1055.キッチンと小さな竜
「それじゃ、タヌキシェフたちのところに帰りましょうか」
「帰りましょうっ!」
なかなかの難易度を誇った【ローヤルクローブ】と【切り裂き鹿のもも肉】の入手。
登山や狩猟のクエストを無事に成功させた四人は、トリアスの街へと戻る。
「でも、鹿側が罠を仕掛けて狩りにくるってなかなか恐ろしいクエストね」
「驚きました」
帰り道はあえてのんびり、木々の中に続く小道を歩く。
そしてトリアスの宿屋の裏へと周り、ツタだらけのタヌキレストランのところまで来たところだった。
「あれ、何か倒れてる?」
メイが気づいたのは、レストランの横手。
人通りのない街はずれに倒れ込んだ、小さな飛竜。
「だいじょうぶー?」
さっそくメイが駆け寄ると、小竜はぐったりした様子で顔をあげた。
「腹が減って……動けない……」
「そ、それは大変です! 何か食べますか?」
慌てて手持ちの菓子などを、取り出すまもり。
「俺たちは獣の肉じゃないと栄養がうまく取れないんだ。何か身体の温まるものを作ったりはできないか……?」
「料理をしろってこと?」
「獣のものなら肉はなんでもいい……頼むよ……」
「そういうことなら、タヌキたちのところに戻ってみましょうか」
「何かあるかもしれませんね」
若干注文の多いクエスト。
現状では対応する『料理』を持たないため、メイたちは一度タヌキレストランへ。
「かえってきた!」
タヌキたちは急いで駆けつけてくる。
「どうでしたか?」
「無事、手に入りましたっ!」
メイがそう言って【ローヤルクローブ】と【切り裂き鹿のもも肉】を取り出すと、タヌキシェフたちは大喜び。
「ありがとうございますっ! これで魔狼フレキを獲物の調達担当として、迎えることができそうです!」
タヌキたちはちょこまかと駆け回り、さっそく料理を開始。
「そうです。ここは広いので皆さんもご自由にお使いください。冷蔵庫にある食材も使ってもらっていいですよ!」
「なるほどね。ハウジングをしてなくても、こういう形で料理用のキッチンを得られるのね」
「タヌキさんたちが見られる隠れ家キッチン……最高ですね」
「はひっ」
意外な形で、キッチンを手に入れたメイたち。
『星屑』ではまだ、料理用に使えるキッチンをハウジングなしで持つプレイヤーはいない。
どうやらまた、一足早く新システムに足を踏み込んだようだ。
「それじゃあ私たちも、あの小竜のために何か作ってみましょうか」
「いいと思いますっ!」
キッチン台の上には、レシピ帳。
手に取ると、先ほど受けた小竜用のクエスト表示が視界に登場。
『クエストを受ける』を選ぶと、冷蔵庫内にある食材で作れる料理のページが光り出した。
「ええと、『マッドブルの肉』で作るステーキ。これね」
メニューを選ぶと、自然に『マッドブルの肉』が、まな板の上に乗る。
見た目は、綺麗な赤味の牛肉そのものだ。
「まずはカットから。厚さ2センチで7枚取れるみたいね。これはメイ、お願いできる?」
「りょうかいですっ!」
キッチン台にならんだ包丁。
どれを使うかメイが悩んでいると、まもりが定番の作りの一本を指さした。
「お、おそらくこれで大丈夫です」
「ありがとうーっ」
さっそくブロック塊状態の肉を、2センチの厚さで切っていくメイ。
この際関わってくるのは【技量】と、包丁の選択。
メイは表面に軽く筋まで入れて、問題なく肉のカットに成功した。
「さて、問題はここね」
「問題ですか?」
「ステーキスパイスを作るのに、5つの香辛料を混ぜるみたいなんだけど……量の表記が三つ消えちゃってるの」
「適切な内容量を、舌で当てるということでしょうか」
「ここは、まもりに答えを任せるのが良さそうね」
「は、はひっ」
まもりが緊張しながら応えると、小皿に乗った三つのパウダーが現れる。
塩、ナツメグ、ジンジャー、ドライパセリが入った状態のスパイス。
ここに『砂糖、ガーリック、黒コショウ』を、どの割合で混ぜたものを選ぶかという問題のようだ。
「味覚を使うっていうのが、錬金術クエストとの差異になってくるみたいね」
「で、では、一つずつ」
まもりは手前のものから順に、味を確かめていく。
一応その後、三人も続く。
「違いはありますが……」
「どれでも問題なさそう」
メイも首と尻尾を傾げている。
