1287.クローナvs洗脳ツバメ
「……始めよう」
ツバメは悪い笑みを浮かべながら、告げた。
その背後に控えさせた大きなヒヨコまでもが、口端に見せる自信。
「狂ったモンスターたちは、世界を狂気に塗り替える。訪れるのは、秩序なき混沌の世界だ。そして我らが、その頂点に立つ」
狂気のアサシン、ツバメはそう言って笑う。
「メイちゃんはキャインを追って。皆のモンスターたちを守るために」
「りょうかいですっ。ツバメちゃん、目を覚ましてねっ!」
「……っ」
メイに呼びかけられたツバメは一瞬、何かを思い出しかけたかのように目を見開く。
しかし再び、悪い笑みを取り戻す。
ここまで、悪役エンジンのかかり具合は完璧だ。
「始めようか。君なら血に飢えたこの子を、楽しませてくれるのだろう?」
「もちろんだよ。当然君も楽しませてくれるんだよね? メイちゃんと同じくらい」
向かい合う、ツバメとクローナ。
ツバメの見事な温度感に、引っ張られるようにして始まる戦い。
両者は同時に、動き出した。
「【翼撃】!」
「【ロードランナー】」
放たれる二連撃の翼拳。
ヒヨコはその隙間を、ツバメ本人を思わせる速度で駆け抜けてくる。
「速い……ッ!」
その速度に、驚くクローナ。
一気に懐に入り込まれるが、ここから本体の腕や脚を使えるのがレギアーラの強さ。
放つ前蹴りを、ヒヨコは右にかわして前進。
「【つつく】」
本来はキツツキのような連続突きを放つ、そのスキル。
移動から使用すれば、まるで暗殺者の刃を思わせる鋭さを誇る、クチバシによる刺突となる。
「防御!」
クローナは防御を取らせた後、大きな後方へのステップで仕切り直す。
「【テールウィップ】!」
すぐさま、超高速で迫るムチのごとき尾で攻撃を仕掛ける。
「左へ」
叩きつけ攻撃に対して、ツバメは最低限の指示で回避させる。
「それなら! 【光翼閃乱】!」
見事な回避を見せるヒヨコだが、その大きく丸い体には弱点もある。
放たれた大量の光線は、リザードが小さいからこそ回避できた攻撃。
相手がヒヨコなら、間違いなく優位を取れる形になるはずだ。
「【ロードランナー】」
しかし自由度の高い『移動』スキルを使うヒヨコは、レギアーラを中心にして円を描くような疾走を開始。
直線でなくても、凄まじい速度での走りを見せるその足。
レギアーラの側方へと駆けることで、見事に光線を回避した。
さらにツバメは、走行軌道を『円』から『渦』に変えて接近させると――。
「レギアーラ! 【テールウィップ】!」
今度は払う形での尾撃で、ヒヨコの接近を阻止するクローナ。
「今、【チキン・マッハキック】」
「っ!!」
ツバメの指示に合わせて、ヒヨコが跳躍。
迫るムチの尾を跳び越えて、レギアーラの頭上へ。
振り抜く足が直撃し、レギアーラは砂煙を上げて地面を転がった。
遅れてゆっくりと振り向くツバメに、妖しい笑み。
「……強い」
見た目はふざけたヒヨコだが、思わずクローナも認めてしまう。
払いの【テールウィップ】に対して、防御するどころか飛び越えて蹴りを決める。
それはモンスターの性能だけでなく、近接プレイヤーとして優れた感性を持つがゆえの判断だ。
メイもそうだったが、ツバメも『本人が持つ経験』による指示が、あまりに上手い。
「でも」
負けるわけにはいかない。
今戦っているプレイヤーは皆、場に集まったモンスターたちの未来を背負っているからだ。
「さあ、戦いを続けよう」
「もちろんだよ。レギアーラ……【光翼閃乱】!」
ある程度の距離を取った状態で突然放たれた【光翼閃乱】を、回避するのは難しい。
サイドステップはもちろん、横を向き、それから走り出すのでは間に合わないからだ。
