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初恋編-2

 その夜。


 再び夢を見た。


 龍神の夢だった。また殴られるんじゃないかとビクビク怯えていたが、龍神はそんな事はしなかった。


 むしろ出会った時のように私の手をそっと取り、口付けまでしてきた。身体も強く抱きしめられ、いくら抵抗しても私一人の力では振り払う事はできなかった。


「ごめんよ、志乃」


 龍神は腕を緩め、私を抱え直した。


 包むように抱きしめられていたので、振り解く事は簡単に出来そうだったのに、なぜか身体が凍りついてできなかった。それに再び思考回路にモヤがかかったようになってきた。


 また口付けをされるが、余計に思考がダメになっていくのを感じていた。


「教会に居るんだってね」

「なんで、その事を知って…」

「俺は志乃の事なら全部知っているんだよ」


 そう言って龍神は優しげな笑顔を向ける。絵のようの整った綺麗な顔や髪の毛に、つい目を奪われてしまった。隆さんが悪魔が天使の姿をしていると言っていたのを思い出すが、やっぱり本当なのかも知れない。


「なあ、教会の生活はめんどくさいだろ?」

「え……」

「箸の持ち方一つどうでも良いだろう。俺は志乃が居てくれればそれで良いんだよ。俺だったら厳しく叱ったり、労働させない。美味しい料理もいっぱいあげるよ。綺麗な洋服だって全部あげるよ。ありのままの志乃が好きさ。どんなに悪い人間になっても構わない」


 水飴のように甘い言葉だった。私はつい龍神と過ごした日々を懐かしく思ってしまった。


 ただ、どうにか生き残っている思考が全力でそれを拒否していた。


「志乃、なあ、志乃。おいで。帰ってこいよ。あの竜宮城で死ぬまで、いや死んだ後も永遠に一緒にいようじゃないか」

「死んだらどうなるの?」

「さあ、どうなるんだろうね」


 龍神はニヤリと綺麗なは歯を見せて笑った。根拠はないが、嘘をついているのは感じていた。


 私は、強い力を出して、龍神の腕からすり抜ける。


 再び走って逃げた。龍神が追いかけてくるが、息が切れて死にそうだった。


 助けて、誰か助けてと夢の中なのに大声で叫んでいた。


 目が覚めたら、なぜか枕元に太郎くんがいた。まだ夜のようで部屋は薄暗い。


「志乃姉ちゃん! うなされてたけど大丈夫?」


 自分のうめき声が漏れてしまったらしい。太郎くんは心配するように私を見つめていた。


 とりあえず夢でよかったが、冷や汗が流れて今も身体は恐怖心が残っている。


 頬を触ると濡れていた。どうやら泣いているようだった。目も痛いが、心もちくちくと痛くて仕方ない。


「僕も逃げてきた時、龍神の夢はよく見たよ。たぶん術?変な力で夢で攻撃しているんじゃないかって隆兄ちゃんが言ってたよ」

「え、術? 変な力?」


 頭も混乱しているが、あの龍神だったらやりかねない事かと思った。


「でも隆兄ちゃんが祈ると、そういうのいなくなったんだよ」

「え、隆さん?」

「ちょっと待って、呼んでくるよ」

「太郎くん……」


 太郎くんは私の言う事も聞かず、すぐに部屋から出ていいてしまった。


 すぐに隆さんも一緒に現れた。寝巻き姿で寝癖もついていたが、あまり眠そうには見えなかった。なぜかいつもより鋭い目をして、あたりを伺っていた。


 私はなんとか上半身だけ身を起こし、事情を説明して謝った。太郎くんも夜に起こしてしまって悪い気持ちになる。


「いや、それは良いんだが」

「そうだよ、志乃姉ちゃん。謝らないで」


 太郎くんと隆さんが枕元にしゃがむ。二人の優しい声に別の意味で涙が出そうだった。


「龍神は悪魔だ。悪霊の類いかも知れんが、夢には入って攻撃するのはアイツらはよくやるんだよ。まあ、悪魔も悪霊も同じもんだと思って良い」

「あ、悪魔? 悪霊?」


 隆さんの言葉には理解が追いついてこないが、夢に入ってくる感覚がわかる。そもそも龍神とは出会った時から夢や幻を見せられていたと思うと納得してしまう。


「志乃、お前大丈夫か? 龍神に心を開いてないだろうな?」


 少し怖い声で隆さんに言われる。


「わからない。ただ、私は龍神様にとても優しくされて、甘やかさて……」

「志乃姉ちゃん、僕もそうだったけど、それは嘘だよ。大丈夫? 惑わされてない?」


 太郎くんにも心配されてしまったが、今の自分はおかしくなっている自覚があった。


 龍神の本性は知っているのに、なぜか甘やかされた記憶がこびりついて消えない。完璧に彼を否定することができない。


「やばいな。悪霊の働きがある」

「隆さん、悪霊ってなんなの?」

「聖書にも書いてあるが、神様に反抗する悪き霊だよ。人を惑わし、イエス様を信じさせないように動いてる。必ずしも不幸を与えない所がタチ悪いんだ。最終的には人間を地獄に堕とすのが目的さ」


 なぜか隆さんが、「イエス様」と言った時、思考が少しが元に戻った感覚を覚えた。


「仕方ない。悪霊追い出しはあんまりしたくはないが」

「でも隆兄ちゃん、このままだと志乃姉ちゃんやばくない?」

「そうだけどな。悪霊追い出しより福音なんだがな。まあ、また元に戻る可能性はあるから、あんまりしたくは無いんだが、一応やってみるか」


 二人は何やらぶつぶつ言っているが、私は何の事だかさっぱりわからない。


「イエス・キリストの御名で命令する。悪霊よ、出て行け」


 隆さんは、なぜかそんな言葉を突然言っていた。


「僕も祈るよ。イエス様、志乃姉ちゃんを守ってください」


 すると、なぜか今まで混乱して考えられなくなった思考が元通りになった。目が覚めたというか、素面になった感覚がする。


「あれ、何か気分が軽くなってきたんだけど」


 劇的に何かが変わったわけではないが、気分はすっかり落ち着き、涙も止まってしまったようだ。憑き物が落ちたような感覚もした。


「大丈夫。神様が守ってくれるよ」


 隆さんはそう言って、私と太郎くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 子供にするような態度だったが、不思議と嫌な気持ちにはなれなかった。


「神様って本当にいらっしゃるの?」


 ふと、心に思い付いた疑問を口にしていた。なぜかわからないが、今は確実にいるような気がした。


「いるよ」

「僕もいると思う! 目に見えないだけで、僕の事をいつも守ってくれてる」


 そう言う太郎くんの目は無邪気でとても澄んでいた。さっきとは全く別の意味で再び泣きそうになってしまった。


 その後、太郎くんも隆さんも自室に戻り、私は部屋に一人残された。


 目を閉じ、再び眠りにつこうとした。悪夢で疲れているのか、すぐに眠りに落ちた。


 悪い夢は全く見なかった。


 良い夢も見なかったが、もし本当に神様がいると考える。絵里麻の顔や奥様の顔、両親の顔が次々に浮かんだ。


 私は彼らに本当に正しい行動を取れていたんだろうか。


 むしろ一方的に逆恨みもし、自分の運命も呪っていた。神様にも恨み言も言っていたと思う。


 そんな自分は神様のように正しい人間だとは全く思えなかった。

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