923.露天です!
「やるもんだねぇ……」
女将は集合したメイたちを見て、唖然としていた。
「まさか頼んだ仕事を全部片づけちまうなんて……アンタの紹介してくれた冒険者、大したもんだったよ」
「ふふ、当然じゃな」
そこにやって来たのは、得意げな顔をした狐娘のたまちゃん。
「せっかく一仕事終えたのじゃ、風呂の一つくらいはもらっても構わんのじゃろう?」
「アンタ以外はね」
「大丈夫じゃ! まだ換毛期ではないと言っておるじゃろう!」
「はいはい、五階の湯は特別だからね。ゆっくりしていきな」
女将がそう言うと、たまちゃんは嬉しそうに駆け出していく。
「こっちじゃ! そこでちと、話をしよう!」
「それじゃあ行きますか」
「やったー! 楽しみっ!」
「どのようなお風呂に入れるのでしょうか」
「わ、わくわくしますね……っ」
四人もさっそく、たまちゃんの後を追う。
そのまま五階にたどり着き、目的の浴室へ。
両開きの戸を開くと、目につくのは綺麗な石床と、置かれた灯篭が照らす橙の光。
そしてヒノキの湯船。
駆けて行ったたまちゃんが、奥の木製格子戸を開くと――。
「おおおおーっ! すごーい!」
「いいじゃない!」
「これは素晴らしいですね」
「はひっ」
露店モードになった五階『特別浴場』からは、夜の京が見渡せる。
夜景を眺めながらの入浴は、ここまで完璧にクエストをクリアしたからこその特権だ。
四人は思わず、その光景に目を奪われる。
すると装備が外れ、インナー変更が始まる。
「わー! だからこの柄はやめてーっ!」
メイは身体に巻かれたタオルの柄がトラ模様で、一瞬で原始人のようになってしまった。
「これは、どういうことかしら……?」
なぜかレンだけはタオルではなく、『手ぬぐい』のような素材。
その意図に、首を傾げる。
「今回は髪を止めるのに使う物が、かんざしになっているのが特徴ですね」
「わ、私のは緑の宝石です」
「私のは刺客が、悪代官の首に刺す針のようになっています」
まもりは緑の宝石の金の意匠が施された、洋風のかんざし。
ツバメは朱色の組みひもがついた、和のかんざし。
どちらもよく似合っている。
「うわー! よく見たら骨だよこれーっ!」
一方メイはトラの毛皮に動物の骨かんざしで、完璧な原始人少女に。
「牡丹はいいけど、黒の牡丹はやめなさいよ! それとこの手ぬぐい、狙いは悪の女幹部のお風呂シーンにすることだったのね!」
黒牡丹のかんざしを着けた瞬間、手ぬぐいは一瞬でサラシに見え始める。
どうやら今回のレンは、和の女幹部にされてしまったようだ。
四人は賑やかにしながら、ヒノキ風呂に並んでつかる。
「……和のお風呂はいいわねぇ」
「本当ですねぇ」
頭の上にタオル、さらにその上にヒヨコちゃんスタイルでくつろぐツバメ。
「……実は先ほど、【スティール】を二度成功させてしまいました」
「「「「ええっ!?」」」
そのうれしさに、ついそんな話を披露する。
「二度続けてはすごいわね……」
これにはメイも、こくこくと大きくうなずく。
するとツバメはちょっと得意げな顔をした後、すぐ我に返った。
「多分次の【スティール】は、耐久になると思います……」
「覚悟が必要だわ……」
すでに白目状態のツバメに、レンもゴクリと息を飲む。
「……このアイコンは?」
一方まもりは、視界に『着替え』以外のアイコンが増えていることに気づいた。
「これは……っ!」
そしてすぐに確認。
選択すると、湯に木桶が浮き出した。
そこに入っていたのは、徳利とお猪口のセット。
「み、皆さんもどうぞ……っ」
さっそく傾けるお猪口。
よく冷えた果実水は、温まった体に染みる。
「「「「はぁぁぁぁ」」」」
思わず四人、並んでもらす息。
見れば桶に張った湯で、いーちゃんもくつろぎ中だ。
