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三文小説編-4

 ご馳走は出来るだけ食べたが、一人では食べきれず、半分以上残してしまった。


「ごめんなさい。残してしまって」

「はは、いいんだよ。志乃。俺は志乃がどんなの悪い事をしても許すし、認めるよ」

「え…」


 それはさすがにどうなのだろうか。龍神様は楽しそうに笑っているが、再び心の奥底に違和感が残る。それはベタベタとした水飴のように心に張り付いて剥がれない。


「俺は、どんな志乃でも理解してあげるよ。どんな悪い事しても、ありのままの君が大好き」

「そんな……」

「願いを叶えてやるよ。俺は志乃の花婿だ。なーんでも叶えてやるよ」


 龍神様はお酒がが入って気が大きくなっているらしい。


「わからない。いい子にしていれば叶えてくれるもの以外は」

「なんだ、他に欲しいものはないのか?」

「生きているだけで、それで……」

「まあ、風呂でも入ってゆっくりと考えると良い。おーい、椿。風呂の準備はできているか」


 すぐに椿さんがこの部屋にやってきた。


「お風呂の準備はできておりますよ。さあ、奥様一緒にいきましょう」


 こうして私は、椿さんと一緒に風呂に行くことになった。

 さっきはチラッとしか案内されなかったが、檜の大きな風呂だった。


 着物や髪を解くのを椿さんに手伝って貰った。なんと椿さんも一緒に風呂に入って背中を流してくれると言う。


「そんな、いいです」


 恐縮して断ったが。


「いえいえ、龍神様からそうするよう言われていますから。私が怒られてしまいますよ」


 これでは断れない。結局二人で、風呂に入る事になった。

 檜のお風呂はいい香りがして、それだけでも心がほぐれる。いい香りの石鹸も気持ちが良い。


「奥様、お背中を流しますよ。あら、奥様。背中の跡がありますね……」

「目立つ?」

「いえ、そんな事は…」


 椿さんは言葉を濁すが、たぶん気にしていると思う。絵里麻が怒り狂った時があり八つ当たりされ、やかんの熱湯を浴びせられた事があった。命には別状はなかったが、火傷の後は残ってしまった。


 まあ、普段は見えない場所なので気にしていない事だったが。


「まあ、奥様は大変な境遇だったのですね」

「慣れてしまうとそうでも無いのよ」


 実際、絵里麻や奥様の虐げる行動については、すっかり慣れてしまっているのが現状だった。最初はいちいち傷ついていたが、毎日毎日つづくと慣れてしまう。時間というものは、麻酔のようなものだと思う。今は逆に丁寧に尊重されてしまい、慣れなくて恐縮してしまうというのが現状だった。


 風呂から上がると、椿さんに香りの良いクリームを塗って貰い、髪も丁寧に拭いてもらう。


 慣れない事ばかりして貰い、私は再び恐縮してしまう。


「あ、椿さん。本当にありがとうございます」

「そんないいんですよ」

「ところで、これぐらいのレースがついたハンカチーフは知りませんか?」


 母の形見のハンカチーフは、やっぱり少し気になった。


「いえ、そんなの見ていませんね」

「そう…」


 やっぱり無くしてしまったのだ。仕方がない。今の状況は生きているだけでも儲け物だと思っている方が良さそうである。


「ところで奥様、この後『青の間』にいきましょう」

「どうして?」

「龍神様、いえ、旦那様がお待ちですよ」


 椿さんのニヤリと笑う。心なしか頭のツノも鋭く見える。この表情で、なぜ椿さんと一緒に風呂に入り、丁寧に扱われていたかわかる。


 この屋敷は海底にあるので、時間の間隔は薄くなっていたが、風呂場の脱衣所にある時計を見ると夜だった。


「まあ、奥様になられたんですから。大丈夫、優しくしてくれますよ」


 椿さん言いたいことがさらに理解できてしまい、私の頬は固まっていた。恥ずかしさより恐怖の方が優ってしまった。


 母からは結婚した夫婦は、一緒の布団に入る事は聞かされていた。具体的の何をどうするかは聞いていないが、何となくこれからする事は見当がついてしまった。


 やはり誰かの妻になる事を私は甘く考えていたのかもしれない。


 そもそも何で龍神様は私を殺さないのだろうか?優しく甘やかしてくれてはいるが、その意図は全く見えない。


 普通の人間は何を考えているか見当がつくか、龍神様の考えている事は全く予想が出来なかった。


 そんな事を考えながら椿に連れられて青の間につく。


 椿さんはさっさと居なくなってしまった。さっき椿さんに塗られたクリームの甘やかな匂いが鼻をくすぐり、少しは緊張感は解ける。


 私は緊張しながら襖を開けた。


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