1118.選択肢
『――――町長の話は信じるな』
仕事を放棄し、もともと住んでいた町を出てヴァルガデーナへ来たサグワ。
図書館でそっと渡された紙片には、そんな言葉が書かれていた。
その文字を見た瞬間、なにか空気が変わったような気がした。
「……サグワは、この街が素晴らしいから住み着いたと言っていたわよね」
「ああ、それは間違いない」
スキアがうなずく。
紙片に書かれた言葉は、そんな理由で移住した者が残すとは思えない内容だ。
「なんだか一瞬で、不吉な感じがしてきましたね」
「は、はひっ」
「サグワさんに、聞きに行ってみようよ!」
「……この時間の外出は、基本的に禁じられてるわ」
「んっふふ。すぐに話を聞くに行ってわけには、いかないわけだねェ」
奇妙な状況だが、クルデリスは楽しそうに笑う。
「そう言ってきたのは町長だ。そう考えると、この状況もクエストの一環である可能性が高い。外に出る時は一階の店主に説明して、町を出るという形だけだったはずだ。これは一時的にクエストを離脱するという形になるのではないか?」
「の、残るか、町を出るか。町内を自由に歩くことは許されてないんですね……」
「こうなってくると途端に、サグワさんが『町を出るよう急かしてた』ことが気になってきますね」
町長のクエストを受ける前、サグワが「もう帰るんですよね?」と、しきりに言っていたことを思い出す。
「朝まで待つか、町を出るかっていう状況なんだけど……町長との約束を破って夜の街に出るっていう選択肢もあるんじゃないかしら」
レンはそう言って、部屋の窓を開けてみる。
すると、ちょうど隣りの建物は一階建て。
屋根を伝っていくことで、宿を抜け出すこともできそうだ。
「……やっぱり」
「どうしましょうか」
外に出られることが分かった時点で、選択肢が生まれてしまう。
悩ましい問題だ。
町長も聖女も、町の職員たちも、おかしなところはなかった。
おかしかったのは、サグワだけ。
「こういう時、約束を破ることで罰を受けることになるパターンもあるわ。まとめて死に戻りとか」
「だが、何かを見つける可能性もあるな」
「レンちゃん、外に出てどこに向かうの?」
メイが、当然の問いかけをする。
「町長が夜は外に出てはいけないと言った時、同時に『行ってはいけない場所』もあげていたでしょう?」
「あっ、地図の真ん中の方にある場所だねっ」
分かりやすく、宿の部屋に飾られた町の地図。
中央北部に位置する建物には、近づくなということになっている。
「他にも可能性があるとしたら、聖女やサグワの家ね。この場合はやっぱり、同時に知らされた『侵入禁止場所』の方が怪しいけど」
「サグワの動き、部屋から抜け出せる造りの宿。こういう時、大人しく待つ方を選ぶ者はどれくらいいるのだろうな」
「まあ、そういうことね」
レンは苦笑いしながら問いかける。
「外に出てみるで、どうかしら?」
すると予想通り、ドキドキの表情を浮かべながら全員がうなずいた。
「好奇心は、猫を殺すっていうけど……まずは見回りをしておきたいわね」
レンは【変化の杖】を取り出し、黒猫に変身。
「私も見回りに出ましょう【隠密】」
こうしてレンは黒猫に、ツバメは透明になって、宿の窓から外へ出る。
そのまま二人は分かれ、別々のルートで『進入禁止区域』への道を、少し進んでみることにした。
「……静か」
夜の町に、人の気配はなし。
石畳の道を進むレンは、少し異常な街の空気を感じながら付近を回る。
この感じだと、見張りのいる中をそっと進むタイプのクエストではなさそうだ。
「レンさん」
「っ!」
屋根の上を見回ってきたツバメが、ここで合流。
何もない暗闇から声をかけられたレンは、思わず総毛立つ。
「この感じ、やはり目的地へ向うことで何かが起こる形式ではないでしょうか」
「私もそう思ってたところよ」
二人は宿の下に戻り、メイたちを呼び出すことにした。
「見たところ人気はなし。念のためメイは警戒をお願い」
「りょうかいですっ」
一階の店主にバレないよう気を使いながら、宿を抜ける。
そしてメイの広い聴覚を頼りにしながら、『進入禁止』とされている区画へ向かうことにした。
やはり、その途中に見張りなどの人物や罠はなし。
「これも、教会かしら……」
そこにあったのは、聖女の住むものとは違う、独特の模様が刻まれた大きな石造りの建物。
ただその一部には金で飾られた長方形ブロックで模様を作っているところもあり、どこか美術館のような雰囲気もある。
「……ドアのカギが開いてる」
鉄格子の門を越え、敷地内へと入り込んだレンがダメもとでドアを開くと、意外にも侵入に成功。
思わず皆、息を飲みながら内部へと入り込む。
月明かりの照らされる建物の中は、広いホールになっていた。
「これは……っ!」
そこにあったのは、たくさんの石像。
その多くは人型だが、魔物や魔族のものも結構な数が置かれている。
「な、なんだか怖いですね……」
なぜかどの石像も、恐怖や苦悶の表情を浮かべている。
その恐ろしさに、まもりが盾の陰に隠れた瞬間。
「――――誰だ!!」
「「「「っ!?」」」」
あがった怒声に、思わず全員が身体を震わせた。
「町長……」
そこにいたのは町長。
「おや、冒険者の皆さん。ダメですよ。ここは神聖な区域。外部の者が踏み込んではなりません」
「ごめんなさい。ここは何の場所なの?」
「ヴァルガデーナに住む、芸術家先生のアトリエなのです。ここには先生の作った作品を置かせてもらっているんです」
「……そうなの」
「さあ、宿にお帰りください」
町長はそう言って、レンたちに帰るよう促す。
「あれ……?」
そんな中で、何かに気づいたのはメイ。
レンが視線を追うとそこには、見覚えのある石像があった。
「……ねえ、あれってどう見ても、今日聖女と一緒に助けたばかりの青年の石像なんだけど」
レンは、指差しながら問いかける。
「明日になったら、あの青年が町から消えてるとかは、ないわよね?」
「……あーあー」
町長は深くため息をつくと、ゆっくりと頭を振る。
それから一つ、息をついた。
「少し早いけど、始めようか」
おぞましい笑み浮かべると、足元に走る魔法陣。
「「「っ!?」」」
「何これ……ここだけじゃない。町全体が大きく揺れ出してる……っ!」
魔法陣の規模は、なんと町全体。
始まる壮大な何かに、レンたちは思わず息を飲んだ。
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