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キリストの花嫁編-4

 その騒動の後、私は少しだけ眠った。風邪で体調も悪いのもあったが、龍神に再会した衝撃で肉体も疲れてしまっていた。


 いなくなったとはいえ、再会した龍神の事を思うと恐怖しか無い。一瞬、誘惑に騙されかけた事も後悔した。龍神の屋敷での出来事も全てまやかしだと思うと、さらに憤りを感じる。なぜ私と太郎くんだけに龍神の姿が見えるのかは不明であるが、牧師館の他の皆んなが見えないという事は、やっぱり悪霊の可能性が高い。


 そもそも悪霊とはなんなのか。


 聖書にもその事が書いてあるが、まだ漢字を学び終えていないので読めない箇所が多い。身体が治ったら、もっと勉強しようと思う。


 そんな事を考えながら少し眠り、再び起きた時は夜の8時ぐらいだった。夕暮れに染まっていた外ももう夜のようである。


「志乃、大丈夫か」


 そこへ隆さんがやってきた。お盆を抱えている。お盆の上には小さな急須と湯呑みもある。


「いや、起き上がらなくていいからさ」

「大丈夫」


 私は、苦笑しながら上半身だけ身体を起こす。


「これ、ハンスさんから分けて貰ったハーブティーっていうお茶だよ。風邪にいいとか」

「本当?」


 隆さんが注いだ湯呑みの中身は、今まで見た事も無い色をしている。緑茶よりも透き通った碧色で匂いも爽やかだ。思わず目が輝いてしまう。


「味はどうだ?」

「意外と苦く無い……? でも美味しいわ」


 一口飲むと口当たりがまろやかで爽やかだった。良い匂いを嗅いでいるだけでも、心が静まっていく。


 隆さんは、私の枕元にあぐらをかいて座りなおす。距離が少し近づき、ドキドキとしてしまう。


「風邪、うつってしまうわよ?」

「いや、私は神様に守られているから風邪はひかない!」


 太郎くんと同じような事を言っている隆さんを見て、思わず笑ってしまった。


「神様って強いのね……」

「そうだよ、強いんだよ。誰よりも」

「私も本当に信じてもいいの?」


 こんな弱くてちっぽけな自分が信じて良いのかわからないが、やっぱり龍神が消えていく光景を見せられると、神様はいるとしか思えない。さっきは、いや、さっきも神様に守られているような感覚を覚える。そもそもこんな自分が今まで死なずに生きてこれた事も神様の守りでは無いかと思ってしまう。


「悪霊って何?」


 少し疑問に思っていた事を聞いてみた。寝たお陰か、お茶のお陰はわからないが、少しよくなっているのかも知れない。


「悪魔の子分だよ。人間が神様を信じさせない為に動くのが主な仕事だ。悪霊が憑くと病気になったり気が狂う事もある。悪魔に売った魂が石になってしまうんだよな。神様が備えてくれた良心も消えてしまう。悪霊が気に入った人間には金や名誉を与える事もあるが、最終的には全員地獄に道連れにするのが目的だ。別に死んだ人間の幽霊ではなく、やってる事は悪魔と変わらない」

「地獄……。そんな」


 そういえば龍神の屋敷で見た紙に地獄という言葉があった事を思い出す。


「西洋の話ではなくて? 日本でもあり得る事?」


 隆さんは頷く。


「だって人間や動物、自然。この世界の全てのものを創ったのは神様だ。そもそも国があって言語や文化がバラバラなのも神様のなさった事だ。特定の国だけ例外というのは無いね」

「龍神は日本語話していたし、服も着物だった」

「悪霊は騙すためにその国のものに化けたりするからな。この国の神社にいる神みたいなものも悪霊だろう。他の国の女神や太陽神も驚くほど日本の八百万の神と共通点があったりするし、京都八坂神社の素戔嗚尊は旧約聖書で書かれている悪魔・バアルとそっくりだ」


 難しい事はよくわからないが、何故かそのことは腑に落ちてしまった。実際、自分は龍神にあんな目にあったし、両親と寺や神社に行っても願いが叶うことはなかった。


 それに「キリストの花嫁」という言葉。神様からみて信じる者は花嫁のように大事にしているという事は、神社や寺の神様からは聞いた事がない。私のような日本人にとって神様は上に居座っているだけの存在だったので、そんな風に思っている話など一度たりとも聞いた事がない。神様というか血の通っていないモノのような印象を受ける事も多い。


