935.お返しします!
「私は一体……」
「明光!」
瘴気による衰弱から、回復を見せた明光天皇。
13歳ほどの少女は、不思議そうに状況を確かめる。
するとそこに、様子を見に駆け付けた村田麻呂が声をあげた。
「この者たちが、助けてくれたのでおじゃる!」
「汝らは確か……嵐山郷で会った冒険者殿だな。助かった、礼を言うぞ」
そう言って、どうにか笑みを浮かべてみせる明光。
「よかったです!」
向けられたほほ笑みに、思わず安堵の息が出る。
「じゃが今回は、何者が動いているのかを突き留めねば終わらぬぞ。首謀者が冥界を降ろすことができるのであれば、いつでも再攻撃が可能じゃ」
「犯人に心当たりはないの?」
「疑おうと思えばいくらでもいる。朝廷内には我が立場を欲する者など、掃いて捨てる程いるだろう」
そう口にした後、覚悟を決め直すように息を吸う明光。
どうやら帝という立場を背負わされてしまった少女は、気丈に振る舞うよう努力しているようだ。
「これから、どうすればいいのだろうか……」
「それなら京の平和の使者、たまちゃんにお任せじゃ!」
そう言って、得意げな笑みを見せるたまちゃん。
「……汝は、何者だ?」
明光に首を傾げられて、しょぼんと耳と尻尾を垂れさせる。
「公家たちを集めることはできるかの?」
「可能だ」
「ふむ、ならばそこで明光の無事を発表し、犯人を再び動かすのじゃ」
気を取り直して、たまちゃんはそんな提案をした。
「まだ体力の戻っていない明光をあの場に立たせるのは、少し怖いでおじゃる」
「その点は心配いらぬぞ! このたまちゃんに任せておくがよい!」
そう言ってたまちゃんは、変化の術を使用。
その姿を明光に変えてみせた。
「無事と分かれば犯人は再び攻撃をしかけてくるじゃろう。そこを返り討ちにする形じゃな。明光への瘴気攻撃は、わらわと葛葉で反射する。その間に別動のぬしらが犯人を見つけて叩くのじゃ。冥界につながるほどの能力となれば、当然かなりの実力者になる。頼んだぞ、ぬしらが頼りじゃ」
「おまかせくださいっ!」
「敵を化かして引き出す。ちょっと楽しそうな展開ね」
「はい、おとぎ話のようです」
「ド、ドキドキします……っ!」
こうして、公家たちに招集をかけたメイたち。
村田麻呂に連れられ、公家たちが会議を行う荒涼殿と呼ばれる御殿へ。
そこには、数十人の公家たちが集まっていた。
「明光様は、いよいよ危険な状態とのこと……」
「もし亡くなられたのであれば、あとを継ぐのは誰になるのだろうな」
「その場合はまた、勢力図に動きが出そうですね」
聞こえてくる言葉に明光の身を案ずるものは少なく、公家たちの政略的な思惑が見え隠れしている。
「真非等、明光はどうなっている?」
そんな中。
屈強な身体つきに、たてがみのような髪型をした公家が問いかけた。
「猛長様。それが……意識は戻らずといった次第のようです」
答えたのは、真非等と呼ばれた30歳ほどの公家。
静かな雰囲気をした公家の青年は、癖のある茶色い髪が特徴だ。
「ふん。しょせんは帝の座を与えられただけの凡庸な子供か」
「兄上。事実とはいえ、あまり大きな声でそのようなことを言われては困りますよ」
艶やかな長い黒髪に、鋭い目をしたクールな面持ちの男がたしなめる。
剛毅な男と冷たい印象の男は、兄弟のようだ。
「フフ。こうして集められたのは、新たな帝を決めるためかもしれないわねぇ」
そんな二人を見て笑うのは、糸のように細い目をした妖しい女性。
貼り付けたような笑みが、なんとも妖艶。
この三人は明光の親族。
そして帝の継承権を持つ、『親王』と呼ばれる人物だ。
「…………」
目の前で行われる、不遜な会話。
しかし三人の立場の高さゆえ、村田麻呂は言い返すことができない。
メイたちも、ここは我慢で聞き流す。
「待たせたの」
ざわつく御殿の襖が開いた。
そこに入って来たのは、鮮やかな平安装束の長い裾を引いて歩く、一人の少女。
「明光様……!」
「ご無事だったのですね!」
その健勝ぶりに、驚きの声をあげる公家たち。
「当然じゃ! この通りピンピンしておるぞ!」
そう言って一段高い『御座』に上がるため、ぴょーんと跳ねてみせるニセ明光。
「ッ!?」
着地際に着物の裾を踏んで、転びそうになる。
「……今ちょっと、尻尾が見えましたね」
驚きに一瞬だけのぞいた尻尾を見て、目をごしごしと擦って首をかしげる公家。
「と、とにかく! わらわは無事じゃ! 公務もこれまで通り行っていくので、何も案ずる必要はない! 病も大したことなかったぞ! 取るに足らない雑魚の病じゃ! 以上!」
両腕に力こぶを作るようなポーズでことさらに健康アピールをしたニセ明光は、軽く煽ってから御座を降り、そのまま荒涼殿を後にした。
「明光様は無事。これでまたいつも通りと言った感じか」
「ふむ、そのようだな」
「病の影響か、少し頭が悪そうになっていたのは気にはなるが……」
公家たちは口々に感想を言いながら、荒涼殿を去っていく。
「ふん、つまらん」
続いて御殿を出る、三人の親王。
メイたちもすぐに、明光の休む部屋へ戻る。
そこではすでに葛葉が、『瘴気返し』の準備を終えていた。
夕刻から夜へと時間が変わり、灯篭に照らされた部屋の中で時が来るのを待つ。
「なんだかドキドキするね……!」
「これまではずっと後手でしたからね」
「こういう罠を、こっちから仕掛けることってあまりないものね」
「ど、どうなってしまうのでしょうか……!」
鬼門から現れた酒呑童子と、土御門橋の大嶽丸は『受けて』の戦い。
これまでの戦いとは違う攻めの展開に、身を寄せ合って待つ四人。
「来ましたぞ……っ!」
葛葉が声を上げる。
すると明光天皇の足元から、渦巻く黒煙のような瘴気が上がる。
「案ずるな。わらわの力であれば、この程度なんということはないぞ!」
たまちゃんが九字を斬ると、足元の五芒星が輝く。
瘴気は竜巻のように回転を続けるが、陣の中心にいる明光への侵入は許さない。
一方葛葉も手刀で格子を描くことで『力』を起こす、破邪の法を用いる。
「悪しき瘴気を返せ――――急急如律令!」
すると明光を取り囲む瘴気が、弾けて消えた。
「瘴気返しに成功しましたぞ! 見つけるなら術者が反撃を喰らっている今ですな!」
「発見に時間がかかれば逃げられてしまうかもしれぬ! 急ぐのじゃ!」
「りょうかいですっ!」
待ってましたとばかりに、動き出すメイたち。
すると犬神も立ち上がって歩き出す。
「犬神が……? どうやらあなたを認めているようですぞ! 共にお連れ下さい!」
「動物値次第で受けられる恩恵みたいね! いきましょう! ……って、遅っ!!」
しかしその動きは、変わらず遅い。
「よいしょっ!」
結局メイが抱えて、板張りの廊下を走ることになった。
「なんか一気に緊張感が消し飛んだわね」
そしてそんな犬神とメイの姿に、レンはクスクスと笑うのだった。
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