「防御を」
ツバメは防御を選択。
この隙にレギアーラは距離を詰め、爪の振り降ろしを放つ。
「右へ、左へ」
そこから続けた振り上げにも、ヒヨコはしっかりと安定感のある回避を見せる。
「【テールウィップ】!」
動きは払い。
「【チキン・マッハキック】は、できないか……っ」
二つの打撃を先に回避していたことで体勢が戻っておらず、跳躍蹴りでの反撃は間に合わなかった。
そのため単純な垂直飛びによる回避となり、着地際に隙が生まれる。
「【翼撃】!」
「防御!」
左右の翼を拳にして放つ二つの打撃を受け止めるが、ヒヨコは大きく弾かれた。
「【テールウィップ】!」
防御が崩れたところに放った追撃が、見事に決まる。
クローナはさらに、距離を詰めに行く。
「いい攻めだ。だが追撃は許さない【羽ばたき】」
対してツバメは、【羽ばたき】で強風を巻き起こす。
これに足を止められたレギアーラに、ツバメはすぐさま反撃をしかけにいく。
「【ロードランナー】」
猛スピードで駆け出したヒヨコは、低空で跳躍。
「【チキン・マッハキック】」
「防御!」
クローナはとっさに防御を選択し、蹴りを受けたレギアーラが大きく下がる。
「その選択で、良かったのかな?」
ツバメは、そう言って笑う。
ヒヨコは着地と同時に動き出し、【ロードランナー】によるわずか二歩の助走で跳躍して、再び【チキン・マッハキック】を放つ。
これをレギアーラが再び防御すると、生まれる距離。
着地したヒヨコは、すぐさま【ロードランナー】を発動して跳躍。
レギアーラはもう一度、蹴りの防御を余儀なくされた。
「防御時の『のけ反り』が大きい……!?」
ヒヨコに『奥義級攻撃スキル』はない。
ただその代わりに【ロードランナー】は、反則級の移動スキルになっている。
直線だけでなく、自由度が高い足運びによる自在の高速移動は、メイの【バンビステップ】のよう。
そこから放たれる跳躍蹴りも威力を上げ、防御時にできる『のけ反り』が増加。
再びツバメに先手を取らせてしまう。
「削り切れ」
「耐えてくれ、レギアーラ……!」
体格の大きなレギアーラだからこそ、状況の打破が難しい。
それでもクローナは諦めず、目を凝らす。
慌てず、しかし迅速に。
すると続いた跳躍蹴りによって、これまでより若干距離が大きく開いた。
「体勢を下げるんだ、レギアーラ!」
とっさの指示に、レギアーラは腰を落としての防御に切り替えた。
するとヒヨコの蹴りが弾くような当たり方になり、『のけ反り』が小さく済んだ。
対してヒヨコはレギアーラを跳び越え、制動と体勢の立て直しに時間を取られる形になった。
「レギアーラ、今だ! 【翼撃】!」
振り返り、即座に放つ反撃は先手を取る形。
回避は不可能、防御させても優位を取れる。
流れが変わる展開だ。
「【鳴き声】」
「なっ!?」
しかしツバメは、回避でも防御でもなくカウンターを狙った。
それはメイと共に戦ってきたツバメにとって、馴染みのある反撃方法だ。
「ビィィィィィィィィ――――ッ!!」
突然の急停止から放つ【鳴き声】を、喰らったレギアーラは硬直。
「撃ち抜け風穴を……【つつく】」
ヒヨコは跳躍と共にその足でレギアーラを押し倒し、そのまま始まるマシンガンのような連続突き。
最後の一撃を喰らって転がったところで、HP残りわずかの状態にまで追い詰められた。
「【ロードランナー】」
ツバメはこのまま、押し切ることを選択。
その狙いは、再び跳躍蹴りを連続させることで、HPを削り切ることだ。
すでに駆け出しているヒヨコと、ようやく起き上がるところまできたレギアーラ。
クローナに求められる判断は、とても難しい。
