1329.月の獣の因子
レクス・オブスクルスは、その身を大きな二足の狼に変えた。
「さあ、月の獣王となった我が前に……ひざまずけぇぇぇぇ!!」
蹴り出す足に、上がる砂煙。
「速いです……っ!」
一歩目の速さに、驚くツバメのあげた声。
どうやらスキルではなく、通常のダッシュが高速になるタイプの敵のようだ。
とんでもない速度で接近してきたオブスクルスは、【ラピッドクロー】で攻撃。
隙が少なく連打の効く攻撃で、勢いのままに初手を取った。
「いきなりの後衛狙い……っ!」
拳打の速度で放たれる高火力の攻撃、その勢いにレンは防御を選択。
しかしその火力は高く、しっかりHPを削られたうえに、足も下がっていく。
「【加速】!」
そこにツバメは、横から迫る形での援護を狙うが――。
「【烈爪】ォ!」
「っ!?」
連撃の合間に挟んだ爪の振り払いが空中に大きな斬撃を描き、ツバメを斬り飛ばした。
「でも!」
ツバメは斬撃に斬り飛ばされたが、続いていた攻撃に隙間が生まれた。
レンはすぐさま、オブスクルスに杖を向ける。
「【フレアストライク】!」
放つ炎砲弾は、発生の速さと火力を両立させる見事な選択。
「甘いわぁぁぁぁ!! 【マッドイーター】!!」
しかし大きく開いた口に並んだ牙が炎砲弾を噛み潰し、火の粉をまき散らす。
「魔法を、嚙み潰した……っ!」
「消えろ魔導士! 【神速魔爪】っ!」
驚愕するレンに対し、オブスクルスは右手を大きく引く。
踏み出した一歩。
視界から消えたと思う程の超加速から振り上げる、白銀の爪がレンを貫きに来る。
「【かばう】【地壁の盾】っ!」
駆け込んで来たまもりが、大慌てで防御に入った。
直後、盾と爪の衝突によって弾ける大量の火花。
「「きゃあっ!」」
弾き飛ばされ、レンを巻き込んで後方へ転がる。
まもりが防御してそこそこのダメージを受けるほどの一撃は、その火力も折り紙付きだ。
「ツバメが敵になったかのような感じね……!」
恐ろしいほどの高速、それでいて一撃必殺の火力もある。
そんな敵に、思わずつぶやいた瞬間。
「グォォォォォォォォ――――ッ!!」
「「「「っ!?」」」」
オブスクルスは続けざまの【爆咆】で衝撃波を放ち、全員を硬直させた。
「この発生の速さで、範囲硬直攻撃ですかっ!」
「どうしたどうしたッ!! 青き星の戦士は、この程度かァァァァ――――ッ!?」
この隙に突き進むオブスクルスは、レンに【ラピッドクロー】による斬撃を三連発で叩き込み、起き上がり際のまもりとツバメを上手に【烈爪】をぶつけ、二人まとめて斬り飛ばした。
脅威の速度と火力で暴れ回る、剛腕の人狼。
「これ以上は、させませんっ!」
猛威を振るう高速攻撃の前に、駆け込んできたのはメイだ。
「【装備変更】っ! からの!」
メイは振るわれた【ラピッドクロー】をかわして、反撃に入る。
「【キャットパンチ】だーっ!」
そしてその隙間に、【肉球グローブ】で猫パンチを叩き込んだ。
「パンチパンチパンチパンチパンチパンチパンチ!」
そこからは、速く強力な拳打の乱舞を繰り出していく。
だがオブスクルスの方も、アーマー状態。
必然的に始まる、ガードなしの殴り合い。
凄まじい勢いで弾ける打撃のエフェクトは、目にも止まらない。
「……くっ!」
だが、メイは当たらない。
オブスクルスは爪が武器となったため『振る』形の攻撃ばかりになり、メイはこれを当然のようにかわす。
敵の攻撃を受けても、のけ反らずに爪の攻撃を続けるオブスクルスは、結果として一方的に猫パンチを叩き込まれる形になった。
刺突をかわして、カウンターのような形で【カンガルーキック】を決めたメイは、距離が離れたことで大きく息を吸う。
「お返しだーっ! がおおおおおおおお――――っ!!」
