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三文小説編-7

 翌朝、目が覚めたら隣にいるはずの龍神様の姿はどこにもなかった。


 龍神様の布団はシワ一つなく、本当に存在していたのか疑問に思うほどだった。


 しかし、昨日は何だったんだろう。今はまともに思考ができるが、龍神様に触れられるたびに、頭がおかしくなりそうだった。触れられた箇所は今でも跡が残っているように思うほど、まだ心がざわついて落ち着かない。


 結局夫婦の営みはできなかった。たぶん、自分が緊張しすぎたせいで龍神様も遠ざけてしまったと解釈する。


 なぜ龍神様を拒んだのか。そう思うのが一番納得がいった。それに龍神様はあくまでも丁寧に接してくれたわけだし、やはり自分のほうがおかしいと結論づける。


 ちょうどそこへ椿さんがやってきた。今日も頭にツノを生やし、巫女の出立ちだ。なぜか顔がニヤニヤとし、詮索するような表情だ。


「昨日はどうでしたか?」

「いえ、何もなかったわ…」

「あら、奥さまは、緊張しすぎなんですよ」


 まるで見てきたかのように椿さんは笑っている。少し下品にも感じたが、こういう性格なのだろう。火因村は田舎であったし、椿さんより下品な人は珍しくないので受け流す。


「龍神様はどちらに?」

「今日はお仕事です。帰るには、夜になるでしょう」

「そうなんだ」

「あら、ガッカリとした顔ね」


 そう言われる血確かにガッカリとしていた。そう思うと、私は龍神様に心を開いているのかと思う。


「龍神様はどんなお仕事をされているの?」


 ここで椿さんは笑いをおさめて、口を閉じる。


「人間ってバカね」

「え?」

「いえ、何でもないのよ。人間の願いを叶えたり、結界を張ったりするのがお仕事です。実はとても激務で一日中働きどおし」

「そうなんだ。龍神様は何が好きなの? 私は少しぐらい料理できるけど」

「いいえ、結構よ」


 なぜか椿さんの声はとても冷たく、笑っていても目は怒っているような色に見えた。


「料理は下々のものの仕事ですし、そもそも龍神様はお食事を召し上がりませんの」

「そうなんだ」


 ハッキリと拒絶されてしまい、私は口をつむぐ事しかできなかった。


「そんな事はどうでも良いでしょう。奥様はただ着飾って笑っていればいいのよ」

「え? 着飾る?」

「そう」


 椿さんに洗面所に連れていかれ、顔を洗われる。よい匂いの石鹸でふわとした泡が気持ち良い。昨日の風呂でも思ったが、見たこともない自分とは縁の無さそうな石鹸だった。


 渡された手拭いも綺麗だったし、椿さんに塗って貰ったクリームは香りがよく、うっとりとしてしまう。


 昨日の事やさっきの椿さんの態度の事などすぐに忘れてしまいそうだ。


「次は衣裳部屋に行くよ」

「衣裳部屋?」


 昨日はそんな部屋など聞いていなかったが、椿さんに案内されたそこは、着物だけでなく洋装までも保管してあった。帯ももちろん、靴やアクセサリー、リボンも所狭しと収納されていた。他所行き用のバッグや日傘もある。まるで東京のハイカラな女学生や絵里麻のようなモガが使っていそうな衣裳ばかりで、私は思わず目を丸くしてしまう。


「全部、ここの衣装は奥様のものですよ」

「嘘」


 信じられなかった。どれも自分には一生縁のないものだと思い込んでいた。


「嘘じゃないですって。全部龍神様が、奥様のために用意したものです」

「そんな、滅相もないです」


 恐縮してしまう。一体龍神様はなぜここまで良くしてくれるのだろうか。確かに龍神様は私の事を可愛いとは言っていたが、そこまでするのだろうか。私は何も龍神様に返せそうにないのに。


