968.昔ながらの容赦なき縦スクロール
「やったー! ないすスティール!」
耐久が作業になり、虚無になった頃。
ついに成功したツバメの【スティール】に、両手をあげて喜ぶメイ。
レンとまもりも、歓喜に笑みをこぼす。
「見事だね。やっぱり君の腕を見ていると、うかうかしていられないなって思うよ」
「ツバメの【スティール】に脅威を覚えてるなら、怪盗はやめた方がいいわ」
あまりに的確な一言だが、怪盗は笑って踵を返す。
「おかげで道が開くよ」
盗み出した魔法石を紋様の壁にはめ込むと、壁が開き新たな道が二つ現れた。
「それじゃあたしは少し寄り道してから行くよ。世界のため、共に進もう」
そう言い残して、怪盗は去っていく。
「おっと。この先は一発勝負の『登り』になってると思う。あたしの勘では『容赦のない罠』が発動するだろうから、よく考えて進むといいよ」
「すごい不穏な言葉を残していくわね……!」
二本ある道の片方を、『寄り道』と言って進む怪盗。
どうやら『正道』の方を、教えてくれる形になっているようだ。
ただし、その罠は『容赦がない』らしい。
石積みの廊下は、やや狭い道。
その先にはまた、広い空間がある。
こういう時に『寄り道』の方を追いかけていくとどうなるのかをちょっと気にしつつも、レンは先んじて続く空間の前へ。
中に踏み込まず、内容を確かめる。
「遺跡の『縦に長い空間』を思い出すわね」
天空遺跡では、上下に長いブロックの空間を降りる形の空間があった。
今回は『登る』形のようだ。
この空間につながる通路は、レンたちがいるこの道だけ。
そして足元には、またも紋様。
「……縦スクロールの、アクションゲームを思い出すわね」
石積みの縦に長い空間には、四方の壁から突き出した足場や、紋様の力で浮かぶブロックがある。
広いところもあれば、狭いところもあり。
ここはこの足場を、登っていくことになるのだろう。
「とにかく下から上に上がる形になるんでしょうね。あとはガーゴイルと魔法珠による妨害かしら。一気に進んじゃいましょう」
「りょうかいですっ」
四人が部屋に踏み込むと、出入り口を重い扉が塞ぐ。
「道が塞がれたわ……!」
「まもりちゃん」
「よ、よろしくおねがいしますっ」
登りということで、自然とメイがまもりを背負う。
そして四人が最初の出っ張りに足をかけたところで、異変が始まった。
足元の紋様から一斉に、水が噴出し始める。
「なるほどね、呼吸ゲージ勝負になるのはなかなか厳しい……」
動き出した仕掛けに、走り出す緊張。
しかし溜まっていく水が足装備に触れた瞬間、生まれたのは気泡。
そして何かが焼けるような音が、聞こえ始めた。
「まさかこれ、酸!?」
レンの予想は正解だ。
水に沈んで呼吸ゲージが減るのではなく、酸で一気にダメージを与えようという、まさに縦スクロールアクションなら『マグマ』で行われる仕掛け。
そのHP減少は、呼吸ゲージなんかよりもだいぶ早い。
「一気に緊張感が出てきました……!」
すぐさま動き出す四人。
「【跳躍】」
ツバメは最前を跳び上がっていく。
すると三つ目の出っ張りに召喚陣。
予想通り現れたガーゴイル術師が、その手に杖を掲げた。
「【四連剣舞】!」
しかし先んじてこの可能性を予想していたツバメは、難なく斬り裂き先んじて打倒。
道の安全を確保する。
そこに遅れてまもりを抱えたメイが続き、広く全体を見ながらレンが【浮遊】で追う。
ツバメは四角い空間をテンポよく上がり、やや広い出っ張りに向けて【跳躍】
「っ!?」
しかし、跳んでから気づく壁の紋様。
発射されたのは、なんと砲弾。
ここで大型の実弾なのは間違いなく、すでに十メートルほど上がってきている酸の溜まりにプレイヤーを落とすためだ。
跳躍中の攻撃は、狡猾と言わざるを得ない。
「【エアリアル】!」
しかしツバメはこれを、二段ジャンプで器用にかわす。
ジャンプは回避に有効だが、その直後を狙われやすい。
これまでの戦いで身に付いた感覚が、作用した。
しかし見事な跳躍から着地したツバメを狙うのは、重戦士ガーゴイル。
ツバメのさらに10メートルほど上段から静かに落下。
両手に抱えた両刃の長斧を、全力で振り下ろす。
「【フレアストライク】!」
全体を広い視線で見ていたレンが、これにすぐさま反応して炎砲弾を発射。
爆発に飛ばされたガーゴイルは、そのまま酸の海に落ちてあっという間に消滅した。
「大変だぁーっ!」
その溶け方の容赦なさに、メイが驚きの声をあげた。
「次は宝珠による攻撃がきます!」
ツバメの注意喚起の直後。
各所の宝珠が点灯し、魔力の雨を降らせる。
上方からの攻撃を、ツバメはしっかりと目視で回避。
続くレンは上手に『出っ張りの下』に入ることでかわす。
「【天雲の盾】!」