「さあ、決めろ」
「っ!!」
すでにヒヨコは空中。
この位置からカウンターを狙うなら、出が早く軽いスキルのみ。
それは当然『威力の低さゆえに押し切られる』可能性が高く、不利な賭けとなる。
だが回避は難しく、ただの防御なら削り切られるだけ。
完璧な背水の陣。
クローナは、覚悟を決めた。
「レギアーラ! 右に一歩踏み出して防御!」
それはメイのような、細かな指示。
そこまでモンスターが応えてくれるかは、動物値を含んだ信頼にかかる。
迫るヒヨコの跳躍蹴り。
祈るクローナ。
レギアーラは、言われた通り右に一歩動いて防御を取った。
すると狙い通りヒヨコの跳躍蹴りが、レギアーラを弾くような形になった。
先ほどと、ほとんど同じ状況だ。
「【翼撃】!」
クールタイムを考えれば、【鳴き声】はない。
着地したばかりのヒヨコに向けて、すぐさま放つ翼の拳。
「【ロードランナー】」
しかし当然ツバメも、この展開を予想していた。
華麗な足さばきで、放たれた二発の拳をかわして特攻。
この流れは、勝負開始時に翼の攻撃を突破した時と同じ展開。
やはり懐に飛び込む感覚に優れたツバメに、正面からぶつかるのは厳しい。
「【メガエーテルキャノン】!」
「っ!?」
だが翼とは別に本体も攻撃できるのが、レギアーラの強み。
今度はその口から光弾を放ち、虚を突かれたヒヨコが驚愕の面持ちを見せた。
「回避ッ!」
しかし。それでもツバメの速い指示は直撃を避け、弾かれるにとどめた。
クローナはその反応の凄まじさに驚きながらも、転がったヒヨコに即座の追撃をしかける。
「【テールウィップ】!」
叩きつけが直撃し、さらに転がるヒヨコ。
「もう一回! 【テールウィップ】!」
「それは……欲張り過ぎだ!」
起き上がったヒヨコは、ギリギリのバックステップでこれを回避。
尾はヒヨコの前に叩きつけられ、地面に深くめり込んだ。
そして、生まれた距離。
クローナはそのまま、勝負を賭けにいく。
「いこうレギアーラ! 【閃光翔翼撃】!」
レギアーラは大きく一度縦に回転すると、翼を輝かせて高速の低空飛行を放つ。
プロペラ回転しながら、ヒヨコに向けて突き進む。
「その技は、知っている」
しかしツバメは静かに薄い笑みを浮かべ、迫るレギアーラを見据える。
「……今だ! 駆け抜けろ【ロードランナー】!」
しっかりタイミングを見極め、ヒヨコを走らせる。
ツバメの指示は見事。
駆け出したヒヨコは、プロペラ回転する翼の間を抜けられる、最高のスタートを切った。
「さすが」
見事な判断に、感嘆するクローナ。
あとは奥義後に生まれた大きな隙を突かれ、敗れるだけ。
そうなる、はずだった。
「……でも。足元が崩れた状態なら、リザードの時のようには走れない」
しかしメイに同じ展開で敗けていたからこそ、クローナはさらに一歩先を行く。
先ほどわざと『欲張って外した』【テールウィップ】で、地面には深いひび割れ。
その分ヒヨコはわずかだが減速することになり、ギリギリで翼の間を抜けることに失敗。
「っ!?」
ヒヨコは輝く翼に激突して弾き飛ばされ、地面を派手に転がる。
そして大きな砂煙を起こして、倒れ伏した。
魔法陣に消えていくヒヨコ。
ツバメは驚きの表情を見せた後、ヒザを突く。
「うっ、頭が……っ」
そして頭を抱え、うつむいた後。
ゆっくりと顔を上げた。
それからまるで、正気を取り戻したかのような表情で。
「私は……一体何を……?」
見事な『ポカン顔』を披露。
こうしてツバメも洗脳を解かれ、自我を取り戻したのだった。
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