54.引っ越しは大変です!
「インベントリには入りませんね」
小さな装飾品でも手に持って運ばなければならないことを確認して、ツバメがつぶやく。
「数も多いし、とにかくドンドン運んじゃいましょう。高ポイントのものは慣れてから運ぶのがいいと思うわ」
「ふむ、それがいいだろうな」
「なるほどー、それが良さそうだねぇー」
「かしこまりましたぁ」
一緒になった女子剣士の面々も納得する。
どうやら彼女たちのレベルは、ツバメより一回り下くらいといったところだ。
「もっと軽い物の方がいいかな?」
メイが首と一緒に尻尾をかしげる。
「メイはある程度自由にやっていいと思うわよ。制限時間もあるし、ポイント高めの物でもどんどん持って行っちゃって」
「りょーかいですっ!」
メイはその高すぎる【腕力】で、高重量かつ高ポイントのシャンデリアを抱えたまま跳び出て行く。
「「「…………」」」
その力強く身軽な姿に言葉を失いながらも、三人組は各々荷物を持って大通りへと駆け出した。
「ああーっ! うちの犬が逃げ出した!」
聞こえてきたNPCの叫び声。
やって来たのは、一匹の犬だった。
犬は侍剣士の持った豪華な傘に喰いつくと、そのまま走り出す。
「え!? あっ、待つのだ犬め!!」
しかし犬は止まらない。傘をくわえたまま逃げ去っていってしまった。
突然のことに呆ける侍剣士。
その背後には、魔法の練習をする親子の姿。
「いくよ、【ファイアボルト】!」
「惜しい! もう一回!」
「よーし、今度こそ! 【ファイアボルト】!」
「おわっ!?」
少年の放った魔法は、照準を外して西洋剣士のもとへ。
「あ、ああーっ!」
少年のファイアボルトで、運んでいた花瓶が粉砕した。
「……なるほど、大通りにはこういう障害物があるってわけね」
次々と襲い掛かる大通りの仕掛けに、感嘆するレン。
「んー、もう少し軽いものにすればよかったわぁ」
一方両手で化粧箱を抱えたふんわり女剣士は、その重さに少し後悔していた。
「大変そうですね。それ、俺が持って行きますよ」
「あらぁ、ありがとうございますぅ」
「ちょっと待って! あなた……誰よ!?」
「チッ!」
その場を目撃したレンが呼び止める。
化粧箱を抱えたNPCは、あっという間に人ごみの中に逃げ込んでいく。
「あれが野盗NPCね! 油断も隙もないっ!」
あっと言う間に失うポイント。
引っ越しクエストは、早くもその意外な難易度の高さを見せてきた。
どうやらこれは、思った以上に苦労しそうだ。
「ふむ、少し欲張ってしまったか……」
犬に品物を奪われた侍剣士の、二度目の挑戦。
思い切って少し重めの衣装箱を持って来たものの、予想以上に移動速度が遅くなってしまっている。
「そいつを、渡してもらおうか」
そこに現れたのは野盗。
「だが、一対一の戦闘ならどうにか……っ」
持って来ていた衣装箱を背後に置き、侍剣士が野盗と戦い始めると――。
「なっ!?」
その隙に他の野盗が、衣装箱を抱えて走り出した。
「お、おい、待たないかっ!」
目前に立ちふさがる野盗のせいで、追いかけるのは難しい。
「【紫電】」
その足を止めたのは、戻り際のツバメ。
「【電光石火】」
さらにもう一人の野盗も、早い動きで切り倒す。
こうしてツバメは見事、衣装箱を取り戻してみせた。
「すまない……」
「ん、問題ない」
「ツバメちゃんたち大丈夫ー?」
するとそこに、早くも二周目のメイがやって来た。
「どうやら私には、少し重すぎる荷物だったようだ」
欲張りすぎたか……と、息をつく侍剣士。
「そういうことなら、わたしが持ちますっ!」
「え? だが、君はもうすでに……」
メイの提案に、意表を突かれる侍剣士。
「はい?」
「……い、いや、なんでもない。すまないな」
「いえいえー。【ラビットジャンプ】!」
そう言って、屋根の上を軽快に跳んで行くメイ。
「左手に衣装箱、右肩にソファを乗せたまま屋根の上を跳んで行くとは……」
「さすがメイさんです……」
その姿に、思わず唖然としてしまう二人だった。
「わっせ、わっせ」
両手に積み荷のメイは、屋根を行く。
「ひええええー!」
聞こえてきた悲鳴の主は、西洋剣士。
その後を追いかけるのは野盗。さらにその後ろに一匹の猛犬も続く。
「だ、誰か助けてくれえー!」
「りょーかいですっ!」
メイは積み荷を抱えたまま、屋根から塀へ。
そのまま野盗に向けて【ラビットジャンプ】で飛びかかる。
「てーいっ!」
積み荷を抱えたまま、腰をぶつける体当たり。
衝突ダメージを喰らった野盗は、犬を巻き込んで転がった。
「……た、助かったぁー」
「いえいえ、一緒にがんばりましょう!」
そう言ってニッとほほ笑んでみせると、再び屋根を飛び移って行く。
「な、なんてとんでもない能力なんだー」
ポカンと口を開けたまま、メイを見送る西洋剣士。
こうしてクエストは、一進一退を繰り返す。
「……あ、あと少しだわ」
レンは引っ越し先に荷物を置き、豪邸へと戻る。
その途中。三人組の誰かが運送中に野盗と戦闘になったのか、鏡台が置き去りになっていた。
腕力値の低いレンには、運搬が難しい品物だ。
しかし【25】というポイントの高さに放っておくことができず、レンは鏡台を抱き抱えて一歩一歩踏みしめるようにして大通りを進む。
長い銀髪に黒の装備で身を固めた魔導士が、しっかりと腰を落として家具を運ぶ姿はどこかシュール。
「どうにか……たどり着けたわね」
「そいつを寄こせーッ!」
「じょ、冗談じゃないわ!」
現れた野盗。
レンはそのまま貴族の邸宅に駆けこもうと走り出し――。
「【ウィンドアロー】」
「きゃあっ」
野盗の放った魔法が、運悪く鏡台に直撃。
壊れてバラバラになってしまった。
「…………」
静かに【銀閃の杖】を取り出すレン。
その頬は、ぴきぴきと痙攣していた。
「覚悟はできてるわね? 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけよ――――【フレアバーストォ】!!」
「うぎゃああああ!」
猛烈な爆炎が、野盗を吹き飛ばす。
「さ、次いくわよ!」
すぐに杖をしまって走り出す。
少しだけ、たくましくなったレンだった。
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