1307.月
「わあーっ! 空が暗くなっていくよ!」
あっという間に変わっていく光景に、メイが思わず歓声を上げた。
「ち、地表がドンドン遠ざかっていきます……っ」
『月の船』と呼ばれる大型飛行艇の舵が内部にあり、壁の一部が窓のように透けるのは、宇宙空間のことを考えてのことだったようだ。
ある種ブリッジのようなこの空間からは、下を見れば大地や海が、上を見れば星々の輝きがよく見える。
「……本当に宇宙まで出て来てしまったのね」
「あ、あとはこのまま、月まで真っ直ぐですね」
「軌道が決まったらあとは、自動運転のようです」
「あらぬ方向に舵を切った場合、別の星につくなんてことはなさそうね」
こういう時に「……これ月以外の方向に向かったらどうなるんだ?」と考えてしまうのは人の常。
今のところはその辺りを、未然に防いでいるようだ。
初めての空間を楽しみながら、大型船は宇宙を突き進む。
するとあっという間に、月が近づいてきた。
「見て見て! 月に街みたいなのがあるよっ!」
「本当ですね……」
メイが指を差す。
月はまばゆい白の輝きを灯し、そこには大きなクレーターがいくつもある。
その中には、建物が整然と並んでいる場所もある。
「これはワクワクするわね……!」
「はひっ」
月に作られた、まだ見ぬ文明。
その一つの大きな街に向けて、『月の船』は進んで行く。
「…………」
「月に連れて行って欲しい」と言ったクエスト主の少女は、言葉もなく古き街を見つめている。
「何か思い出した?」
「あれは……」
「あれは?」
「街」
「でしょうね」
何かに目をつけては、大したことを言いそうで言わない少女にレンが笑う。
月に待つ『大切な何か』を確かめるため、やって来た金色の髪の少女。
今の時点では、情報を得ることはできなさそうだ。
「運転の自由が戻りましたが……街の中に船を降ろすのは難しそうです」
ツバメは低空飛行で街の上を抜けていくが、さすがに大型船を置ける場所は見当たらない。
「ク、クレーターの外に置くしかなさそうですね」
そこでまもりの言うように、街の外周を担っているクレーターの外側に月の船を降ろすことにした。
「行ってみようよ!」
「はいっ!」
すでに尻尾がブンブンのメイが駆け出し、ツバメもそれに続く。
「……ていうか、外に出て大丈夫なのかしら」
「す、少し怖いですね」
月の船の最上階には、甲板へと続くドアがある。
その前には、しっかりとレンの到着を待つメイとツバメの姿。
「なんであの勢いで駆け出して行って、ちゃんとドアの前で待ってるのよ」
ここでもしっかり、レンの後ろに回る三人。
レンは苦笑いしながら、扉をそーっと押していく。
「空気が抜ける感じはないわね」
しかし中の空気が、外に抜けていく感覚はなし。
「よしっ!」
レンは思い切って、ドアを全開にする。
それでも特に異変はなし。
どうやら月も、地上と変わらない感覚で行動することができそうだ。
四人は少女と共に月の船を降りて、月の大地に足を降ろす。
「それっ」
「これは一人のプレイヤーにとっては小さな一歩ですが、星屑の歴史にとっては偉大な一歩になりますね」
大きなジャンプで月に降り立ったメイを見て、ツバメがほほ笑む。
「広ーい!」
さっそくピョンピョンと、ウサギのように跳びはねて見せるメイ。
どうやら外のマップは、重力も変わらないようにできているようだ。
「ああっ! 皆こっちこっち! こっちに来てーっ!」
大きく手を振って、皆を呼ぶメイ。
言われるまま船を降りたレンたちが、月の船を避けるように移動していくと――。
「すごい……!」
「はい、これはすごいですね」
「はひっ」
そこには、さっきまでメイたちがいたはずの青い星が見える。
その美しさと輝きには、思わず目を奪われてしまう。
「わたしたちがいた星って、こんな風に見えるんだねーっ」
「あ、あの辺りが、氷漬けの魔物がいた北極でしょうか……っ」
「クク・ルルとか、ラフテリアも見えるかなっ?」
目を凝らして、のぞき込む。
現実でも星屑の中でも、常に月は見上げるという形だった。
それが逆に、月から見るというのは初めての経験になる。
四人は少女と共に、しばらくその光景を眺めていた。
「……でも空気があって、普通に重力も働いてるってことは、やっぱり相当進んだ文明があったのね」
「そうなりますね」
振り返るとそこには、クレーターを構成する山の一部を垂直に切り取り作った道。
完全に舗装された足元は石畳ではなく、『灰色にした現代の道路』のようだ。
無彩色が基本のため、神秘的で退廃的なその空間へと、自然と足が進む。
するとクレーターで作られた壁に、標示板を思わせる大きな看板がつけられていた。
「看板があるわね」
「なんて書いてあるのでしょうか」
モナココの文字はまだ分からないため、首を傾げるレン。
「……テネブラエ」
すると少女が、つぶやくように言った。
「ここは月の、第二の都市みたい」
五人はそのまま道路を進み、テネブラエという名の街へ踏み込んでいく。
「半壊って感じかしら」
街は整然としていて、異常なまでに静か。
色褪せたのか、それとも元々の色使いなのか、淡い配色の看板たちが灰色の街を飾っている。
しかし倒壊した建物や、その残骸などが放置されている状態からは、危険な何かを感じざるをえない。
「ここから、ルアリアに向かえるみたい」
「ルアリアは、モナココの前身となった国だったわね」
看板を見た少女が指さしたのは、地下へと続く階段。
「なんだか地下鉄の駅みたいだね」
「実際そういう乗り物があったんじゃないかしら」
下り階段の先には本当に、改札のようなオブジェクトがある。
装置としての起動はしていないが、念のため気をつけながら先へ。
ホームらしき場所はあるが線路はなく、上下線を分ける穴もない。
かまぼこのような形の空間が、どこまでも続いている。
そして乳白色の空間には、淡い黄色の蛍光灯のようなものが延々と並ぶ。
「交通機関が止まっているのなら、ここを歩いて進む形になるのでしょうか」
しばらく待ってみるが、やはり電車の類はやってこない。
メイたちはルアリアへと続くらしいこの『チューブ』を、自力で進んでみることにした。
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