1128.反転の聖女
「町長さん?」
夜のヴァルガデーナは狂化の禁術によって、町人たちが牙をむく地獄の様相と化している。
そんな中を、悠々と歩いて来たのは町長だった。
「これは一体、何が起きているのですか?」
聖女リーシャがたずねる。
すると町長は、薄笑いを浮かべた。
「この町の住人たちの、命を集めるのですよ」
「それは、どういうことですか……?」
聖女の問いに、町長は悠然と語り始める。
「特別な力を持つあなたは、『人集め』にとても利用しやすかった」
「え……?」
「これまで君を祭り上げ、『奇跡』を使わせてきたのは、町の者たちを信者にして留めさせるため。さらにその奇跡を聞いた者が、ヴァルガデーナに集まってくることを狙ってのことです」
意味が分からないといった様子の聖女に、町長は説明を続ける。
「君の力でケガや病が治ったのなら、その効果が切れた時にまた必要となる。こう言っておけば、君に助けられた者たちは町を出られません。まあ、それでなくても人は、奇跡に弱いですからね」
この時点でなんとなく町長の目論見に気づいたベリアルは、問いかける。
「あの石像は何? 芸術品なら雑に扱い過ぎだし、ポーズもまるで逃げようとしたところを石化されたかのようだったけど」
「石像は優秀な冒険者や魔力を持つ動物などを、石化したものです。魔力を豊富に持つ命は価値が高い。それなので、この町に留めておけなそうなものは、石にして残すことにしました……そうそう、君の竜もね」
「フルーネも……?」
「そうです。聖女の奇跡と竜の魔力。君たちはとても都合の良い存在だった。もっともあの竜は、結局最後まで我々に慣れなかったので、どこかで感じ出ていたのかもしれませんね。私の目論見を」
「フルーネは、フルーネはどこにいるんですかっ!?」
「何を言っているのですか? さっきからずっといるでしょう――――君の後ろに」
「ッ!?」
聖女が振り返る。
すると教会の屋根の上には、石化した一頭の小竜。
「フ、フルーネ……?」
それを見た聖女が、力なくヒザをつく。
「聖女には、もっと強い力が目覚めると思っていたのですがね。まあ……客寄せパンダとしての役割は充分でしょう」
「この町の人たちは、この事を知っているのですか?」
「ほとんどの者は知りませんよ」
「ええっ、何も悪いことなんてしてない人もいるんだよね?」
ワイルドが驚くと、町長は悪びれることもなく告げる。
「エサはしょせんエサ。君は飼い猫に食べさせる魚に、申し訳ないなどと思いますか?」
「「「「……っ!!」」」」
その言葉には、さすがに四人言葉を失う。
「そういうわけで聖女さん。十分なエサが集まった以上、君はもうお役御免ですよ」
そう言って町長は、右腕を上げる。
そして、狂化の魔法を強化した。
足元の魔法陣の赤い光が、さらに強まっていく。
「私が連れてこなければ……フルーネはこんなことにならなかった。それだけじゃない。私はみなさんをこの町に縛り付けて、贄にするための道具だった……ずっと、こんな酷いことのために……この力を使っていた……」
「聖女さん!」
その変化に気づいたスワローが、声を上げた。
狂化と絶望によって、聖女の身体に宿る『奇跡の力』が反転していく。
震える聖女の目が、赤い輝きを放ち出した。
美しい金髪も真っ白に変わり、零れ落ちる涙が修道服を黒色に染めていく。
「そういうこと……! 暗い感情に飲まれたら、狂化の餌食になるんだわ! リーシャ! 気を確かに持って!」
思わずベリアルが叫ぶ。
しかし、その言葉は届かない。
始まった闇の浸食は、もう止まらない。
「いや……いやああああああ――――ッ!!」
その叫びで、全てが変わる。
狂化した聖女が赤眼を輝かせると、生まれた悪魔の角に赤いラインが走り、光が灯る。
そして背中から広がった大きな翼も、黒に染まっていく。
「聖女が、闇に堕ちるわ」
面持ちはリーシャのまま。
しかしその姿はもはや、邪悪な一体の悪魔だ。
「――――全てに滅びを」
美しく、そして恐ろしい。
堕ちた聖女が、その黒翼を一度羽ばたかせた。
「それでは、私は崇高なる神事のために行かなくてはなりません。さようなら、旅の人」
堕ちた聖女を見た町長は、そう言い残して立ち去っていく。
「あ、ああ、あああああ――――っ!」
リーシャは片手で頭を抑えるようにした後、苦しそうな悲鳴をあげた。
そしてこちらを、その赤眼でにらむ。
その目は、怒りと苦しみに染まっていた。
「……戦いましょう。ただしHPは残す方向で」
「はい、きっと目を覚ましてくれるはずです」
「りょうかいですっ! 聖女ちゃんを、絶対に助けようね!」
「が、がんばりますっ!」
ワイルドたちは気合を入れ直し、武器を構える。
「……気を付けて」
そんな中、ベリアルが一つ忠告をする。
「闇堕ちして弱い敵なんて、かつて存在したことがない。間違いなく圧倒的なパワーで来るはずよ!」
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