1290.Cain Judas
メイは進む。
レンが下がってなお、余裕の笑みを浮かべたままでいる男の元へ。
空いた観客席に腰を下ろし、この事態を楽しむように睥睨しているのは、スターダスト団リーダー。
キャイン・ジューダ。
「お見事でした、メイさん」
やって来たメイを、ゆっくりとした拍手で出迎える。
「まさかあの邪炎龍に勝利してしまうとは……あなたはモンスターで、世界に覇を成すことができるほどの逸材だ」
「皆のモンスターたちを、解放してくださいっ」
メイの要求を聞いたキャインは立ち上がり、わざとらしく首を振る。
「そうはいきませんよ。ここにいるモンスターたちを使い、さらに世界の有望な魔物たちも捕獲して洗脳。最強のモンスター軍団でこの世界を蹂躙するのが、私の野望なのですから。モンスターたちを助けたければ、この宝珠を砕くしかない」
その手に取り出したのは、今も多くのモンスターとトレーナーを拘束している魔力装置のスイッチ。
「メイちゃん! 頼む!」
「俺たちの相棒を助けてくれ!」
観客席のトレーナーたちから、あがる懇願の声。
「ですが、もちろん易々と渡すつもりはありません」
キャインが静かに、空いた手を上げる。
「見せてあげましょう。鉄の森で捕えた至高のモンスターを。それは神話にも登場する伝説の一体。誰もが畏怖し、崇める最強の魔物……っ!」
生まれた黒煙が渦巻き出し、じんわりと現界していく魔法陣。
「来たれ――――フェンリル」
地面に垂直に展開された大型の陣から、ゆっくりと出てきたのは大型の黒狼。
しかしその目と口に揺れる炎が、身体の各所に残る千切れた鎖が、その個体が特別な存在であることを物語っている。
「我がフェンリルが、世界のモンスターたちの王となる。そしてその王を……このキャイン・ジューダが使役するんです」
フェンリルはキャインに唸り声をあげるが、宝珠の出力を上げれば魔力が身体を駆けめぐり、再び洗脳状態となる。
「さあチャンピオン、あなたのリザードもいただきましょう」
「りーちゃんは渡しませんっ! 皆の相棒も返してもらいますっ!」
「ふふ。見事なトレーナーぶりを見せていただきましたが、我がフェンリルの前には有象無象も同然。ここで覆しようのない力の差を見せてあげましょう! そして全てのモンスターは、我が前にひざまずくのです!」
フェンリルが、灯る炎を揺らしながら前に出る。
「りーちゃん、がんばろうね!」
大きくうなずいたリザードが、向かい合うように立つ。
にらみ合う両者、静まり返る舞台。
キャインが、その手を伸ばす。
「駆けろフェンリル! そして全てを――――喰い千切れ!」
放たれた号令を合図に、最後の戦いが始まった。
「【月追い】」
「っ!?」
恐ろしい加速で迫るフェンリルに、驚くメイ。
これだけの速度であれば、その巨体は単なる体当たりでも脅威となる。
防御しても弾き飛ばされそうな勢いの体当たりに、出すのは短い指示。
「【猛ダッシュ】!」
リザードも自慢の足で走り出し、両者がぶつかり合うその手前。
「跳び越えちゃえっ!」
リザードはなんと、フェンリルの背中に手を突いて、跳び箱のようにやり過ごす。
すれ違ったフェンリルとリザードは、同時に振り返る。
フェンリルは再び走り、先手を打ってきた。
「【紅蓮火爪】」
左前足による叩きつけは、溶岩の様に煌々と燃える爪の一撃。
「バックステップで!」
リザードが指示通り下がってかわすと、地面から盛大に閃熱が噴きあがる。
目前に広がる炎が、額の前をかすめていった。
安堵の息をつくメイだが、フェンリルは止まらない。
着いた左足を軸に、続けざまに右前足を振り下ろす。
慌てて下がるリザードは爪の一撃をギリギリでかわすことに成功したが、直後に噴きあがった閃熱に吹き飛ばされた。
