918.嵐山郷
「ほう……大したものじゃのう」
「たまちゃん!」
人力車レースを1位でクリアしたメイたちのもとにやってきたのは、狐娘たまちゃん。
明るいブラウンの髪に、黄色と橙の着物がよく似合う少女だ。
「何かしらのクエストで結果を出すと、会いに来てくれるって感じかしら」
レンは何十もの指定クエストから、いくつかで結果を出すと狐娘がやってくるものと予想する。
「実は少し怪しい気配を見つけての。じゃが一人で捜査するのは、ちと難しいようなのじゃ。そこで腕利きのぬしらに力を貸してもらいたくての」
狐娘たまちゃんはそう言って、あざとく首を傾げてみせる。
「おまかせくださいっ!」
「とても可愛いです」
「はひっ」
「私もそれは構わないけど、妖しい気配ってどこから感じるの?」
レンがたずねると、たまちゃんはその指をビシッと京の一端に向けた。
「嵐山郷温泉じゃ」
「温泉!?」
その言葉に、さっそくメイが尻尾をブンブンさせる。
「ついてくるが良い!」
そう言ってたまちゃんは、京の街をグングン進む。
やがて竹林の道に入り、小さな灯篭に照らされた道の風情にメイたちが歓喜していると――。
「わあ、すごーい!」
「これは見事ねぇ」
「嵐山郷……噂に聞いたことはありましたが、ここまでとは」
「び、びっくりしました」
夜の竹林の先にあったのは、緑の瓦屋根の木造五階建て御殿。
ブロックを重ねて作られた煙突から、もくもくと上がる煙。
飾られた分厚い木製の看板には、『嵐山郷』の文字が金の習字体で描かれている。
大きな温泉宿は、その内部に置かれているのであろう灯篭が放つ、橙色の光が美しい。
「異変の気配はこの中から感じるのじゃ。おそらく近々ここで何かが起こる」
「でも捜査ってどうするの? お客としてのんびりしていたら、自然と怪しい何者かがやって来るって形ではないんでしょう?」
「もちろんじゃ。そこでぬしたちには、嵐山郷温泉に従業員として潜り込んでもらいたい!」
「おおーっ!」
先行するたまちゃんに続き、メイたちも朱色の橋を渡って嵐山郷温泉の建物へ。
「さあ、待っているのはどんな異変かしら」
笑いながら続くレン。
「やはり雑巾がけや、掃除から始まるのでしょうか」
「料理番の可能性もありそうね」
「つ、つまみ食いしないように気をつけなくては……っ!」
広い玄関口から中に入ると、広がる木板の空間。
一階二階は吹き抜けの、広い受付フロアになっている。
赤いじゅうたんに、紺の暖簾。
金細工の工芸品が飾られ、なかなか豪華な雰囲気だ。
置かれた木製の灯篭も美麗な彫刻が施されていて、とにかく豪奢な空気を醸し出している。
「たのもーっ!」
たまちゃんが声を上げると、吹き抜けフロアに作られた木製階段から、女将らしき着物の人物が降りてくる。
「なんだい、誰かと思ったら狐じゃないか。換毛期の浴場使用はお断りだよ。抜け毛が溜まって掃除が面倒だからね」
「案ずるな、換毛にはまだ早い」
慣れた会話をする二人。
女将は派手な花柄の着物に、長い黒髪を大きなかんざしで留めた大人の女性だ。
「それで、この子たちはなんだい?」
「実はちょっと、仕事が欲しくての」
「なんだい、お客さんじゃなくて手伝いかい。まあアンタとアタシの仲だ、構わないけどね。見たところ……面構えは悪くない」
そう言って、メイたちをじっと見つめる女将。
「いいだろう。アンタたちには一仕事してもらうよ」
「りょうかいですっ!」
「ついておいで」
そう言って女将は、玄関フロアから紺色の暖簾をくぐって控室へ。
「こいつに着替えな」
その一言で、装備変更のアイコンが登場。
選ぶと、メイたちの装備が変わる。
「おおーっ! たすき掛けだーっ!」
「メイ……抜群に似合うわね」
やや薄手の赤い着物に濃紺の袴というのが、ここでの仕事着のようだ。
ただその肩には、背中をクロスする形で巻かれたたすき。
袴にたすきと言う姿が元気なメイに似合い過ぎて、思わず皆見とれてしまう。
「……メイ、両腕に筋肉を作る感じのポーズをしてみて」
「はいっ」
「ああっ! レンさん、これは最高の指定です……っ!」
「本当です……メイさんの元気さや可愛さが200点で出ています……っ!」
「ツバメもいいわね。長い黒髪が良く映えてるわ。まもりはやっぱりちょっとハイカラな感じになるわね」
そう言って笑うレン、一応言っておく。
「ここは全員同じ衣装でいいでしょう! 私だけちゃんと黒地にしなくていいのよ!」
「一人だけ衣装の色が違うせいで、バイトリーダーみたいになっています」
それでも似合うレンに、ツバメは感嘆。
「うむ、よく似合っておるの!」
するとひょこっと入ってきたたまちゃんが、満足そうにうなずいた。
「わらわも付近を回って異変を探してくるからの。ぬしらは仕事をしながら内側から見て回るのじゃ。頼んだぞ!」
「りょうかいですっ!」
「は、はひっ!」
「……さて、どんな仕事になるのかしら」
「楽しみですね」
「ほーらさっそく始めるよ! キリキリ働いてもらうから、ついてきな!」
そう言って歩き出す女将。
こうして嵐山郷温泉に潜り込んだメイたちの、お仕事クエストが始まった。
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