1332.目覚める月の獣
月文明崩壊を先導したアンブラ王、レクス・オブスクルス。
月の獣の因子を自らに取り込んでの戦いは、メイたちの前に敗れた。
こうして月をめぐる野望は、潰えたことになる。しかし。
「それでも、最強種デラヴォロスの覚醒は止められないのよね」
「はい、目覚めを止めることはできません」
静かにうなずくセレーネ。
「これで残された道は、姉妹のどちらが生涯をかけて月の獣を封じ続けるか、打倒してその役目から解放するかとなりましたね」
「か、勝てばいいというのは、分かりやすくていいです……っ」
「負けられないね!」
メイは両手をグッと握って、気合を入れる。
月を滅ぼした最強種の誕生に利用された二人は、その責任を強く感じている。
そしてその解放には、打倒しかない。
「シナリオ次第では……デラヴォロスが巨竜のように宙を渡ってしまうパターンもあるかもね」
戦いに負けてデラヴォロス封印の『カギ』である姉妹がいなくなってしまい、世界が大きな被害を受ける。
そんな物語が始まる可能性も、残っている。
月に隠されたシナリオはとても大きく、特別なものだったようだ。
「デラヴォロスの目ざめはもう、目前です」
セレーネが、滑走路の先に続く荒野を見ながら告げる。
「かの最強種は、わずかな時間で月を崩壊させた恐るべき魔物」
その表情はやはり、暗い。
「でも私はね、大丈夫じゃないかなって思ってる」
すると続けたのは、妹のムーナ。
「ムーナって、そんなに楽天的でしたっけ?」
「だって、私をここまで連れてきてくれたこの冒険者たちは……すっごく強いんだよ! あのオブスクルスでも歯が立たなかった! いくつもの危機を超えてきた力は、本物なんだよ! ねっ?」
共に旅をすることで戦う姿を見てきたムーナは、ラビを抱きしめながらセレーネに笑いかける。
するとラビもムーナの肩に登り、その言葉を肯定するように飛び跳ねた。
「長い長い時を経て、再会した三者。いよいよ負けたくなくなりました」
「は、はひっ!」
姉妹とラビの姿を見て、ツバメとまもりが覚悟を決める。
「……メイ、多分ここが戦いの場になるわ」
「りょうかいですっ!」
さっそく動き出すメイ。
レンも始まる大きな戦いに向けて、包帯と眼帯の装備を取り出し準備を開始。
ツバメやまもりとの、スキルの確認も忘れない。
「……本当に、戦うのですか?」
しばらくして投げられた言葉に全員でうなずくと、そのままセレーネに連れられる形で歩き出す。
奇跡のラビ救出によって、そろった月のフルメンバー。
灰色の大地を歩き続け、アンブラの先、大きな平地の真ん中へと向かう。
「大きな戦いにピッタリね。その上遮蔽物もなし」
「真正面からのぶつかり合いになるわけですね」
「ドキドキしちゃうね……!」
「は、はひっ」
やがてセレーネが、足を止めた。
続く荒野の中心。
見えるのは星の瞬く宙と、青い星の輝き。
静かに、その顔を上げるセレーネ。
「――――封印が、解けます」
緊張の言葉と共に、静寂の中にあった月面に噴き始めた風。
徐々に強くなり、渦を巻き、灰色の砂を巻き込んでいく。
震え出す大地が、これから現れる敵の恐ろしさを物語る。
やがて地上十五メートルほどのところに、大量の光が集まり始めた。
一か所に無数の光線が収束していく光景は、不思議と神々しい。
「「「「っ!?」」」」
そして、炸裂。
すると今度は風が、外に向けて駆けていく。
「その身体を動かす魔力の吸収や循環を停止して、眠りにつかせることができるというのが私たちの力。解ければすぐに魔力を吸収し始めます」
「そうなったら、異空間に留めておくことができなくなるんだよ」
空に走り出す、盛大なヒビ割れ。
「「「「っ!!」」」」
直後。大量の粒子をまき散らして、封印の空間を作っていた魔力の壁が粉砕した。
そこから見たことのない巨体が異空間を抜け出し、ゆっくりとこちらに現界してくる。
「これは……迫力がありますね」
「は、はひっ」
現れた化物の姿に、思わずまもりが盾を強く握る。
まず月の獣の最強種、デラヴォロスには顔がない。
全身は黒く、長くのっぺりとした触手を何本も垂らしている。
「例えるなら、漆黒のクラーケンって感じ?」
レンは、無貌の獣を見てつぶやく。
特徴的なのは、頭上に十字をつないだ金冠のようなものが生えていること。
そしてその身体に走る、黒い紋様くらいだ。
「こ、これが、デラヴォロスですか……」
緩く広がる触手たち。
目覚めたデラヴォロスはわずかに浮遊しており、まるで大きなマントを揺らしているかのように見える。
覚える、悪しき神々しさ。
「私も手伝うからね! 絶対にセレーネを連れて帰るんだからっ!」
そう言って気合を入れるムーナの足元に、ラビも陣取る。
「私も、お手伝いができそうなら全力で加勢します」
そこにセレーネも続いた。
「でも、無理はしないでください」
それからメイたちのもとに来て、ムーナに聞こえないよう小さな声でそう続けた。
「いざという時はムーナとラビを連れて月を出てください。どうか、よろしくお願いします……っ」
その表情に見えるのは、憂いと決心。
「逃げるルートもあるわけね。でもそんなこと言われたら、余計に負けられないわ」
「絶対に、みんなで一緒に帰ろうね!」
「こうなったらもう、勝つしかありません!」
「が、がんばりますっ!」
数千年前、月を滅ぼした獣の最強種。
あがる咆哮はどこか甲高く、幻想的にすら感じる。
「みんな、みんな……一緒に連れて帰りますっ!」
そんなメイの宣言と共に、姉妹たちの絆と世界の命運をかけた戦いが始まった。
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