龍神の正体編-3
夜になった。
といっても外の様子はわからないので、時計を見て夜だと判断した。
あれから、私は広い屋敷を彷徨いながらもようやく自分の部屋の戻った。
椿さんが心配して様子を見に来た。
「奥様、どうしたんですか?」
いつものように巫女姿で、優しそうな笑顔を浮かべていたが、あの時の光景がありありと記憶に蘇り、思わず身構えてしまう。
「あの、ちょっと気分が悪いの」
「あらあら、それは困りましたねぇ」
椿さんは呑気にそう言い、布団をひいてくれる。寝巻きに着替え、布団に横になったが、やっぱり椿さんの笑顔を見ているだけで怖く、気づくと震えてしまう。
「あら、風邪? それは困りましたね。卵酒でも持って来させましょう。そうだ、龍神様もお呼びしますわ」
何やら誤解をした椿さんは、バタバタと部屋から出て行ってしまった。
しばらくすると龍神様が卵酒を持ってやってきた。
「龍神様、お仕事は?」
「いや、志乃の方が大事だ。これを食べよう」
私は起き上がると、龍神様もそばに座った。そして、さするようの背を撫でてくれる。優しい手つきにまた思考がおかしくなりそうになるが、私はかろうじて冷静さを保つ。
「あの、大丈夫ですから。触らないで下さい」
少し言葉はきついかの知れないと思ったが、思いきって言ってみた。想像以上に龍神様は傷ついたような表情を見せたが、舞台の上での行為のように見えた。嘘くさいというか、演技がかっているというか。
「そんな事を言うなよ」
しかし、龍神様は私の言葉を無視して、髪の毛を撫でる。
「人を食べているの?」
単刀直入に聞く。龍神様は答えず、代わりネットリとした笑顔を向けてくる。
「志乃、お前は考えすぎだ」
そしてまた、口付けをしてきた。乾いて冷たい唇であったが、執拗に触られ、再び思考が抜け落ちそうになる。
本当に龍神様は悪魔?
されるがままになりながらも、どうにか思考する。
「や、やめて」
私は少しぼやけた頭でありながらも、どうにか拒絶の言葉を言える事が出来た。
「ああ、そうか。わかったよ」
意外な事に龍神様はあっけなく頷き、去っていく。まだ暖かい卵酒だけが残される。
一人残された私はますますわからなくなる。
龍神様を信頼して良いのか?全くわからない。椿さんは悪魔である可能性が高いが、龍神様は?
一応、私の目の前では優しく接してくれている。しかし、あの紙や椿さんの事を思うと、やっぱり何か隠している事は否定できない。
自分の気持ちもわからない。
龍神様に心を開いているのか、ただ単に雛鳥が親に懐くような刷り込みなのかもわからない。
確かに結婚しているという状態になったわけだが、誰に対しても宣言したわけでもない。死んだ母は、結婚式は神様に誓うことで、着飾る事では無いと言っていた。確かにこの結婚は神様の前で正しいものなのかわからない。夫婦の真似事の様な事はしていたが、これは本当の結婚と言えるのだろうか。それに本当に神様がいるかはわからないが。
龍神様は神様なのだろうか?
その事もわからない。
やっぱり本人の直接聞くしか無いようだ。私は、寝巻きの帯や襟を整えると、再び龍神様の部屋を探し始めた。
広い屋敷の中で迷いそうにはなるが、昼間に一度出歩いたので、少しは慣れてきた。
薄暗い廊下を進み、何か物音が聞こえる部屋を見つけた。
また、椿さんは変な事をしているのだろうか。その事を思うと、怖くてたまらないが、音のする部屋の襖を開ける。
そこには、人の肉を貪っている龍神様がいた。
「志乃」
その声は、あの優しい旦那さまのものではなかった。




