1195.モナココの遺跡
「使徒長。ハンターだった私には、この先のクエストに参加する権利はないようです」
樹氷の魔女はそう言って、悔しそうに息をつく。
「ですが、やはり闇はあった。その一端に触れることができたことは光栄でした。皆さん――――ご武運を」
「はいっ」
「おまかせください」
「が、がんばりますっ」
「グラムたちを止めた魔法、助かったわ」
「王家に潜む闇の解明、よろしくお願いします。使徒長」
「……そうね」
王国に隠された力は、本当にあった。
樹氷の魔女の『託すような』視線に、レンは若干顔を引きつらせながら歩き出す。
「夜になってる……!」
準備を終えてカジノを出ると、外は夜の様相を見せていた。
カジノは変わらず、ネオンが煌々とした輝きを放っている。
一方で、その後方に抜ける道は美しく舗装されており、王族に関わる者たちが住む区画へとつながっている。
「すでに準備はできていると、言っていましたね」
【古代珠】を得るため、メイたちにスロット不正の罪を負わせたグリンデル。
真実を明らかにすると、それを否定するでもなく外部へ逃走。
その後を追い、四人はモナココの遺跡を目指す。
「遺跡の入り口は、王族の居住区画ってことみたいだけど……あれかしら」
「怪しいですね」
「はひっ、何かありそうです……っ」
居住区画の奥には、大きな草原。
そこには長らく放置されていたのか、角の丸くなった石柱が円陣を組むように置かれていた。
どこかストーンヘンジを思わせるその場所の真ん中には、高さ3メートルほどの三角柱。
光沢感のある白色の石に刻まれた古い文字は、これまで見てきた遺跡のものとは、少し様相が違う。
「モノリスが光っています」
【古代珠】を使った遺跡の起動は、すでに完了しているようだ。
メイたちがモノリスの前に集まると、転移が発動。
たどり着いた先は、濃い無数の灰色ブロックで作られた、地下の空間だった。
立方体の巨大な密室は、大型船でも収納できそうな高さを誇る。
そこに、グリンデルが待っていた。
足元にはいくつもの円で描かれた、理論の違う魔法陣。
その上に、綺麗に削り出された立方体の石塊が、突き立つ形でいくつも置かれている。
どこか太陽系図を思わせる光景。
陣や、石塊の紋様に灯った白い輝きが、ゆっくりと点滅を繰り返す。
「世界各所にある遺跡の為政者たちは覇を求めて戦い、やがて異世界への扉を開いた」
振り返り、語り出すグリンデル。
「そして侵入してきた異世界の王たちによって文明は崩壊し、命からがらで『門』を閉じたというのが、この世界の古き過去です」
その話は、ナディカやエルラトといった『ゼティアの門』に関わった者たちのことだろう。
「しかし古き時代には、別の目的を持った者たちもいたんです」
「別の目的ですか?」
「そうです」
ツバメの問いに、グリンデルは静かに指を天に向ける。
「やがて天に帰り、全てを取り戻す。そのために生きていた者たち。名は『ルアリア』」
「初めて聞く名前ね」
「しかしその思いは世界崩壊の後、次第に忘れられていったそうです。復興に時間がかかり、世代が変われば故郷も変わってしまう。でもルアリアの技術は、世界を滅ぼした遺跡のものよりも高レベルだった。中でも魔力と特殊金属の扱いが非常に上手で、こと戦いとなれば他の追随を許さないほどだったんです」
そう言って、ため息を吐く。
「それなのに、あの王女の態度を見ましたか? 商人風情に頭を下げて、栄えあるルアリアの首長たるプライドもない。僕はずっと思っていた。許せないと……同じルアリアの血を継ぐ者として」
その目は、王女と同じ青緑。
角度が変われば、プリズムのように色味を変える。
「だから僕が代わりにやると決めたんです。それだけの技術と力があるんだから、世界に分からせてやらないといけない。ルアリアという偉大な『血脈』を。そうでしょう?」
「そういう風になってしまうから、王女様は『力』を捨てたって言ってたけど?」
「本来の立場に戻るだけですよ。そして王族の血を引く僕にはその権利がある。手始めにモナココを手中に収め、そして世界に教えよう。僕たち『月の民』の偉大さを――――この力で」
「やはり、過ぎた力は人を変えてしまうのですね」
ツバメも、静かに成り行きを見守る。
「生まれの『位置』だけ特別だった間抜けな王女を騙して、【古代珠】をカジノの賞品として紛れ込ませた。それでも特殊な力を持つ宝珠は格別で、盗み出すなんて真似ができる代物じゃなかった。でも、君たちが機会を与えてくれたおかげで、今の僕はルアリアの全ての権限を得ている状態。そう、新たな支配者に選ばれたんです」
そこまで言って、グリンデルはこちらに嘲笑を向けた。
「全ての敵を退けここまで来られたのは、本当に見事ですよ。だからその力を今度は実験台として、ルアリアの力を世界に示すために役立ってもらいましょう。来い――――『魔導甲冑』」
そう言って魔法を発動すると、エフェクトが輝き、グリンデルを鎧が包んでいく。
そして、白色の魔力光が一度強く噴き出した。
「わあ、カッコいいかも……っ」
思わずメイが、感嘆する。
「なんだか、パワードスーツみたいね」
「見た目は甲冑ですし、そのファンタジー版といったところでしょうか」
「ま、また、これまでとは雰囲気が違いますね」
高さは2メートル強ほど。
遺跡特有の、光沢感がない軽金属は白色。
各部をガンメタリック色のパーツでつないだ全身鎧は、白色の魔力光が足や脚部から噴き出し、ホバー移動の様相を見せている。
腰部に提げた、四本の円筒。
さらに背中には、紋様入りの妖しい直方体。
軽金属の厚い板のようなものを、左右に一本ずつ縦に背負っている。
「偉大なるルアリアの技術は、今ここに目覚めた。この『魔導甲冑』の気密性は圧倒的で、高い戦闘能力を持ちながら水中でも問題ないほどだ。こんなこと、他の誰にもできやしない」
遺跡の支配者となったグリンデルが、合図を一つ。
すると、足元の魔法陣が白く強く輝いた。
「舞台が……街に戻った?」
モナココ港からわずかのところに、浮かび上がる魔法陣。
今まで立っていた地下の『舞台』がそのまま、海上に浮島のように現れた。
厚い雲のかかった夜空の下、グリンデルは腰の円筒をつかみ取る。
すると、白色の魔力剣が伸び出した。
「面白い勝負になりそうね」
「どんな戦い方をしてくるのでしょうか」
「ワクワクするねっ!」
「き、緊張ですっ」
自然と陣を組み、構えるメイたち。
激しい魔力光の飛沫を巻き起こし、グリンデルが動き出す。
「さあ、新生ルアリアの誕生の時だ。畏怖し、崇めるがいい――――名もなき冒険者たちよ」
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