478.名家のメイドは優雅たれ!
「わっせ、わっせ」
メイは本が入ったままの本棚を抱えて、小走りで階段を降りていく。
すると廊下にいたのは、来客らしき貴族の男。
「あっ!」
この片付けクエストには、『優雅度』が大きく関わってくる。
ただ荷物を運ぶだけで達成することができないという難しさこそが、核になる部分だ。
小奇麗な格好をした貴族は、廊下を進むメイをじっと見つめる。
「……え、えっと」
優雅度を下げるわけにはいかない。
時間制限がある中、音を立てないようゆっくり進み、なおかつ貴族には道を譲らなくてはならい。
そこがこのクエストの難しさだ。
向けられる視線の中、必死に対応を考えたメイは――。
「ご、ごきげんよう」
渾身の『優雅』は、笑顔で「ごきげんよう」
これといってプラスにもマイナスにもならないあいさつで、その場をやりすごす。
「ご、ごきげんよう」
それを見たアルトリッテも、メイに続いて別にやらなくていいあいさつでこの場を乗り切る。
「はあーっ、緊張しちゃったよーっ」
「私もだ。重い荷物を運ぶことより緊張感があるな……」
前回うっかり貴族を本棚で強めに引っ叩いたアルトリッテは、メイと笑い合う。
「……本の詰まった本棚を、苦も無く担いでるメイド自体には驚かないのね」
一方、すました顔と楚々とした足の運びでイスを運ぶレン。
立ち居振る舞いには厳しい目を向けるのに、メイドが怪力過ぎる件にはリアクションしないNPC貴族に、ついツッコミをいれてしまう。
これにはツバメとマリーカも、笑みをこぼす。
「順調ね。この調子なら余裕なんじゃない?」
各自の能力に合わせて、バラけての荷物運び。
残り時間は半分を切った。
7割を運べば達成となるこのクエスト、すでに荷物は半分ほど片付いている。
「……問題はここから」
しかしマリーカはそう言って、廊下を指さす。
「これは、なかなか大変ね」
そこには、一斉に集まってくる貴族の姿。
談笑する三十人ほどの貴族は、普通に通り過ぎるだけでも面倒なほどだ。
「……やはり、あまり向いてない」
運動はできるが、身体の大きさゆえによく人にぶつかってしまう。
この手のクエストが苦手なマリーカは、できるだけゆっくりと慎重に歩を進める。
よってそれは、完全な不運。
急に振り返った貴族の手が、マリーカの持っていたガラス製の水差しを弾き飛ばした。
「ッ!!」
慌てて追いかけようとするマリーカだが、この人数ではそれも難しい。
貴族を弾き飛ばしても減点、水差しが割れても減点という最悪な状況に目がさらに死ぬ。
「【ターザンロープ】!」
しかし粉砕寸前、倉庫から戻ってくる途中のメイが投じたロープが水差しをキャッチ。
そのまま引き戻して、マリーカにVサインしてみせた。
「……本当に、一緒にメイドをしてる仲間みたい」
基本目が死んでるマリーカ、これにはうれしそうに笑う。
「思ったより難しいですね」
「どこからがアウトなのか計れない分、慎重になってるのはあるわね。ここらでスパートをかけたいけど……」
ここらで細かい物品は、一気に減らしてしまいたいところだ。
メイが尻尾にティーカップやポットを引っ掛けて運ぶことで数は稼げているが、やはり慎重さが大きくペースを下げている。
「無様な姿を見せなければいいのよね。ツバメ、お願いしてもいい?」
「はい」
ツバメはここである程度軽い物をまとめて抱え、部屋を出たところでスキルを発動。
「【隠密】【忍び足】【壁走り】!」
姿を消し、足音を消し、居並ぶ貴族たちを無視して壁を駆けていく。
「どんなにドタバタしてても、見えない上に足音もしないんじゃ、ポイントを引きようがないんじゃないかしら?」
ツバメはそのまま一度も足を止めることなく、倉庫までたどり着く。
そしてやはり優雅度に、変化なし。
「いけそうです」
ここからツバメはフル回転で、どんどん荷物を運び出していく。
【腕力】も100を超えているため、盾や剣といった飾りの品も問題なしだ。
「……すごいスキル」
「おおっ! ツバメもやるな!」
その姿に目を輝かせる、アルトリッテとマリーカ。
一気にペースを上げたことで、なんと残り時間15秒で図書室が完全に片付いた。
「待って! 最後に一つ残っていたわ!」
そんな中、レンが思い出したように声を上げる。
それは、なんとなく残していた全身鎧。
「どうせなら最後まで運び切っちゃいましょう!」
これに気づいたレンが慌てて運び出すが、鎧は当然そこそこ重さがある。
貴族たちの間を縫って、優雅に向かったのでは間に合わない。
そしてツバメは一階倉庫を出てきたところ。
走りでどうにかできる状況ではない。
「メイお願いっ! これで全部片付けられる形になるわ! こうなったら多少優雅度を下げてでも、全片づけを優先してみましょう!」
「りょうかいですっ! いくよ、アルトちゃん! 【ゴリラアーム】!」
「まかせろーっ!」
レンが二階から落とした鎧を受け取ったメイは、大きく振りかぶる。
狙いはもちろん、倉庫前にいるアルトリッテだ。
物品をぶん投げる姿は、さすがに優雅度がマイナスになってしまうだろう。
メイは減点覚悟で、全身鎧をぶん投げる。
「……ツバメ」
そんな中、廊下にいたマリーカがスカートに触れた。
ツバメはすぐにその意図を読み取る。
二人はそのまま、スカートをつまむと――。
「「ごきげんよう」」
無意味なあいさつはしかし、貴族たちの視線を奪うことだけはできる。
「それーっ!」
メイの投擲した全身鎧は、ツバメたちの方に視線を向けた貴族たちの数センチ後ろを凄まじい勢いで飛んで行く。
そしてそのまま、アルトリッテのもとへ。
「ふぐぅっ!」
ズザザザ……と後ろずさりながらのキャッチは、アルトリッテの【腕力】の高さゆえ。
他のプレイヤーなら、吹き飛ばされて大惨事だっただろう。
見事なキャッチをみせたアルトリッテは、そのまま大急ぎで倉庫に鎧セットを放り込む。
7割運び終えれば合格のクエストを、メイたちはギリギリのところで完全攻略してみせた。
「見事だー! メイー!」
「アルトちゃんもないすだよーっ!」
思わず駆けより抱き合う二人は、ハイタッチ、ハイタッチ、くるっと回ってハイタッチ。
それから貴族の視線を感じて、慌てて「ごきげんよう」
クスクスと、うれしそうに笑い合う。
「なんだか本当に、同じ仕事をしてる仲間みたいね」
そんな二人を見てほほ笑むレンに、ツバメとマリーカもうなずく。
「あれだけの荷物をすべて運び出すとは……お見事です」
やって来たメイド長も、これにはわずかに驚きの表情をみせた。
「ですが、これは雑用中の雑用。本当の仕事はこれからです」
そのメガネに宿る鋭い光。
どうやらメイドクエストはまだまだ、始まったばかりのようだ。
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