龍神の正体編-5
龍神と椿の夢を見た。
いつもの優しそうで綺麗な姿ではなく、ツノを生やした悪魔の姿だった。
私は足枷や手錠が付けられて、彼らに殴られていた。殴られるたびに身体が傷つくが、不思議な事に声も出ず、抵抗する事はできなかった。
「馬鹿な人間の娘だねぇ」
椿は、歯を剥き出しにして私を見下ろし、唾を吐いた。汚い唾が背中に浴びせられるが、身体が固まったように動かなかった。
「や、やめ」
抵抗しようとしたが、どうしてもそれ以上ぼ声が出なかった。
龍神も私を冷ややかな目で見下ろしていた。
あんなに綺麗な顔に見えたが、その表情はとても冷たく、自分を愛していない事は言葉を交わさなくても理解できてしまった。
「醜い人間の女だねぇ」
「あんなに優しくしてたのは笑えるね」
椿が囃し立てるように言う。
「お前の様な娘を騙して堕落させる事など赤子の手をひねるようなものだったよ」
そう言って龍神は私の背中を蹴り続けていた。堕落の意味はわからなかったが、この二人が私を蔑んでいる事はいやと言うほど伝わる。あんなに優しかったのも幻だったのかも知れない。
「呪われろ!」
「地獄に堕ちろ!」
二人ともそう叫びながら私を傷つけ続けた。それなのに私はろくに抵抗する事ができなかった。
まるで私は悪魔の奴隷。どこに逃げて良いのかも分からず、ただ泣きながら耐える他なかった。
気づくと身体はボロボロで、痛みも感じる事も鈍くなってくる。
助けてほしいのに、その言葉すら出てこない。
夢なのに心の底から悲しくなるようだった。龍神も椿も本性はこちらの姿なのだろう。
嫌な夢の記憶がまだ頭にこびりついたまま、私は目を覚ます。
目覚めるとどこかの和室で私は寝かされていた。
障子は光が透けている。窓はこの部屋には無いようだが、もう夜では無いようだった。
そばの衣紋掛けには、着ていたと思われる花嫁衣装がかけてあった。どうやらあの姿のまま、ここに運ばれたようだ。今の姿は、寝巻きだった。龍神のところよりは、質の悪い生地ではあったが、丁寧に使われているのが何となくわかる寝巻きだった。
「志乃姉ちゃん!」
そこに驚いた事に太郎くんが入ってきた。子供用の着物を着せられ、肌や髪の色艶も良い。村にいる時よりも大事にされている事が伝わってきて、その事も驚く。とにかく太郎くんが生きていて良かったわけだが。
「志乃姉ちゃん、久しぶり!」
「ちょっと待って、太郎くん。ここは一体どこ?」
「ここ?」
混乱している私と打って変わって太郎くんは呑気そうだった。
「ここは神谷教会の牧師館だよ。僕もあの龍神から逃げてきて保護されたんだ」
「僕も?」
「まさか、太郎くんもあの神社と龍神から逃げてきたの?」
「うん。ここの教会の人に保護されたんだ。お姉ちゃんも川で倒れていた所をこの教会の人に助けられたって」
「ねえ、教会って何?」
どこかで聞いた事があるが、その意味が分からない。
「耶蘇教だよ。カタカナで言うとキリスト教。西洋の宗教」
「なんで西洋の宗教が…」
助けてくれた事は嬉しいが、西洋のことは縁も縁もない。死んだ父が耶蘇教について何か話していた記憶はあるが、何を信じているのか全く予想がつかない。
「うーん。僕もよく知らないけど、聖書っていう神様の言葉の本があるんだって」
「聖書?」
どこかで聞いた事がある。龍神の書斎で酷い有様になっていたあの書物だろうか。
「うん。そこに書かれている神様は、弱い人にこそ優しかったんだって。僕みたいな子供にもね。だから、僕や志乃姉ちゃんも助けてくれたんだと思うよ」
そう言われても納得できない。神社や寺も宗教であるが、こんな事をしていたとは聞いた事がない。太郎くんは大事にされているようだが、信じられない気持ちの方が勝ってしまう。
ちょうどそこに一人の女性が入ってきた。
「わぁ、あなた! 助かったのね!」
しかも涙目で私に抱きついてきた。




