほとんど無くなった。


 むしろ、最近ちょっと甘いぐらい食事の所作については誉められているような気がしなくも無い。隆さんは、外見は厳しい人だが誠実な人だ。ちゃんとやれば答えてくれるという事で納得した。


 ただ、初美姉ちゃんの結婚式が近づくのは寂しい事でもあった。もう初美姉ちゃんの荷物のほとんどはハンスさんのイエスに送られ、結婚式の後は居なくなる事を感じて寂しかった。


 それでも笑顔で送り出したいと思い、結婚式等当日はみんなで忙しく走り回っていた。


 私と隆さん、太郎くん、あとこの教会の信徒さんで礼拝堂の準備をする。いつもの教壇は祭壇にように飾り付け、信徒席にも小さな白い花を飾る。いつもは地味な礼拝堂ではあるが、それだけで少し華やかだ。


 いつもは信徒席でいっぱいの礼拝堂も座席を減らし、真ん中の道を作り、白いカーペットをひく。


 これが花嫁とその父親が歩く「ウエディング・アイル」と呼ぶ道らしい。初美姉ちゃんには、父親がいないのでここでの父親役は隆さんが代行する事になる。その後は、牧師さんはとりなし、神様の前でこの結婚を誓う。


 こんな風に礼拝堂の準備は着々と進む中、私は初美姉ちゃんから呼び出された一旦牧師館の方に戻った。


 初美姉ちゃんは、すでに花嫁衣装に着替えていた。西洋風の白いドレスを着て、頭にベールをかぶっていた。


 美しい花嫁姿で、私は思わず声をあげてしまう。


「初美姉ちゃんきれい!」

「ふふ、そう? ありがとうね」


 そう微笑む初美姉ちゃんは、今まで一番綺麗の見えた。ドレスや化粧、髪型のせいではなく、表情や雰囲気などに初美姉ちゃんの心が現れているように見えて美しかった。


 初美姉ちゃんは鏡台の前に座っていたは、その膝の上には聖書が置かれていた。


「私がつくづく神様に感謝しているわ」

「え?」

「だって一人の男と一人の女が愛し合うようにお決めになったのは神様だもの。一夫一妻制は神様がお決めになった幸せな結婚のカタチよ」


 初美姉ちゃんは、もう化粧が出来上がっているのに涙を一つこぼす。


「私の母親は娼婦だったみたい。たぶん、父親は客のだれか。誰かわから無いのよ」

「……」

「私は母のようにはならないわ。そんな神様を無視した『婚姻』は絶対に親も子供も幸せになれない事は知っているからね」


 私は、初美姉ちゃんに形見のハンカチーフを差し出す。

 目を赤くした初美姉ちゃんは、それで涙を拭う。


「ありがとう、志乃。この綺麗なハンカチーフ、汚れちゃうね」

「そんな、良いんですよ」


 私は苦笑しながら、気にしていない事を訴える。


「人は神様がお決めになった事を行うと一番幸せになれるのかも知れないわね。だから、志乃。変な悪霊なんかに浮気しないで神様だけ見ていましょう」


 綺麗な花嫁姿の初美姉ちゃんに言われてしまうと、とても説得力があった。


「神様が偶像崇拝を認めないのは、本当に私たちの事を花嫁のようの大事に思っているからね」

「ええ」


 聖書は難しい部分も多く、まだわからない所も多いが、初美姉ちゃんの言葉には納得する他ない。


「思えば聖書って人間と神様の『契約』の話なのよね。エゼキエル16章では、神様の言う事を聞かないイスラエルの民に本当に怒ってるのよね。エステル記も本当はそんな血筋じゃない孤児エステルに、王様の権威を示して下さった。これは本当に私達とイエス様の事みたい」


 初美姉ちゃんの言葉は難しくてわからない部分も多かったが、聞いていると彼女と同じように泣けてきてしまう。


「イエス様が悪魔の奴隷の私達を救い出してくれて、花嫁にして下さった」

「ええ」


 私は深く頷く。


「ホセアの書というのもあるの。浮気して売春している妻を何度も買い直して連れて帰るホセアの姿も書かれている。これも本当に罪深い私達とイエス様みたいね。霊的に浮気をしていた罪人を贖って赦してくださったみたい」


 再び初美姉ちゃんは、涙を一筋流す。


「初美姉ちゃん、結婚おめでとう」


 私は心から初美姉ちゃんを祝福した。


 花嫁姿で聖書の事を話しながら涙をこぼす彼女は本当に美しく、漠然と憧れのようなものを持ち始めた。こんな風になりたいと思った。


「私もイエス様の花嫁になれるかな……」

「志乃もなれるわ、きっと。早くイエス様、再臨して欲しいね…」

「その為には黙示録のような事が起こるんだよね?」


 黙示録には終末の世界に起きる恐ろしい事も書いてあったが、花婿であるイエス様とイエス様を信じるものの婚姻の宵で終わる。


「ええ。たぶんまだ終末では無いと思うわ。あと100年ぐらいかな」

「そんなすぐ? 私は生きていられるかな…」


 意外と終末が近い事を知り、私はただ驚くばかりだ。


「わからないけれど、たぶんこの世はそう長くは続かないわね。戦争も始まって人々の愛も冷めかけている…。きっと偽預言者も大勢出てくるわね」

「そんな…」

「でも悪い事ばかりじゃ無いわよ? その後にイエス様が再臨されるのだから…。志乃、一緒に祈りましょう」


 私と初美姉ちゃんは、膝をつき祈った。



 主よ。

 来てください。

 花婿、主イエス様。

 花嫁は待っています。

 イエス様、愛しています。

 来てください、イエス様。

 アーメン。



 これだけの祈りだったが、まるで私も花婿を待っている花嫁の気持ちだった。

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