放たれた【雄叫び】は、体勢の崩れているオブスクルスに回避のしようなどなし。
「【電光石火】!」
即座にツバメが斬り抜けでつなぎ、同時に道を開ける。
「【虎爪拳】っ!!」
続くメイの大きな振り降ろしの一撃に、ついにオブスクルスは後方に倒れ込んだ。
「【誘導弾】【フレアストライク】!」
最後はレンの放った炎砲弾が炸裂して、吹き飛ばされる。
見事な連携での攻撃。
だがオブスクルスは、それでも勢いを止めない。
「止まらんぞ、その程度で私はなァァァァ!! 【斬撃爪嵐】!!」
後転の勢いの任せて立ち上がると、両手を大きく開き、そのまま背中を抱きしめるような形で振る。
すると付近一帯に、大量の空刃が飛来。
これを全員が防御対応したところで、オブスクルスは再び攻撃を仕掛けにいく。
「狙いはあくまで後衛、タチ悪いわね……っ!!」
その狙いは、またもレン。
もはや後衛の【耐久】が低い者を、見せしめにするかのような攻勢だ。
駆け込んで来たオブスクルスは、強烈な踏み込みで一気に接近。
「【雷光爪】!」
「速っ……!」
雷のごとき斬り抜けは、もはや回避を狙えるレベルではない。
レンは防御でこれを受け、振り返る。
「【雷光爪舞】!」
「さらに速くなるのっ!? でも! 【フレアバースト】!」
オブスクルスは爆炎のダメージを確かに受けながらも、止まることなし。
炎に焼かれながら、猛スピードでレンの横を通り抜けていった。
するとその後に遅れて、八発の斬撃が閃く。
「くっ!」
斬撃が遅れてくるほどの速さ。
なかなか見られない稀有な攻撃は、レンの防御を崩して弾き飛ばす。
肉を切らせて骨を断つ。
そんな狂気の攻勢を前に、メイとツバメが慌てて駆けつけるが――。
「【斬撃爪嵐】!」
再度の空刃乱舞でその足を止め、あくまでレンを潰しにかかる。
目前に迫り、両手を開く。
そして始まる、驚異の高速連撃。
「千切れ飛べ――――【マッドブリンガー】!」
「そ、そうはいきませんっ! 【コンティニューガード】【天雲の盾】【チャリオット】!」
危機にあるレンの前に、空刃を弾きながら駆けつけてきたのはまもり。
始まるオブスクルスの攻撃に対して、盾を構えると――。
「【爆火盾】!」
初見で、イチかバチかの連続防御を狙う。
右爪の振り上げを受け、即座に巻き込むような形で迫る左爪を弾く。
上から振り下ろされる右爪を盾を掲げて受けると、即座に脚を狙った左爪の突きを、盾を降ろすことで防ぐ。
ここで即座に来た右左右の三連刺突を、慌てて盾を持ち直すことで受ける。
飛び散る大量の火花。
両手をクロスしての振り上げを受け、そのまま放たれる振り降ろしもしっかり防御。
驚異的な攻撃速度は、ほとんど残像のようにしか見えない。
続く回転斬りは、先に右ヒジが見えたにもかかわらず、攻撃は左爪のみという『一拍』遅れる仕様。
それでもまもりは、その全てを耐え抜き安堵の息をつく。
するとオブスクルスは、バク転を一つ。
「っ!?」
着地と同時に、姿が消えた。
最後の一撃は、さらに大きくタイミングをずらして放つ、【神速魔爪】
「……ここですっ!」
真後ろで見ていたレンが、震えてしまうほどの反応。
唐突な緩急に思わずに前のめりになってしまう身体を抑え、まもりは見事に全弾『ジャストガード』を決めてみせた。
「い、いきますっ!」
「う、おおおおおお――――っ!?」
すると次の瞬間、圧縮された爆発が巻き起こってオブスクルスを吹き飛ばした。
「さすが! この流れを止めたのは大きいですっ!」
「まもりちゃんないすーっ!」
「ありがとう、助かったわ! もらった反撃の流れ、このまま押し切らせてもらうっ! 【コンセントレイト】!」
レンはそう宣言して、視線をムーナへ。