「ただ、志乃。クリスチャンになるなら、他のものは拝んではいけない」

「え? どういう事?」

「聖書でも偶像崇拝は禁じられている。ただ、決まりだから守るのではなく、神様のお気持ちを考えて偶像崇拝はしないで欲しいんだよ」


 隆さんは、言いにくそうだが、私の目を見てきちんと話してくれた。


「聖書は、神様と信じるものの『契約』の話だ。『契約』は『結婚』と言っていい。もし妻が別の男と通じ合っていたら、夫はどう思う?」

「それは悲しいわ」


 想像するだけでも居た堪れない。思わずかけ布団をぎゅっと握ってしまう。母は妾の娘で、その苦労を私に話してくれた事もある。やっぱり結婚は一人だけとするのが幸せだと思えてならない。


「だろ? 神様もそう思われているんだよ。他のものを拝む事は、神様の御心がとても痛む行為だ」

「そうなのね…」


 やはり日本の神様とまったく違う。それどころか八百万の神様としていくつも神様がいて、それぞれ何を拝んでも何でも良いという適当さも感じる。それに引き換え、耶蘇教の神様は血が通ってると思わされる。


 聖書はまだあまり読めてはいないが、まるで恋文や求婚の言葉のように見える箇所もある。正しい解釈なのか難しい事はよくわから無いが、神様が私達を愛しているのは強く伝わってくる。旧約聖書のイザヤ書には「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」と書いてあった。私達を愛しているからこそ、他のものを拝む事は許されないという事なのかと腑に落ちる。


「あの龍神について、もう拝んだり、靡かないというお祈りをしよう」

「そんな事出来るの?」

「ああ、一緒に祈ろう」




 天のお父様

 イエス様


 今日、私はあの龍神という悪霊に離婚届を出します。


 結婚式で使われた着物、草履、帯、角隠しなど霊的な婚姻を表す全てのものを神の雷と聖霊の火で焼き尽くします。


 霊界で自分が受け取った服、料理、結納金などもこの霊的な婚姻で使われた全てのものをイエス様の御名で霊の夫に返します。


 霊の夫との性交渉により身体に残された悪き刻印をイエス様の御名で消します。


 どうかこの罪をイエス様の血潮で綺麗に洗い流し、悪霊の力が無効になる事を宣言します。


 イエス様の御名前でお祈りします。アーメン。




 隆さんと声を合わせてどうにか祈る事ができた。


「あれ、すごく身体も軽いわ。心も。風邪も良くなったのかも知れない」

「本当か?」


 隆さんは少し嬉しそうに、私のおでこに手を当てる。大きな手で私の顔が半分ぐらい隠れてしまう。一瞬の事だったが、触れられてドキドキしてしまい心臓は落ち着かない。


 逆に熱が上がった気もしたが、隆さんによると熱が引いていると言う。


「これだったら、早ければ明日には元気になれるかも知れないな」


 意外な事に隆さんは、とてもホッとした顔を見せた。


「悪かったよ。ここに来て、志乃に厳しく注意をし過ぎたみたいだ。疲れさせてしまったかも知れない」

「そんな。そんな事はないわ。ちゃんと注意をしてくれて有難いと思ってる。無学で恥をかくのは、私だもの……」

「そうか。志乃はとても素直だ。いい子だ」


 また褒められてしまった。


 普段、厳しい雰囲気の大人に褒められてしまうと、やっぱり余計に嬉しくなってしまった。なぜかわからないが、この場に和やかな空気が満ち、お互い笑ってしまった。


 こうやって笑っていると、龍神との出来事全てが遠い過去のようで、あまり思い出せなくなってしまった。


「あ、もうこんな時間か」


 少し隆さんは名残惜しそうに部屋から出て行く。私も名残惜しい気持ちだったが、それを言葉にする事はできなかった。


 その後、やっぱり身体は疲れているのか眠ってしまった。何の夢も見なかった。もちろん龍神の夢なんかも見ず、翌朝目覚めたら、不思議な事に龍神の事はほとんど忘れてしまっていた。


 顔や声は全く思い出せず、かろうじてで服や料理を与えられていた事が思い出せるぐらいだった。

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