「さあ、今日のお洋服はどれがいいですか?」

「そんな、わかりません」


 恐縮してしまい、この中から突然選べと言われても選べない。


「洋装は?」

「着たことないです」


 世間では洋装の女性も増え、仕事に出掛けているものもいるらしい。恋愛も自由恋愛がさけばれ、かつてのように親が決めた結婚を嫌う風潮もあるらしい。それも自分には縁のない話しで、今に状況以上に望むものはない。


「まあ、でしたら私が選びましょう。本当に龍神様って奥様を甘やかすのが好きなんですから」


 椿さんはクスクスと笑いながら、昨日とは違う薄い黄色の明るい雰囲気の着物を選ぶ。洋装なんて自分に似合うかわからないので、少しホッとする。


 その後、椿さんに着付けてもらい、髪もマーガレットの結んでくれた。大きなリボンをする自分は、東京のハイカラな女学生のようで、気持ちは自然と浮き立ってしまった。


 その上、化粧もされる。昨日とは違って瞼に色を載せられる。少し派手ではあるが、明るい着物と合っている気もした。


「少し派手ではないかしら…」

「そんな事は無いですよ。龍神様もきっと可愛いっておっしゃるはずです」

「そんな」


 椿さんの言葉は否定しようかとも思ったが、今の龍神様だったら私の姿は何でも褒めそうな気がした。


 ちょっと傲慢にもなっていたかも知れないが、こんな扱われ方をされると、やっぱり気持ちはフワフワとしてしまう。昨日のように思考がおかしくなる事は無いが、嬉しい事は嬉しかった。


 やっぱり私は龍神様を慕っているのかも知れないと思う。昨日の恐怖心は、緊張や頭の混乱でどうかしていたのかも知れない。


「さあ、次は朝食ですよ」

「朝食? 朝食なんてあるんですか?」

「もしかして奥様は、朝食食べた事がない?」

「いえ、そんなんじゃないけど」


 両親がいた頃は朝食を食べていた。ただ、その後はろくに食事も出来なかった。絵里麻の機嫌を損ねると、食べ物も隠されてしまったし。


「まあ、そうだったんですか。なら、なおさらごはん食べましょう」


 椿さんに事情を話すと納得してくれた。朝食は昨日の夕ご飯を食べた部屋と同じ・赤の間で食べる事になった。


 今日も卓いっぱいの料理が並んでいる。白いごはん、味噌汁はもちろんの事、鯛と思われる大きな焼き魚もある。卵焼き、鳥の照り焼き、きゅうりや大根の漬物もある。


 ただ、今日は龍神様がいないので一人ぼっちでの朝食だ。

 確かに美味しいが、「いただきます」というのをすっかり忘れてしまった。昨日そう言って龍神様の機嫌を損ねたからかも知れない。


 ずっと小食で小さくなった胃袋では、ほとんど美味しい朝食も食べられなかった。


 食後に甘味まで椿さんが持ってきたが、ここは別腹ともいかず、あまり食べられない。


「椿さん、ごめんなさい。こんなに残してしまって」

「いえ、いいんですよ。そうね、次は奥様のお部屋の行きましょう」


 そういえば昨日、椿さんは私の部屋を準備しているところだと言っていた。


「黄色の間が奥様の部屋ね。さあ、行きましょう」

「椿さん、待って」


 椿さんに手を引かれて、部屋の連れられていく。その部屋も広い部屋で、鏡台や卓もある。鏡台の上には化粧品がそろい、机の上には少女小説や絵本もそろい、花瓶には綺麗な花が生けられている。またしても恐縮しそうである。


「椿さん、これは?」


 紙袋に入った箱のようなものがいくつか置いてある。


「それはお菓子ですよ」

「お菓子?」

「ええ。金平糖や羊羹、クッキーやカステラです。龍神様が奥様に喜んでほしくて注文したんですよ」

「そんな、滅相もない」

「いいんですよ。奥様は堂々と受け取れば」

「そんな…」


 ここまで至れり尽くせりだと返って怖い。呆然としている私を無視して椿さんは、用事があると言って部屋から出て行ってしまった。

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