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初恋編-5

 翌日、日曜日。


 牧師館の朝は、いつもと違って慌ただしかった。

 牧師さんは礼拝の準備のために忙しそうで、初美姉ちゃんや隆さんは礼拝堂の前で受付をやったり、太郎くんや私も朝早く起きて、礼拝堂の床を磨いた。


 私にとってはじめて参加する日曜礼拝だった。父が生きて居た頃、お寺で坊主の説教は聞いた事はあったが、教会の日曜礼拝に出るのは初めてだった。


 意外な事に信徒席はぎっしり人がいた。近所の主婦や子供、学生と思われる若者も多い。牧師さんによると西洋の文化が入ってくるのと伴い、耶蘇教に興味を持つものも増えているようだ。ハンスさんの姿もあり、一番前の席に座っていた。その隣に隆さんがいる。初美姉ちゃんは教壇の上のピアノの前に座っていた。


 私は太郎くんと一緒に後ろの方に座っていた。後ろの方は子供が多く、私も座りやすかった。


 牧師さんが教壇の上に登り、教卓の前に立つ。牧師さんが司会役もこなすようで、礼拝が始まった。招きの言葉から讃美歌の演奏が始まる。


「主は大いなる方〜♪」


 綺麗な旋律の讃美歌で、初美姉ちゃんのひくピアノの音も耳に優しい。私は歌詞がわからないが、ハミングしながら参加する。太郎くんも一生懸命歌っている。みんな歌の技術が高いというわけでは無いが、神様を讃える歌が天国にも届いていく光景が根に浮かぶ。そのぐらい平和で美しい空気が礼拝堂に包まれる。ここにいるとこの世の悪いものから神様に守ってくれている様な錯覚もしてしまう。


 そんな美しい讃美歌が終わり、牧師さんの説教が始まる。

 いつもはおっとりと優しそうな牧師さんであったが、教壇の上に立つ牧師さんは凛々しく見えた。


「今日の説教の主題は『赦すこと』です」


 ところどころ言葉が難しい所もあったが、牧師さんの言いたい事が伝わってくる説教だった。


 聖書では人を赦すよう書かれている。罪深い私たちを神様が赦してくれたから。


「でも、私達人間はどこまでいっても罪深いです。お腹もすくし、性欲もある。結局自分が一番可愛いと思ってしまうのが人間です」


 その牧師さんの言葉には、思い当たる事しかない。自分は神様のように誰かの犠牲になりほどの立派な行動は一つもとっていない。


「本当は赦す事も善悪の判断も神様しかできないのかもしれませんね」


 聞いていると、胸が痛くなってくる。絵里麻の事が頭に浮かぶ。


 病気だと聞いた。自分は絵里麻を赦しているだろうか。


「だから、人の罪もお互いに赦しあって、愛する事が大切なのかもしれませんね。私達、クリスチャンは、神様に罪を赦してくれたから、愛する事もできて、人の罪も赦せるのかもしれません。神は愛ですから。人間の力だけで人を赦す事は出来ません。愛を持つこともできません。人間同士の愛は取り引きや打算ですしね」


 この言葉で今日の説教が終わり、ふたたび讃美歌演奏が始まる。


 讃美歌を歌いながら、絵里麻の事ばかり考えていた。今の自分はやっぱり、正しく無いのかも知れないと思う。


 礼拝が終わると、ハンスさんに声をかけられた。初美姉ちゃんの婚約者でもある医者だ。ここに来たばかりも診察してくれた。


「志乃さん、こんにちは。というか大丈夫ですか?」

「え?」

「少し顔色が悪いですよ」

「そうですか?」


 そこへ初美姉ちゃんや隆さんもやってきた。


「本当、ちょっと志乃。具合悪そうよ?」


 初美姉ちゃんがそう言うが、その自覚はあまり無い。ただ、少し足元がふらふらすると言うか、気分の悪さは感じていた。


 初美姉ちゃんは、私の頬やおでこを触る。


「大変、ちょっと熱いわよ、志乃」

「そう?」

「お前はちょっと寝てろ」


 はっきりと隆さんに言われてしまった。


「そうですよ、志乃さん。あとで診察しましょう」

「ハンスさん、そうしてくれるか?」


 隆さんは、さくさくと勝手に決めてしまった。


「じゃあ、志乃。部屋でしばらく休んでいましょう」


 初美姉ちゃんに自分の部屋に連れられ、布団を敷いてもらった。


「大丈夫? きっと疲れが溜まっていたのね」

「そうかもしれないけど…」


 寝巻きに着替え、布団に入るが一つ懸念している事があった。頭はふらふらして、さっきよりも気持ち悪くなって来たが、気になった。


「西洋で流行っている疫病かも知れないわ。うつしたら悪いから」

「何言ってるのよ。志乃はあっちの国に行った事あるの?」


 初美姉ちゃんは、眉毛を下げて少し困ったような表情を見せた。


「ないけど新聞で見たわ」

「だったら疫病じゃないわよ。きっと軽い風邪ね。あとでハンスさんに診てもらいましょう」

「それにしたって、風邪がうつるかも知れないじゃない」

「馬鹿ねぇ。風邪なんて誰でもひくでしょ。それに家族の誰かが風邪を引いたら、看病するのが普通でしょ」

「家族なの?」

「一緒に暮らしていたら、家族でしょ。違うの?」


 初美姉ちゃんはきょとんとしていたが、私は胸がいっぱいになり泣きそうになってしまった。


 その後も初美姉ちゃんや頻繁に汗を拭いてくれたり、食事も食べさせてくれた。


 自分も風邪がうつるかのしれないのに、犠牲を払ってくれているのだと思った。


 その事を思うと、今までの自分も情けなくなってしまった。こんな風に愛を持って人と接する事はなかったと思う。むしろ、自分の不幸を嘆いているばかりで自分から困っている人に手を差し伸べる事もなかったと思う。その事を思うと恥ずかしくもあり、居た堪れなかった。

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