表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/58

龍神の正体編-1

 その夜、私は再び奇妙な夢を見た。あの全身傷だらけで、茨の冠を被った男の人が出てきた。顔はモヤがかかって見えない。ただ、傷跡がとても痛そうで私は見ていられなくなる。


「あなたは誰ですか?」


 そう尋ねてみたが答えない。


 しかし、私が気づくと足や手が異常になっていた事に気づく。


 手には手錠をかけられ、足には重い足枷をつけられていた。着ている服はボロボロで真っ黒だ。


 そこにツノを生やした椿さんが現れた。いつもの優しい笑顔かと思ったら、なぜか牙をむいて私を殴り始める。


「やめて」


 そう言っても椿さんはやめるどころか、さらに強い力で殴ってくる。足枷のせいで逃げられず、龍神様を呼ぶ。しかし彼もツノを生やして、私を殴りつけてくる。


「た、たすけて…!」


 声を振り絞っても彼らは止めることはない。私はあの男の人に助けを呼び求めようとしたが、同時に目が覚めた。


「何て夢……」


 夢なのに本物の様だった。殴られていた時の痛みがまだ残っているように感じるほどだった。


 隣に寝ているはずの龍神様はいなかった。もう仕事に出掛けてしまったのだろう。

 

 残念ではあるが、彼への気持ちは本物かどうか疑問が残るところだった。


 今は少し距離が置かれた方が良いのかもしれない。そんな事を思いつつ、椿さんに支度され、豪華な朝食をいただく。


 いくら豪華な食事も飽きてしまった。今日は洋食でパンやスープ、肉を炒めた名前がよくわからない料理が出てたが、あまり美味しいとは思えなかった。洋食に慣れていないせいもあるが、一人で食べる食事は味気なく、石でも齧っている様な気分になる。


 絵里麻や奥様にいじめられるのは大変だったし、質素な食事に毎日空腹だったが、時々真野さんが作ってくれる塩むすびや焼きおにぎりは絶品だった。真野さんと二人で食べるとより美味しく感じた。普段ろくな食事をしていなかったので、白いお米だけでも感謝の気持ちしか生まれない。


 しかし、この屋敷に住む様になっていつの間にか豪華な食事に慣れている。毎回大量に残しているし、頂きます、ご馳走様も言っていない。むしろ毎回の一人での食事が苦痛にも思うほどだった。


 もしかしたら、自分はこの豊かな生活は不相応なのかも知れない。毎日する事がないし、奥様の屋敷で汗だくになって働いていた時の方が人間らしかったのかもしれない。


 それに絵里麻の事も、心の底では心配していた。確かに彼女は意地悪であったが、病気になったと聞いて心はスッキリしない。むしろ、ベタベタとした水飴のような罪悪感がつきまとう。


 絵里麻の事は好きではないが、別に不幸を願っているわけでもない。あの子はこれから人間として真っ当に生きられない事も想像できるが、病気になったぐらいで心が変わるかもわからない。苦しんでいる声を思い出すと、なぜか自分まで心が傷ついたような気がする。


 私だって完璧な人間ではない。時には境遇や死んだ両親を恨む気持ちを持った事もある。それにこんなの神様の恵みである食事を残す行為も褒められたものではない。


「龍神様にこんな事は止めるように頼まないと…」


 一刻も早く絵里麻への呪いを解いてほしいと思った。龍神様はたぶんこの屋敷のどこかで仕事をしているはずだ。


 確かここに来た時に入ってはいけない部屋があると言っていた。入れてはくれないだろうが、頼めば話を聞いてくれるかもしれない。


 私はほとんど手のつけられていない豪華な食事をそのまま残し「赤の間」を出た。


 思えば自分はこの屋敷に来て、自分の部屋と食事をとる「赤の間」、寝室である「青の間」ぐらいしか利用していなかった。


 廊下に出ると、広すぎて迷ってしまった。


 龍神様の部屋まで辿り着けるか不安がよぎる。やはり、一人で出てきてしまったのは無謀だったか。


 それに屋敷の中は、人影が全くない。椿さんもいない。料理や掃除をしてくれている人がいるはずなのに、一人も見なかった。確か椿さんは下々のものと言っていたが、一人も姿を見ないのは不自然だ。


 もし掃除や洗濯をしてくれる人がいたら礼も言いたかった。女中の仕事の大変さはよく理解できる。


 もし料理を作ってくれる人がいたら、謝りたかった。決して不味いわけではなく、自分の気持ちのせいで食べられないと謝りたかった。


 そんな「良心」のような心が自分の中にあった事に驚く。この屋敷に来てからすっかり忘れていた。 一人で話し相手もほとんど居ないし、感謝の気持ちもどこか忘れていた。龍神様は反対するかも知れないが、食事の時は「いただきます」「ごちそうさま」はやっぱり言った方が良いと思えてきた。


 迷路のような廊下をぐるぐると歩きながら考える。私は本当に龍神様を慕っているのだろうか。わからなくなってしまった。確かに自分の事はよくしてくれるが、なぜそうしてくれるのかもわからないし、そもそも自分をなぜ殺さないんだろうか。


 自分は確か生贄として捧げられたはずだが、奥様や絵里麻はかえって不幸に見舞われているようだ。考えれば考えるほどおかしな点が多い。


 それに村で行方不明者になった太郎くんの事もある。太郎くんだって生贄になった可能性が高いのに、龍神様は知らないと言っていった。本当だろうか。一度、龍神様を疑ってしまうとこの件も嘘をついているとしか思えない。そういえば死んだ父は、詐欺師は綺麗な格好をすると言っていた。龍神様は詐欺師では無いだろうが、何か嘘をつき隠していると思う。


 確信はないが、やっぱり彼は信頼できない何かを感じる。そんな事を考えていると、ある部屋から人の叫び声の様なものが聞こえた。


 声がする方向に行くと、とんでもない光景が広がっていた。


 椿さんが叫びながら犬の様なものを食べていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