教会編-1
部屋に入ってきたのは、20歳ぐらいの女性だった。目が大きく可愛らしい顔立ちだ。ハイカラな女学生姿をしたらとても似合いそうだ。今は木綿の普段遣いの着物を着ているが。
「今日の朝、川辺で隆兄ちゃんと散歩していたら川であなたが倒れて居るのを見つけたのよ。よかったわ! 助かって」
私が生きている事を、女性は自分の事のように喜んでいた。
「太郎くんからだいたい事情を聞いてるから、わかってるわ。辛かったのね」
「え、ええ…」
まるで自分の事のように喜んだり悲しんでいる女性の私は戸惑う事しか出来ない。
幻だったとはいえ、龍神の家で引きこもりの様な生活をしてきた事がこびりついている。この女性にどうやって接したら良いのかも分からなくなってしまった。無表情で黙っている私はさぞ感じが悪いと思うが、女性はそんな事は気にしていないようだった。
「初美姉ちゃん、ちょっとうるさいよ。志乃姉ちゃん困ってるよ」
「そう? あはは、ごめんね!」
初美姉ちゃんと呼ばれた女性は、大きな声で笑っていた。
「ところであなたお腹空かない? 朝ご飯食べましょうよ」
「僕もお腹すいた!」
「こら、あんたはいつも食べすぎ。あはは」
初美姉ちゃんは、太郎くんの頭を撫でた。なんだかとても平和な光景で、龍神の屋敷に居た時の事や今まで見ていた悪夢も嘘だったみたいに感じる。
初美姉ちゃんに上着を着せられ、部屋の外に太郎とともの出る。
出るとすぐに縁側と庭が見える。秋の花が植えられた小さいながらも綺麗な庭がだった。朝の光も心地よい。この朝の庭を見て、ようやく私は龍神から逃げられた事を実感した。
そこから茶の間の様な部屋に連れて行かれた。茶の間には大きなちゃぶ台があり、それを取り囲むように男性が二人座っていた。二人とも洋装で、少し驚いてしまう。
一人は、50歳ぐらいの男性だった。白髪頭と垂れた目が印象的だった。名前はよくわからない黒い上着のようなものを来ていて、学校の先生の様な雰囲気がある。
その隣には、若い男である。25歳ぐらいだろうか。黒髪を短く切り揃え、難しい顔をしながら新聞を読んでいた。黒い服の男性と違って、怖そうな雰囲気や空気の様なものが漂う。この中で一番話しかけにくい雰囲気だ。
「初美から聞きましたよ。大変でしたね。さあ、座って下さいよ」
黒い服の男性に優しく言われ、私も太郎くんもちゃぶ台を囲むように座る。
若い方の男性は、チラリとこちらを見たが無反応だった。不機嫌そうでもあり、私は震え上がる思いがした。
いつの間台所の方に行っていた初美姉ちゃんが戻ってきた。手にはおむすびが乗った盆があり、それをちゃぶ台の正面の乗せる。その後、初美姉ちゃんは手早く味噌汁のお椀やつけもの、焼き魚が乗った皿を配る。味噌汁の良い匂いが私の鼻をくすぐり、食欲も刺激されてしまった。
「さあ、朝ご飯できました!」
初美が明るく言い、朝ご飯の時間が始まると思っていた。
「じゃあ、牧師さん。食前のお祈りをしましょ」
若い男性が新聞を閉じ、黒い服の男性に呼びかける。どうもこの男性はボクシサンという名前の男性らしい。
「はい、じゃあ。みんな。心を鎮めて祈りましょう」
ボクシサンがそう言った瞬間、初美姉ちゃんや若い男性、それに太郎くんまでも目を閉じて両手を組んでいた。
そして何か言葉を唱え始めている。太郎くんも幼いながらも一生懸命唱えている。
「天の父様。イエス様。日毎の糧をありがとうございます」
何を唱えているのかさっぱりわからない。日本語であるが、はじめて聞く言葉ばかりである。
私は呆然とている間にここに居る私以外のみんなが、とても穏やかな表情で言葉を紡いでいる。
一人だけ取り残されてしまった状況である。どうすれば良いのか戸惑っている間に意味がわからない言葉の数々は終わってしまった。
呆然としたまま、他のみんなは「いただきます」と言い、食事を始めてしまった。