そしてメイは、まもりが傘でも差すかのように掲げた盾によって、問題なく進行。
「【誘導弾】【フリーズボルト】!」
レンが氷弾で宝珠を止めたのを、確認して進む。
「っ!」
しかしここで召喚陣から現れたのは、遅れて登ってきた者を狙うための剣士ガーゴイル。
手にした剣による攻撃を、メイはまもりを背負ったまま回避する。
「ここっ! 【カンガルーキック】!」
まもりはメイの前蹴りが決まったところで背中を降りると、持ち直した盾を突き出す。
「【シールドバッシュ】!」
縦から放たれる一撃が、体勢を崩していた剣士ガーゴイルを吹き飛ばして酸の海へ。
「まもりちゃん、合体っ!」
「はひっ」
メイとまもりはハイタッチして、再び合体。
「【ラビットジャンプ】!」
迫る酸液を見ながら、わずかに遅れた分を高いジャンプで取り戻す。
「【跳躍】【回天】!」
「【誘導弾】【フリーズストライク】!」
すでに上段は二人が敵を片付けており、合流までの道のりに敵はなし。
見事な連携で、酸液の空間を登っていく。
「「っ!」」
跳び上がる、メイとまもり。
見つけた宝珠の輝きを見て、すぐさまこれを攻撃による解除に走る。
するとメイの上方にある魔法陣から現れたのは、大型のガーゴイル。
「【地壁の盾】!」
まもりはすぐさま背中を降り、落下してきたガーゴイルのハルバードを盾で受ける。
メイはそのまま、輝く宝珠に剣を突き立て――。
「「……えっ!?」」
次の瞬間、『遅れがちなプレイヤーを補助する宝珠』の転移効果で、十段程上の出っ張りにメイが瞬間移動。
まもりは最下段に、置き去りになってしまった。
「い、急がないと……っ!」
慌てて助走をつけ、次の段に跳び上がろうとするまもりだが、魔法珠による攻撃に足止めされ跳躍に失敗。
助走のための距離をもう一度取って、再挑戦するには時間が足りない。
迫る酸液はすでに、足元まで来ている。
「まもりさん……っ!」
「まもりちゃんっ!」
輝く宝珠の放つ魔法がツバメを狙い、メイの前にもガーゴイル。
まもりのもとに向かえるのは、レンのみだ。
だが【浮遊】は、誰かを抱えての上昇はできない。
レンは、フル回転で思考を働かせる。
「……イチかバチかだけど、これならいけるかも……っ!」
意を決したレンはなんと、まもりのもとに飛び降りた。
「レ、レンさん……っ?」
この状況で降りてきたレンに、まもりは驚愕するしかない。
「これ、使って!」
急ぐレンが手渡したのは、【変化の杖】だ。
「そ、そういうことですか……っ!」
「問題は、何になるか」
その狙いに気づいたまもりが【変化の杖】を使う。
祈るレン。
魔力の輝くエフェクトの後、その姿はコーギーになった。
「かわいい……じゃなくて、これならいけるはずっ!」
迫り来る水位の上昇。
じゅうじゅうと鳴る、酸がブロックを溶かす音。
レンはコーギーまもりを抱きかかえて、すぐさま【浮遊】を使用。
「っ!」
わずかにレンの足先が、水面に触れた。
思わずヒヤリとするが、狙い通りまもりの重量は『コーギー』の数値で計算されている。
一度加速がつき出せば、問題なし。
すでに障害となるガーゴイルや宝珠は、まもりが変身した瞬間『ここからの流れ』を予期したメイたちが、片付けた後だ。
レンはただ一直線に、上昇するだけでいい。
先行したメイとツバメは、そのまま天井部に開いたマンホール大の穴から飛び上がる。
「レンちゃん!」
「まもりさん!」
慌てて振り返る、前衛二人。
遅れることわずか1秒、罠の部屋は酸の水で埋め尽くされた。
「レトリバーだったら、ちょっと自信なかったわね……」
「あ、ありがとうございました……っ!」
無事『容赦のない罠』を切り抜けたレンは、抱えていたまもりコーギーを降ろす。
まもりの場合、大型犬になる可能性もあると踏んでいたレン。
その場合は【浮遊】で上昇できなかったのではないかと、安堵の息をつく。
「……メイさん、ツバメさん?」
一方、コーギー状態でいるまもりの前に、迫るメイとツバメ。
「かわいいーっ!」
「かわいいですっ」
二人はさっそく、食パンのような見た目のコーギーまもりを、抱きかかえて堪能する。
「っ!?」
一方のまもりは、メイに抱きしめられた上に頬まですりすりされて赤面。
慌ててそっと視線を外せば、そこには同じく目を輝かせるツバメの顔がある。
まもりにしてみれば「可愛いのはそっちです!」状態だ。
「無事でよかったわ」
もう何に恥ずかしくなっていいのか、分からなくなってしまうまもり。
そんな中、嬉しそうな笑みでそっと手を伸ばすレン。
ハイタッチは、小さな犬の手と。
イチかバチかの勝負で、危機を乗り越えた四人。
こうして続く危険な地下を、楽しそうに突き進んでいくのだった。
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