「お、おそらく、三つ目のものがいいと思います。一つ目は砂糖が多くて少しバランスが悪い。二つ目はガーリックが強すぎて、風味が変わってしまいそうなので……」
「……言われてみれば、そうかもしれません」
何となくではなく、しっかり言語化するまもりに感嘆。
レンたちは異論もなく、スパイスを決定した。
最後はレンが、【知力】による炎操作で肉を焼いていく。
「最初は中火で温めてから弱火に」
しばらく様子を見て、色味がしっかり変わったところで肉を返す。
そして再び、弱火で焼いていく。
「いいにおいだねぇ……」
「ジュウジュウという音も、たまりません」
メイが鼻を鳴らし、まもりもノドを鳴らす。
両面の色合いが変わったところでスパイスを振り、最後は一気に強火で。
「ここが一番のポイントになりそうね」
しっかりと肉を見て、焦げ目が軽くついたところで肉を返し、両面に焦げ目をつける。
ここで火を消し、肉をまな板の上へ。
少し待ってから、メイにカットを任せる。
包丁を通し、中の状態を確認すると――。
「「「「おおーっ!」」」」
思わず四人、声をあげる。
できあがったステーキは、中にほんのりと赤味が残り、外はしっかり焼けたミディアムレア状態。
最高に美味しそうに仕上がっている。
「……レシピに書かれた『最後に強火で軽く』っていう表記の成否は、この焦げ目が判断基準になるんじゃないかしら」
強火を使う目的は、焦げ目を入れる形で焼けば、外側がカリッと香ばしくなるため。
この辺りのサジ加減は、レンの知識が活きた形だ。
「さっそく、持って行ってみましょう」
できた【マッドブルのステーキ】を持って、メイたちは小竜のもとへ駆けつける。
「もってきたよー!」
するとメイに呼ばれた小竜が、フラフラと起き上がった。
そして置かれた料理をじっと見て、鼻で確認。
「ッ!!」
皿ごといく勢いで、料理に喰らいついた。
「う、うまい……っ! うますぎるーっ!」
小型竜は夢中で、『マッドブルのステーキ』にむさぼり着く。
「こんなにうまいステーキは、生まれて初めてだあっ!」
まもりの熱い視線の中、口元をタレまみれにして、歓喜の声をあげる小竜。
そのまま夢中で【マッドブルのステーキ】を完食した。
「最高だぁ……」
それから満足そうに、その場に寝転がる。
「これ、料理の出来で結果の演出が違ってきたりするのかしら」
レンの予想は正解だ。
料理のレベルが低ければ「仕方なく」といった感じで食べ、一定以下なら一口でギブアップ。
今回のリアクションは、最高レベルの成功を意味している。
「ただ料理ができるだけじゃなく、こんなにうまいものを作ってくれるなんて大したもんだなぁ! 何か困った事があったらなんでも言ってくれ、力になるぜ!」
小竜は横になったまま、短めの腕で得意げに胸を叩いてみせた。
「これは今までになかった要素ですね。何かクエストにつながってきたりするのでしょうか」
「料理要素で動物値が上がったり召喚獣を増やしたりできるのなら、流行るかもしれないわね」
魔獣などに料理をあげて、仲良くなる。
そんな新システムは、なかなか楽しそうだ。
こうして小竜を助けたメイたちは、あらためてタヌキレストランへ。
「あれ、どうしたの?」
そこではタヌキたちが、頭を抱えていた。
「実は料理が完成したんですけど……約束の時間になってもフレキが来ないんです」
「せっかく最高の食材で美味しい料理を作ったのに、食べてもらえないかもしれない」
「ええーっ!」
「それは悲しいですね」
「と、とてももったいないです!」
まさかの展開に、肩を落とすタヌキたち。
「居場所が分かれば、届けてきてもいいけど?」
「住んでいる地域は分かりますが、範囲が大まかなので難しいと思います……それでも行ってもらえますか?」
「もちろんですっ!」
メイは元気に応える。
「分かりました。それではお願いします! 場所はホーウェン谷。美味しく食べられる時間は、60分です!」
そして始まる、制限時間。
タヌキが料理を丸い金属の箱のようなものに詰め、さらにそれを大きな箱に入れて背負えば――。
「……ウーバーメイの完成ね」
その姿を見て、レンは楽しそうに笑ったのだった。
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