「ムーナ! 重力ゼロでお願いっ!」
「まかせてっ! 【グラビティ・ゼロ】っ!!」
レンの言葉に、ムーナは即座に突き出した右手を真上に払う。
すると爆火盾を喰らって跳ねたオブスクルスは、宙を舞った状態のままとなった。
「喰らいなさい!」
直前までの嵐が嘘のような静けさの中で、『溜め』が全開になった杖を、空中のオブスクルスに向ける。そして。
「【聖槍】!」
巨槍と化した聖なる光刃は宙を一直線に駆け、そのままオブスクルスに突き刺さると、盛大な爆発を巻き起こす。さらに。
ガレキを蹴って跳んだメイが構えるのは【白鯨の弓】
「【曲芸連射】! それそれそれーっ!」
無重力空間へ向けて五連続で放たれた矢は、本来ありえない距離を飛び、そのまま全てオブスクルスに突き刺さった。
「ホバー移動は使えない、遠距離攻撃の手段もない。そして……矢も刺さる。鎧を脱いだのは失敗だったわね!」
複数本の矢で蓄積した麻痺が、ここで発動。
【グラビティ・ゼロ】の効果が切れて落下したオブスクルスは、麻痺で動けない。
「いきますっ!」
もちろん、この隙を突かない理由などない。
メイが掲げた右手には、輝く銀の【チャンピオンリング】
「来てっ! りーちゃん!」
するとモンスターバトルの時と同じ魔法陣から、登場してくるリザード。
メイとリザードは、横並びで仁王立ちポーズ。
二人並んで走り出すと、一直線にオブスクルスのもとへ。
そして、最後の一撃を叩き込もうとしたその瞬間。
「……あれ?」
ボスだけあって、状態異常からの回復が早い。
反撃の構えを取ったオブスクルスに、メイが「このままでは間に合わない」と、慌て始めたその瞬間。
「っ!」
たった一体で、ムーナたちの部屋を守り続けてきたラビ。
見事な体当たりで、隙を延長した。
「ありがとーっ!」
ラビに感謝を告げながらメイは剣を掲げ、リザードは大きく足を引く。
「いくよ! りーちゃん!」
大きくうなずくリザード。
両者はそのままオブスクルスの懐に入り込み、全力で剣を、尾を振り下ろす。
「必殺の……ツイン【ソードバッシュ】だああああああ――――っ!!」
二つの衝撃波が合わさり、崩壊都市を駆け抜ける。
その凄まじい威力の前に吹き飛ばされたオブスクルスは、付近のビルを突き破って転がり、そのまま倒れ伏した。
「りーちゃん、ないすーっ!」
メイはよろこぶリザードを抱えて、クルクル回る。
「まさか……及ばぬ星の者たちに、月の獣の因子まで取り込んだこの私が……破れるというのか……?」
どうにか身体を起こすも、姿も元に戻ってしまったオブスクルス。
「いや、まだだッ!」
「信じられない」といった表情をしていたが、すぐさま気力を取り戻す。
「アレが来れば、戦況はひっくり返る!」
叫んだオブスクルスが右手を高く掲げると、その前に現れる巨大な魔法陣。
「さあ、来たれ! 『率いる者』よォォォォ――ッ!」
「「「「っ!!」」」」
ラビを狂わせる魔物の名前に、思わず息を飲むメイたち。
生まれた魔法陣に、強烈な光が走り出す。
そして、次の瞬間。
「なにっ!?」
遠く巻き起こった、盛大な爆発炎上。
すると魔法陣に集まっていた光が、飛散して消えた。
「な、なぜだ? なぜ『率いる者』が来ない!? ルナフォーで何が起きたというのだっ!?」
「……白夜たちが、やってくれたみたいね」
思わず全員で、ラビの無事を確認する。
月の獣たちを狂わせ壊すという『率いる者』は、紅の翼によって打倒されたようだ。
「ありえない、あ、ありえない……っ!」
最後の力を使い果たしたオブスクルスは、今度こそ月の荒野に倒れ伏したのだった。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




