キリストの花嫁編-7
「私、奥様や絵里麻に謝りたいと思うの…」
次の日、隆と一緒に聖書や字の勉強が終わった後、自分の考えを口にした。
「奥様や絵里麻って誰だ?」
「両親が死んで私を引き取った人達なの……」
私は身の上をろくに隆に説明していなかった事に気づき、全て話す。
以前と比べると話すのも得意になってきた気がする。隆さんはしばらく難しい顔をしていたが、黙って聞いていた。
たぶん、普通の人だったら謝る事も許す事もしなくて良いと言うかもしれないが、隆さんは私が言う事を否定する事はなかった。
「イエス様が人間の中でも最下層の人になって身代わりになって貰ったと思うと……」
そう思うと奥様や絵里麻の抱いて感情もとてもちっぽけなものに思えてならなかった。
「おぉ、志乃。そんな奴らを許す事ができたか……」
「それも全部、神様のおかげね」
「でも、その奥様や絵里麻って娘はどこにいるかわかっているか?」
「絵里麻はどこかの華族の御曹司と結婚したって新聞に載っていたんだけど、奥様は……」
絵里麻もどこにいるのかわからないし、奥様の居場所ももっとわからない。
彼女達に謝ろうと思っていたが、後先考えていなかったのかも知れない。
「だったら、私が絵里麻って娘と奥様を探そう」
隆さんはちょっと胸を張って言う。
「そんな事は出来るの?」
「教え子の旦那が新聞記者だったもの居るな。あと、東京で探偵しているものも居る」
「本当?」
私は自分の顔が輝いているのが、わかる。それくらい自分は喜んでいた。
「ああ。それぐらいお安い御用だよ」
「嬉しい……。ありがとう」
本当に隆には世話になっているばかりではある。自分は何も彼に返す事はできないのに。
「何かお礼は」
「そんなの要らないよ」
隆さんはお礼をしようとする私に苦笑していた。
「私は、志乃が喜んで楽しそうにしていればそれで良い」
「本当に……?」
少し疑った目をしてしまう。しかし、すぐ考えを改める。自分だって隆さんが幸せそうにしていたらそれで良いと思う。
それは隆さんだけでなく、牧師さんや初美姉ちゃん、太郎くんもそうだ。彼らから何か貰いたいなどとも思う事は無くなっていた。
自分でも驚いた事の奥様や絵里麻も幸せになって欲しいと思った。それは心からの気持ちだった。全く無理せず自然と湧きああがるような気持ちだった。
自分はもう神様に愛してもらっている事もわかったから、誰かから奪う必要が無い。当然、龍神のように甘やかされる必要も無い。むしろ、それはとても薄っぺらい事だと思えてならない。
「隆さん、本当にありがとう」
私は再び頭を下げる。
絵里麻達の事もそうだし、こうして神様の事を教えてくれた事は感謝しかない。
今は、以前よりも恋心のようなものは落ち着いてきて、彼には感謝の気持ちばかりが膨らんでいる事がわかる。
「最初はお礼も録に言えない娘だったのにな」
そう言って隆さんは大笑いしていた。
その笑顔はとても幸福そうで、私も思わず大きな声で笑ってしまった。
「そうだ、初美の結婚式があるのは知ってるか?」
「ええ。来週よね」
初美姉ちゃんの結婚式は近づいていた。せっかく初美姉ちゃんと家族のようになれていたが、この日を境に彼女とはお別れだ。
ハンスさんが住む隣町に越すだけではあるが、寂しい事は寂しい。その為、家事ができるよう初美姉ちゃんに仕込まれている段階だった。
「初美も志乃が出席したら嬉しいと思うぞ」
「ええ、私も主席して良いって言われてるけど」
「耶蘇教の結婚式は、知ってるか?」
私は首を振る。
「良いもんだぞ。神様に誓って結婚する事は」
「そうなの?」
結婚というのはまだピンとこず、私は首を傾けてしまう。
「ああ、だから志乃も……」
何か隆さんは言いかけたが、珍しく言葉を濁していた。
「何?」
一応聞いてみたが、隆さんが答える事はなかった。




