1172.記録の宝石塊を求めて
エーデ海には、強い陽光が海水を介することで生まれる宝石がある。
それが【記録の宝石塊】だ。
洞窟や海中という舞台が予想されるため、その入手には前衛二人が担当することになった。
「それでは、いってきますっ」
「行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
「ご、ご武運を……っ」
船に残るレンとまもりに大きく手を振りながらの移動は、元海賊の操舵する小船に乗って。
エーデ海やアドリカ海は、淡い緑みがかった水が綺麗で、思わずメイは手をつける。
並走する魚たちが見せる鱗の輝きも、とても綺麗だ。
「指名手配中とは思えない、穏やかな光景ですね」
「本当だねぇ」
小さな船の進行に任せるまま、揺られる二人。
洞窟近くの海岸にたどり着くと、元海賊は一つ息をついた。
「俺はここで釣りでもしながら待ってるから、行ってきな」
「ありがとうございますっ」
「助かります」
今度は元海賊に手を振って、歩き出すメイ。
ツバメも一度頭を下げて、その後に続く。
メイはあらためて白いフードをかぶり直し、防具は久しぶりの『初期装備』だ。
『劣化』が『オン』になっているためボロボロだが、パッと見では誰なのか分かりにくい。
ツバメも帝国兵の格好のため、一見すると別人のようだ。
「……ツバメちゃん」
「この洞窟、そもそも普通にレベル上げなどに使われているダンジョンなのですね」
どうやら【記録の宝石塊】がある洞窟は、割と人気のスポットらしい。
自然と走り出す緊張。
すると、プレイヤーたちの会話が聞こえてきた。
「五月晴れ、意外とこの付近にいたりしてな」
「メイちゃん可愛いし、カッコいいから斬られてもいいな」
まさかの展開に、「えへへ」と笑うメイ。
「俺は、野生の一撃がいいなぁ」
「違うんです!」と言うに違いないメイの口を、ツバメが先に抑える。
見えるのは、海沿いの岩山に空いた大穴。
そこにはパッと見ただけでも、それなりにプレイヤーがいる。
メイとツバメは声からバレることまで想像してしまい、言葉数も少なくなってしまう。
「【雷光撃】!」
「【ファイアストーム】!」
岩の洞くつに踏み込むと、聞こえた声。
ここは所々にホールのような空間があり、そこに魔物が現れるような形になっている。
行われている戦いを見るに、この辺りにはヤドカリを原型にした魔物が多いようだ。
「魔物が出てくるのは好都合ですね」
敵と戦っている状態で、付近のプレイヤーに注意を向けることは難しい。
メイたちはこの隙を突き、順調に洞窟の奥へと進んでいく。
そして、一つのホールの中心まで来たところで――。
「「っ!?」」
見れば、天井部分の一ヶ所に空いた大きな穴がある。
そこから大型のカニが一匹、降ってきた。
重たい音と共に着地した明るい青緑のカニは、高さ2メートル幅3メートルほど。
金属並みに硬質な殻を持つエメラルドクラブは、この付近のボスだ。
メイとツバメはうなずき合って、正体をバラさない『静かな戦闘』に入る。
エメラルドクラブは、いきなり突進。
右のハサミを伸ばして、豪快に一回転。
「「はっ」」
二人は敵の払い攻撃に対して左手を突き、同時に両脚を開くことで体勢を低くして避ける。
息の合った見事な回避だ。
エメラルドクラブは続けて、左右のハサミで前進しながら攻撃。
対してツバメはバックステップで、ハサミによる横からの『挟み込み』をしっかりかわす。
「……うまい」
相手はこのマップのボス。
二人の見事な回避に、自然と付近からの視線が集まり出す。
輝くエフェクト。
エメラルドクラブは両のハサミを大きく広くと、腕を伸ばして左右から同時につかみにきた。
「【スライディング】」
しかし両手のハサミを一度上げてからの攻撃だったために、攻撃の軌道を予想するのは難しくない。
ツバメはこれを前へ、挟みに来た両腕の隙間に滑り込む形で回避する。
「【投擲】」
明らかに対物理型の相手ということで、【炎ブレード】でダメージを奪う。
予想通り、エメラルドクラブは大きくのけ反った。
そこに駆けつけてきたのはメイ。
「やっ」
普通の跳躍から振り下ろす剣で、ダメージは6割。
物理耐性の高いボス相手に、驚異的な一撃を叩き込んだ。
「【連続投擲】」
慌てて距離を取るエメラルドクラブだが、逃がさない。
再びツバメの投じた【炎ブレード】が、全弾当って打倒。
本来HPが5割を切ったところで始まる『暴れ回りモード』を見せる間もなく、粒子となって消えた。
戦いはしっかり派手さを抑え、綺麗に処理したといった感じだ。
代名詞となるようなスキルも、使っていない。
メイとツバメは「うまくやった」と、うなずき合うが――。
「見ろ! メイちゃんだ!」
「メイちゃんとアサシンちゃんがいるぞ――――っ!!」
すぐに大きな声があがり、付近のプレイヤーたちが振り返る。
「ええっ!? なんでーっ!?」
「……やはりメイさんは少し、可愛すぎるのかもしれません」
ツバメ、大真面目にそれがバレた理由だと推察する。
「こんな上手すぎる戦い方をする、一般プレイヤーがいるか!」
「「っ!?」」
スキルの使用は、最低限だった二人。
しかし派手さを隠した結果、その挙動は群を抜いて洗練されたものとなった。
そのせいでプロの暗殺者みたいな戦い方になってしまっていたことに、メイもツバメも気づけなかった。
さすがに『戦いを下手にみせる』という考えにまでは、至らなかったようだ。
「こうなってしまったらもう、仕方ありませんね! 【疾風迅雷】【加速】!」
「はいっ! 【バンビステップ】!」
二人は走り出し、先を急ぐ。
ハンターたちは慌てて【捕縛の宝珠】を取り出すが、間に合わない。
「メイちゃんだー! メイちゃんがアサシンちゃんと洞窟内にいるぞー!」
「ハンターは宝珠での捕縛にかかれーっ!」
ホールに置き去りにされたプレイヤーにも、ハンターは多かった。
そして彼らの叫び声が、洞窟内の様相を一瞬で変える。
駆け込む狭い洞窟の道には、すでにこちらの存在に気づいたプレイヤーたち。
当然後方からも追ってきているハンターがいる以上、戻ることに意味はない。
「行くぞ! 各自宝珠の準備をしておけ、まずは足止めからだ!」
「「「了解っ!」」」
狭い洞窟の道。
始まる緊張の展開に、メイとツバメはうなずき合った。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




