1359.店を継ぐ者
降臨祭を目前にして、賑やかな聖教都市。
メイたちの前にやってきたのは、『闇を継ぐ者』のメンバーであるスキアとクルデリスだ。
「ワイルド、スワロー、シールド、そしてベリアル」
「だから、なんで私だけ悪魔由来なのよ」
あらためて聞いても納得いかない名づけに一言いいながら、レンはそのスキアの話に耳を傾ける。
「我らの狙いは、『天使の暗殺を狙う者の阻止』だ」
両目閉じのスキアはさっそく、エディンベアにある秘密基地から持ってきたクエストを説明する。
「天使の暗殺には、魔法陣を使った大規模攻撃が企てられているという情報がある」
「降臨祭の対クエストを、闇を継ぐ者側は『祭の背後にうごめく陰謀』みたいな形でつかんだのね」
「この魔法陣は要所に【魔法石】を置くことで魔力を確保するのだが……急なことで集め切れていないようだ」
「そうなると、心許ない分は今から集めるしかないよねェ?」
「そこを狙うのですか?」
ツバメが聞くと、クルデリスは得意の狂気を感じさせる笑みでうなずいた。
「そォいうこと。魔法石をエサにしてェ、対クエストの相手を釣り上げちゃおうってわけ」
「でも、どうやって?」
「闇を継ぐ者の本部が、聖教都市の大人気店を一日借り受けた。そこで特定以上の額を使った客にはプレゼントが用意されている。一つ目が【召喚の宝珠】二つ目が【瞬間移動の羽】そして最後が【魔法石】だ」
「なるほど。その三択で使い道の少ない【魔宝石】を選ぶ人は、なかなかいませんね」
「んっふふ。そういうことだねェ」
相変わらずクールなスキアと、常時危険な笑みを浮かべたクルデリス。
「どんなお店をするつもりなのっ?」
意外な角度からのクエストに、早くもワクワクしているメイが問いかけると、スキアは意外な業種を上げる。
「パイの店だ」
「っ!」
パイと聞いた瞬間、目を見開くまもり。
「話題の人気店が【魔法石】を配るとなれば、目にもつくだろう」
「なるほどね。それで私たちは隠れて待てばいいんでしょう?」
「いや。主に我々が店に出て、客をさばく形だ」
「……はい?」
まさかの返事に、首を傾げるレン。
「ウェイターをしながら不審者を見つけるクエストってこと? でも、貴方たちが大人気店の店員をやるようにはとても――」
レンがそう言いかけた瞬間、スキアがクエスト用【変身の杖】を取り出した。
明るい紺の修道服のスカートを短くして、頭のヴェールを取った形のめずらしい衣装は、聖教都市ならでは。
あっという間に姿を変えたスキアは、満面の笑みで頭を下げる。
「いらっしゃいませーっ」
さらに続けて変身したクルデリスまで、笑顔の種類を変えてくる。
「今日のお勧めは、黄金リンゴのパイですにゃっ」
両手を猫のようにした、ちょっとキャラ強めの店員だ。
「……忘れてたわ。この二人は潜入時の『キャラ変』を、本気でやるタイプだったわね……」
スキアとクルデリスのなりきりぶりに、顔を引きつらせるレン。
こういう時に『闇の者モード』のままでいるのは、本気で侵入しようとする者のやることじゃない。
そんな過去の自分のこだわりを思いだして、同時に恥ずかしくなる。
「ベリアルたちも着替えたら、さっそくクエストを開始しよう」
そう言って【変身の杖】を渡されると、さっそくメイたちも装備を変える。
「わあ! かわいいーっ!」
さっそく衣装を変えたメイは、ご機嫌で尻尾をブンブン。
「「…………」」
短いスカートが本当によく似合うメイに、ツバメとまもりが目を奪われる。
「メイさんが店員をする喫茶店があったら、毎日通いますね」
「ほ、本当ですねぇ……」
「確かにこういうのを着させたら、メイの右に出る者はいないわね」
「それだけ『対象』の目にもつくという事だな」
「いいねェ、あれで星屑屈指の実力者っていうのがたまらないんだよねェ」
各々、メイの店員衣装に満足したところで店へ。
そこは明るい石造りの外観に、黄色と橙の大きな看板が目印の、なかなか広い店舗。
「お前さんたちが、今日店を主導するっていう子たちかい?」
やってきたのは、この店のオーナーであるヒゲの中年男性NPCだ。
「商品はいつも通り用意しておいたから、基本的には配膳が仕事になる。あと『貸切主』から配ってほしいってアイテムが来てるから、対象の客に渡してくれ」
「はいっ!」
「それじゃあ開店だ。降臨祭とあって忙しいだろうけど、がんばってくれ」
「りょうかいですっ!」
そう言い残して、オーナーは帰って行く。
そして閉まっていた店が開き、その店員の姿を見た冒険者が足を止めた。
「今日はここ開店遅いなと思ってたけど……メイちゃんたちが店をやるのか!?」
「えっ!? 五月晴れがいるの!?」
「本当だ! メイちゃん、アサシンちゃんも可愛い……!」
「今日は、特別プレゼントもあるんですよっ」
「ぜひ、寄っていってほしいです」
さらにキャラを完璧に作ったスキアとクルデリスに、思わず集まる通行人たち。
一瞬で、通りの空気がざわつき始める。
「……これ、大変なことになるかもしれないわね」
「んっふふ。さすがワイルドだねェ」
幾度となく星屑の宣伝広告に出てきたメイを中心にした、五月晴れの面々。
可愛い衣装を身にまとったメイたちが店員をしている上に、『使い勝手の良いアイテムの配布』まである。
それが分かったら、店を利用しない理由はない。
「「「【猛ダッシュ】!」」」
早くも高速移動スキルを使った、客席の奪い合いが始まった。
脱字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!
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