龍神の正体編-4
必死に走った。
目の前は闇しかないが、逃げる意外方法はない。
まさか本当に龍神様が悪魔だったとは。
恐ろしい事実であるが、なぜ自分の様な娘に優しかったのか理解できる。油断させたところを殺すつもりだったのだろう。
目の前は途方もない闇が広がっているし、どこを走っているかもわからなくなる。ただ、少し後ろを見て見たが、追ってくるものはいないようだ。少しホッとするが、このままでは居られない。
ふと、急に身体が重くなっていくのを感じた。寝巻き姿だと思っていたが、あの日の様な花嫁姿に変わっていた。胸元には、あの形見のハンカチーフもあり、思わず泣きそうになる。
どういう事かさっぱりわからないが、急の目の前の光景も変わる。
気づくとあの神社の本堂の中に倒れていた。不気味な人形の数々が私を見ていて、思わず悲鳴をあげる。
あの夜に戻ってきた?
もしかしたら、龍神の幻でも見せられていたのかも知れない。そう思うと全て腑に落ちてしまう。
「志乃」
しかし、本堂の外の方から龍神の声がする。
私は再び悲鳴を上げてしまうが、黙ってしゃがんでいる訳にはいかない。花嫁衣装のお陰で身体は重いが、ここから逃げるしか無いようである。
本堂を出ると鳥居が見えた。まだ夜だったが小さな星の煌めきのおかげで、なんとか鳥居の姿は確認できた。月のない夜だったが、あの日のように新月のようだ。
たぶん、龍神に幻を見せられていただけで、あの夜に帰って来れたようである。その割には生々しい光景もあったが、全て幻と思えば納得できる事も多い。ただ、龍神や椿に心を動かされてのは事実で、幻といえど実際に経験したような後味の悪さは残る。
ただ、口付けをされ、あの初夜の日に半裸にされたわけだなので、幻だと思えば少しホッとして飲み込める思いもする。思考が抜けていたのも龍神がかけられて呪いや術の様なものなのかも知れない。
鳥居まで走り、そこから階段に降りる。
少し迷ったが、元いたお屋敷には戻らない事にした。たぶん、奥様も真野さんもいないはずだ。それに絵里麻の事を思うと後味の悪さしか感じない。あの呪いの幻である事を信じる他ない。
とりあえず野菜畑の方まで走り、川沿いの道に出る。
ここまでくると星の煌めきも全く見えなくなってしまった。秋の虫の鳴き声はするが、龍神に声はしない。少しホッとするが、このまま川のそばにいても仕方がない。それに自分の命を狙っている可能性も高い。
どうすればいいんだろう。
わからないが、川沿いの道だけを真っ直ぐに走った。このままいけば私が昔住んでいた東京という場所に戻れるかの知れない。
両親と一緒に過ごした時間は夢のようだった。胸元から形見のハンカチーフを取り出して握り締める。心は挫けそうだったが、どうにか正気を保ててはいた。
走って息が切れる。
いくら女中仕事で身体は鍛えられていたととはいえ、息が切れて倒れそうだ。
思考は龍神といた時と別の意味で、抜けかけそうだ。父や母の笑顔を思い出しながら、私は走り続けたが、その後の事は覚えていない。
意識も思考も全て抜けていた。ただ、頭の中は父や母と一緒にいた幸せな光景しか思い出せなかった。