「りーちゃん!」
炎に焼かれ、転がるリザードに対してキャインは追撃を放つ。
「【激流砲】」
「りーちゃん! 【キノコ!】!」
それは恐ろしく早い判断。
メイはフェンリルが駆け出さなかったこと、胸元をふくらませて首を後方に下げる動作を見て、『ブレス』の類だと予測して指示を出した。
直後、フェンリルの口から放たれたのは『水のレーザー』のような一撃。
しかしリザードの目前に生えた三本のメルヘンキノコが、水レーザーから見事に防御。
「防御の判断、早っ!!」
これには思わず、感嘆してしまう観客席。
「ならば、そいつごと【食いちぎれ】」
「っ!?」
【月追い】で距離を詰めたフェンリルは、大きなキノコの一つを喰いちぎって振り回す。
自分で生み出したオブジェクトの振り回し攻撃には、さすがに対処できず直撃。
ダメージは衝突判定で少ないが、リザードは地面を跳ね転がった。
「【月追い】」
胞子となって消えていくキノコを放り出したフェンリルは、すぐさま後を追ってくる。
慌てて立ち上がったリザードに仕掛けるのは、前足での払い。
これを下がってかわしたところに、続く喰らいつき。
さらに大きな後方へのステップで、これを避けたところで――。
「【紅蓮火爪】だ!」
右前足を、叩きつけてきた。
爪による攻撃の直後に噴き出す閃熱は、追撃と同時に敵の反撃も抑える優秀さを誇る。しかし。
「ここだよっ! 【超雷光蹴り】を前に!」
さらに大きく一歩下がっていたリザードは、霧散していく閃熱の中へ、飛び込む形で跳躍。
足に雷光を輝かせ、距離を詰めていく。
「防御でいい」
対してギリギリで間に合うと判断したキャインは、しっかり守って反撃を狙う流れに舵を切る。
「っ!?」
そして、驚愕する。
メイの指示は、大熊猫がカンフーパンダに行ったものと同じ。
このタイミングで飛んでも直撃は狙えないと感じたメイは、蹴り技を出しておきながら『わざと外して手前に着地する』という攻撃を指示。
なんとリザードもそれに応え、そのままフェンリルの目前に着地。
地面をかける雷光にフェンリルが身体を引き、まさかの事態に驚くキャインも硬直。
「【キノコ!】」
複数の設置はできないが、再使用までの時間が短いこのスキル。
足元から勢い良く突き出すキノコで、フェンリルを弾き上げた。
この時点でダメージはないが、宙を舞った状態では反撃も防御すらできない。
「もう一回【超雷光蹴り】だああああ――――っ!」
落ちてくるフェンリルに、叩き込む雷光。
激しい光と共に蹴り飛ばされて、転がっていく巨体を見て、メイはすかさず指示を続ける。
「キノコを蹴って、向こう側へ!」
言われるままリザードは、生えたてのキノコを足場にして跳躍し、空中に躍り出る。
「そのまま【テールバッシュ】だああああ――――っ!!」
宙でくるりと回って体勢を作り、着地と同時に放つ尻尾の叩きつけ。
駆ける衝撃波が、ようやく起き上がったばかりのフェンリルのもとに迫る。
「フェンリル! 【食いちぎり】だっ!」
キャインの指示に、なんとフェンリルは真っ向から衝撃波に喰らいつく。
そして『神すら飲み込んだ』という恐ろしい口で、そのまま飲み込んでみせた。そして。
吐き出す。
「りーちゃん!」
まったく同じ威力のまま、迫り来る衝撃波。
これを大きなサイドステップで、リザードもかわす。
衝撃波はキノコを吹き飛ばし、そのまま駆けていった。
「なんだ、これ……」
「モンスターバトルって、こんなレベルになるのか……?」
吹き荒れる風。
邪炎龍との戦いに続いての凄まじさに、トレーナーたちは拘束されたまま唖然とするのだった。
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