1274.夕食タイム!
「お疲れ様ーっ! 見てたよーっ!」
「面白いデモンストレーションになったわね」
つばめとまもりがヘッドギアを外すと、浴衣姿のさつきと可憐が待っていた。
ヒヨコの飛び蹴りと、巨大化したハムスターの圧し掛かりは見た目にも面白く、早くも話題になっている。
特にまもりは『この頬張りハムスター、もう本人だろ』と言われるほど。
「お疲れさまでした。今回のデモンストレーションも盛り上がりました!」
運営の進行担当は、二人の仕事に満足気だ。
「明日はいよいよ大会です。今日はゆっくりしてくださいね」
「りょうかいですっ」
こうして、大会本部的な扱いとなっている大部屋を出た四人。
「明日はもう大会ですか。進行表を見ると、レンさんはデモンストレーションを行わないのですね」
「そうね、私が大会前にデモンストレーションをやる予定はないわ。もしかすると……闇の使徒が押し寄せたりなんていう事態を踏まえたのかもね」
レンが派手なデモンストレーションを始めようものなら、黒づくめの集団が集まって白づくめの集団とぶつかったり、存在しないシナリオを想像し始めたり。
最悪サマラの空が、闇の使徒が連れてきたカラスで黒く染まり、ホラーゲームのようになってしまう可能性もある。
そんな光景を想像して、苦笑いの可憐。
四人は並んで、旅館の通路を進んで自室へ戻る。
「……あれ」
「どうしたの?」
「茶碗蒸しが、食べたくなってきたかもっ」
「もう夕食の時間だけど、ずいぶん急ね」
「あはは、なんとなく鼻先をそんな匂いがくすぐった気がして」
そんなことを話しながら、部屋のドアを開ける。
そして、ローテーブルが見えるところまで進むと。
「す、すごいですっ!」
まもりが目を輝かせた。
そこにはすでに、豪華な夕食が用意されていた。
「あ、ああああああ――――っ!?」
そんな中、さつきが思わず悲鳴をあげる。
所狭しと並んだ夕食。
その中には、茶碗蒸しの姿が。
「メイ、もしかして廊下の時点でこの匂いに気づいたの……? 匂いなんてほとんど感じない料理だけど。フタもしてあるし」
「ち、違うんじゃないかな? ほら、今夜は雨が降って少し冷えそうだし、それで食べたくなったんだよ!」
「雨の予報はなかったと思うけど」
「夜は曇りで、明日はまた晴れという予報だったと思います」
「…………」
野生の力を使う度に、その身体が野生に蝕まれていく。
そんな想像をして、震えるさつき。
「こちらちょうど食べ頃になっていますので、どうぞ。それでは失礼いたします」
すると四人の帰りを待っていてくれたのか、旅館の係員は小さな鍋に火を灯して、帰って行った。
「皆さん、頂きましょう!」
いそいそと席に着くまもり。
「それでは、いただきますっ!」
「「「いただきます!」」」
率先して音頭を取るまもりに続いて、始まった夕食。
「これは車エビと、タラの芽の天ぷらですね」
最初に目についたのは、淡い色味が綺麗な天ぷら。
「どちらも甘いのに、エビの風味とたらの芽の風味の違いがしっかり感じられていいですね!」
一口目から、まもりはニコニコだ。
近くにあったお椀を開けると、そこには透き通った湯に浸かる貝の身と、添えられた小さなタケノコ。
「ハマグリのお吸い物ですね! かつおのだしではなく、貝と昆布からうま味を引き出して作るものは、潮汁とも言うらしいです!」
「上品ねぇ。ハマグリとタケノコの食感の違いがいいわ」
「そうだねぇ」
四人並んで、すすって息をつく。
「あっ、この本マグロ、にんにく醤油で食べるんですね!」
しかし、まもりの箸は止まらない。
「にんにく醤油って、初めてだけど……美味しいわね」
新鮮なマグロの刺身に、ニンニクの風味を乗せるだけでまた、味わいが違う。
一つ風味が混ざることで生まれた味の重なりが、マグロをよく引き立てている。
「おいしいです……っ」
「まもりさんは、本当に楽しそうに食べますね」
「はい! 以前は一人でお気に入りメモを作っていたんですけど、今は皆さんと一緒に美味しいと確認し合えるので……最高に楽しいですっ」
その言葉に、うなずくつばめ。
学校帰りに誰かと何かを食べながら帰るという経験はこれまでなかったが、今ならその楽しさが分かる。
「……もしや、この石は!」
まもりは鏡餅を薄くしたような形の石を見つけて、目を見開いた。
手前には、綺麗にサシの入った数枚の牛肉。
「これは石に乗せて焼いたのを、食べる形ですね」
「わあ! 面白そうっ!」
さつきはさっそく肉を一枚取り、熱を帯びた石の上に置く。
すると耳心地の良い焼き音が鳴りだし、石が油に潤っていく。
程よく焼けた肉を、そのまま口に入れると――。
「おいしいーっ! 柔らかいし、肉汁と油の美味しさが、口の中に溶け出してくるよ!」
さつきは嬉しそうにそう言って、途端に動きを止めた。
「どうしたの?」
「なんだかお洒落だし、すっごく美味しいけど……石焼きのお肉って、結構野生っぽい気がする」
「ぶふっ」
言われてみれば、【原始肉】の規模を下げた感じに見えなくもない。
「旅館の料理にまで、野生が紛れ込んできてるのーっ?」
「か、考え過ぎよ」
一瞬さつきが『毛皮のマント』装備に見えて、慌てて頭を振る可憐。
「あ、朝は旅館内の食堂で食べてもいいかもしれませんっ。あの皆で移動する感じ、結構好きなんですっ」
「それはいいですね」
四人はお茶を飲み、一つ息をつく。
「朝はどんなメニューがあるんでしょうかぁ……」
まもりは早くも、満足そうな笑顔で朝食の想像を始めている。
「夕食の最中に翌朝のメニューの話をする人、初めて見たわ」
まもりの筋金入りぶりに、思わず微笑む。
「……レンさん」
そんな中、窓の外を眺めていたつばめが立ち上がった。
「どうしたの?」
つばめは窓際に立ち、振り返る。
「雨。降ってきました」
「……もしかしてメイ、天気まで読めるようになってきてるの?」
「ええええええ――っ!? そんなの困ります――――っ!」
まるで突然「嵐が来る」とか言い出す野生少年のような展開になり、頭を抱えるさつき。
匂いで、天気を当てる。
それはいよいよ野生能力が進化しているかのようで、可憐はくすくすと楽しそうに笑うのだった。
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