「レンちゃん、本当に組織の幹部みたいだねぇ」
「そりゃ黒い牡丹のかんざしに『さらし』みたいな布を巻いて、お猪口で何か飲んでたら組織の幹部『和』バージョンにもなるわよ……」
そんなレンのため息に、思わず笑う三人。
前回の広報誌の影響で、実は出来が良いのに思ったより使われていない『温泉』の人気が高まっている。
今回の夜景を眺めるメイたちの姿も、またヤマトの温泉人気を呼びそうだ。
「ごくらくだねぇ」
「本当ですねぇ」
いよいよ身体も温まって、身体の力が抜ける。
メイはそのまま自然と身体を倒し、頭がツバメの肩に乗った。
「ッ!?」
一瞬で身体を硬直させ、ドキドキのツバメ。
少しでも動けば、メイが身体を起こしてしまうかもしれない。
ならば自分がするべきことは、柱になることだ。
ツバメは石像のように動きを止める。しかし。
「待たせたの!」
そこに飛び出してきたのはたまちゃん。
「それーっ!」
「うわはーっ!」
たまちゃんは、ダッシュからそのまま湯船にダイブ。
大きく飛沫を上げた後、それを浴びたメイと共に並んでブルブルと水を弾く。
狐娘のたまちゃんと同じ動きをするメイに、思わず笑うレンとまもり。
そんな中ツバメだけが、メイが離れて残念なような安心したような、不思議な感情を覚える。
「すまぬ。わらわが感じた妖しい気配は、ガシャドクロと……彼女のものだったようじゃ」
「彼女?」
たまちゃんの言葉に応えるように現れたのは、一人のNPC少女。
13、14歳くらいだろうか。
綺麗な黒髪を背中まで伸ばした少女は、落ち着いた歩き姿でやって来る。
「どうやら女将が指定を間違えた様だな。二組が同じ浴室でかち合う形になってしまったようだ」
幼いながらに凛々しい瞳をした少女は、そう言って笑う。
「すまぬな、我らが後乗りしてしまったようじゃ」
「構わない。賑やかなのは嫌いではないぞ」
「この子は?」
レンがたずねると、応えようとするたまちゃんの口を少女が塞ぐ。
「ここでは気楽でいたい。アカリとだけ呼んでくれ」
「りょうかいですっ」
どうやらアカリの予約していた浴室を、女将のミスで使ってしまっていたらしいメイたち。
少女の許可を得て、あらためて六人で湯につかる。
「という感じでの、どうやら嵐山郷温泉が異変の元凶というわけではないようじゃ」
「そうだったのですね」
「じゃが、京の町で起きた異変は確かじゃ。そこでぬしたちにはこのまま探索を手伝ってもらいたい。すでに仲間の陰陽師には話をつけてあるぞ!」
「もちろんですっ」
「うむ、ではさっそくゆくぞ!」
「「「「…………」」」」
「どうしたのじゃ?」
「もうしばらく、つかってからでもいいかしら」
「うん、もうちょっと入ってたいかも……」
「このまま溶けてしまいそうです」
「そうですねぇ……クセになってしまいそうです……」
「ふふ、やはりこういう楽しい入浴も良いな」
そんなメイたちの会話に、楽しそうに笑うアカリ。
入りたいだけ入っていられる、五階の特別浴場。
その眺めは絶品だ。
そしてまもりの持ってきた果実水を、飲みつつくつろぐ時間。
気持ち良すぎて、抜け出せない。
プカプカ浮かぶヒヨコちゃん。
いよいよツバメの力が抜けて、ぶくぶくし始める。
こうして今回もしっかり全員、状態異常『のぼせ』になるまで湯につかり続けたのだった。
「そ、それではゆくぞ……っ」
温泉を上がった四人。
気づけばたまちゃんも、しっかり『のぼせ』状態だ。さらに。
「こ、これは……っ」
凛々しい目をしたアカリまで『のぼせ』状態。
肩をぶつけながら歩くたまちゃんと少女の姿に、四人は笑うのだった。
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