1070.『34659回目』の出発
「トカゲと戦ってるの……村で何万回も話した、クエストのお姉さんだよ!」
メイが驚きの声を上げた。
村を出たところで戦っていたのは、因縁の『ゴールデンリザード討伐』クエストを担当していた、村の女性NPCだった。
「【ライズ&フォール】!」
走り出し、剣の振り上げから振り降ろしへつなぐ。
しかしこれを大トカゲは、斜め右左後方へのバックステップで回避した。
始まる反撃。
見れば大トカゲは、メイたちが後を追ってきた個体だ。
手負いとはいえ、基本的に実力の高い大トカゲ。
手にしたハンマーを振り回せば、巻き起こる大風にお姉さんが体勢を崩す。
続く振り降ろしをどうにか転がってかわすが、やはり勝負は劣勢。
ここで大トカゲは、勝負を付けにいく。
「っ!!」
お姉さんが必死の防御姿勢を取った、その瞬間。
「【裸足の女神】!」
その懐に、一瞬でメイが踏み込んでいた。
「【フルスイング】!」
振り上げる剣は早く、そして圧倒的。
直撃を受けた大トカゲは木々の枝を折りながら宙を舞い、そのままバウンド。
転がって木の幹にぶつかり、ようやく停止。
そのまま、粒子となって消えていく。
凱旋の野生児メイ。
帰還早々、さっそく大トカゲを消し飛ばしてみせた。
「だいじょうぶですかー!?」
メイが大急ぎで駆け寄ると、お姉さんは大きく息をつきながら立ち上がる。
「ありがとうございます……あ、あなたは! トカゲ狩りをしてくれた冒険者さんですね!」
「はいっ!」
どうやら村でのクエストの達成歴があると、認識が残るようだ。
お姉さんはメイを見て、そう言った。
「村は……村はどうなっちゃったんですかっ!?」
メイがたずねると、お姉さんは無念そうに首を振る。
「私は運良く逃げ出すことができましたが、皆は連れ去られてしまいました」
「そんな……っ!」
「いえ、悪くないわ。連れ去られたのなら、おそらく取り戻すことができる」
「そっか!」
レンの言葉で、メイの目に希望の輝きが灯った。
「採集に行っていた私が、ちょうど帰ってきた時でした。ヤツらが村人をさらっていったのは。呆然としていたら突然、村の皆の顔をした別人が現れて……それがトカゲだと気づいた私は、なんとか少しずつでもヤツらを打倒して、せめて村を取り戻したいと思ったのですが……私の力ではやはり、無謀でした」
悲しそうなお姉さんの話を聞いて、メイは意気をあげる。
「私も村を……故郷を取り戻したいですっ!」
そう告げると、お姉さんは静かに息をついた。そして。
「……お願いしてもいいでしょうか。さらわれた皆を取り戻すこと、そして村を救ってくださいと……」
「おまかせくださいっ!」
久しぶりに再会した、村のお姉さん。
しばらくぶりに引き受けたのは、新たな高難易度クエスト。
メイは力いっぱい拳を握り締め、大きな声でこれを受注した。
「そのトカゲたちが去っていった先を潰せば、村人が返ってくる形かしらね」
「やりましょう」
「はひっ、やりましょうっ」
「わたしたちは、どこに行けばいいんですかっ!?」
メイが7年を過ごした第二の故郷『クク・ルル島』
そこにある唯一の村は、すでに島民に化けたトカゲたちに乗っ取られていた。
その解放に必要なものを、お姉さんに問いかける。
「伝承では、クク・ルル島はその中央部に深い深い断崖を持っていたらしいのです。その断崖の底に、トカゲたちは帝国を作っていた」
「これはナディカやラプラタが栄えていた、旧文明時代の話ね」
「しかし体液によって自在に姿を変えるトカゲたちは、その力を使って世界をトカゲのものにしようとしました。予想以上の知能と能力を怖れた旧文明は、『永久凍土』によって断崖ごと封印したと聞いています」
「永久凍土ですか」
「その後その上に降り積もった土に草が生え、木々が埋めていったのでしょう。私たち村人にも、そのハッキリとした場所は分かっていなかった。しかし今、その永久凍土の封印が解かれて消え、帝国がよみがえった。村には伝説としてしか残されていないその場所の名は……パピテアの断崖」
初めて出てきた言葉に、息を飲む四人。
長らくこの島に住んでいたメイですら、初めて聞く地名だ。
「トカゲたちはよく、村長宅の奥にある池の方へと向かっていきます。おそらくそこに何かがあるのでしょう」
「レンちゃん……!」
「そうね、まずはその池に行ってみましょう。どこかへつながってる可能性が高いわ」
「それでは、いってきます!」
メイはトカゲ狩りをしていた時と同じ挨拶を残して、お姉さんに手を振る。
「どうか……どうかクク・ルル村を、よろしくお願いします……っ!」
するとお姉さんも、その時と同じように手を振ってメイを見送る。
並んで歩き出す四人。
実にこれが、34659回目の見送りとなった。
「なんとしても、みんなを助け出さないと……っ」
気合の入るメイは、そのまま村長宅の奥地へと進む。
そして、人気のない池へとたどりついた。
「きれいですね……」
淡いブルーの池に、思わず見とれるツバメ。
見ればその前には、設置された旧式ポータル。
メイが触れると起動し、広がる輝きに飲み込まれるようにして移動を開始。
やがて光が消えると、たどり着いた先は――。
「わあ、すごーい……!」
「これは……壮観ですね」
深い深い、緑の断崖の頂上だった。
大地に刻み込まれた裂け目のような崖は深く、途中に生える木々や草によって、底がハッキリとうかがえないほどだ。
断崖は裂け目を中心に左側がやや高くなっており、メイたちはこの左側の頂点にたどり着いた形になる。
「ここを降りると地底マップにたどり着けるって言われたら、信じちゃうわね」
「きょ、巨人が剣を叩きつけたかのようです……っ」
大地に刻み込まれた深い裂け目を、思わず四人のぞきこんでしまう。
色鮮やかな鳥がその隙間を飛んで行く光景は、圧倒的な幻想感。
だが岩肌に張り付く緑が多いため、これなら降りていくこともできるだろう。
「この底に、トカゲの帝国があるんだね……っ!」
尻尾をピンと立てて、あらためて気合を入れるメイ。
「まずはこの崖を下っていく形ね。ある程度のステルスが求められる可能性もあるし、静かに下りていきましょうか」
「りょうかいですっ! 村の皆を、絶対に取り戻しますっ!」
「こういう時、本当にメイさんの感覚が頼りになりますね」
目も耳も誰より良いメイを先頭に、進むことを決定。
「そ、底は一体、どうなっているのでしょうか……!」
メイたちは草をつかみ枝を踏み、ところどころにある段差を伝っていく形で、パピテアの断崖を下り始めた。
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